17 紙の翼とゴルディオンの結び目
正解は、ひとつじゃない。
けれど、選ばなくてはいけないときがある。
見た目のよさか、扱いやすさか。
安全か、それとも経験か。
たったひとつの紙飛行機を選ぶだけなのに、そこには、いくつもの考え方が交差する。
――さて、どうする?
龍星は、それを青ではなく春比古の顔を見て言った。春比古の方が正面に座っているから、自然なはずなのだが……龍星はひどく居心地の悪い思いをしながらそれを言った。
青も春比古も、どうやら不自然に感じたらしい。
……これでは、青に不審に思われてしまう……龍星はあわてて、青の方に向き直った。
「うちのパソコンになら、紙飛行機のソフトも入っているし、材料も揃っているから……」
「いきなり行って、だいじょうぶなん? 家の人とか……」
そう言われて、ああ……普通は家族のことを考えるんだ……と思いだした。
「両親は病院にいて留守だし、妹はいるけど、べつに問題ないだろう?」
龍星や文香が小さかったときは、それでも交代で帰ってきていた両親は、文香が中等学校に入ると、「お役ご免」とでも言いたげに、ほとんど自宅に帰らなくなった。
それだけ仕事に夢中なのか……家族と過ごすことが嫌なのか……理由はよく分からない。
「お医者さんて、そんなに忙しいんですか?」
三帆が驚いたように尋ねる。
「人によるよ。うちの両親は、仕事が趣味みたいな人たちだから」
と、無難な返事を返しておく。
「青たちが都合が良ければ、僕は今日でもいいけど?」
もう一度誘うと、
「ほなら、おじゃまするわ」
と青が答え、三帆と春比古もうなずいた。
龍星の家には、誰もいなかった。父も母も病院。文香も、友人とつき合っていて遅くなると言う。
龍星は三人を自分の部屋に通し、紙飛行機のソフトを立ち上げて見せた。
作りたい紙飛行機をクリックすると、折り方がグラフィック表示され、飛び方のシミュレーションも見られる。型紙をプリントアウトすることもできる。
「へえ、便利なもんがあるんやな」
「たくさんあるんですね。どういったのを教えたらいいんだろう」
それを見ながら、春比古がつぶやく。
「初等科二年なんだから、あんまり複雑なのは無理よね」
ディスプレイを覗き込んで、三帆も言う。
「紙飛行機は、大きく分けると二種類あるんだ」
パソコンを操作しながら龍星が説明する。
「折り紙飛行機と、切り紙飛行機」
折り紙飛行機は、四角い紙を切らずに折るだけで作る飛行機。
切り紙飛行機は、紙を切って作る飛行機。切って折るだけのものと、接着して組み立てるタイプのものもある。
「接着して組み立てるタイプは、技術的に小さい子には無理だと思うし、二時間しかないと、作るだけで精一杯になってしまうんじゃないかな」
龍星が言うと、青がうなずいた。
「どうせなら、飛ばすところまでしたいもんな」
「そうだね。そうなると、折り紙飛行機?」
「切って折るタイプもそう大変じゃないと思うけど。切り線をプリントアウトした紙を使えば、小さい子でも……」
切り紙タイプの簡単なものを示すと、春比古がひとつを指差した。
「ああ……これなんか、子どもが好きそう。かっこいいし」
「でも……」
三帆が首を傾げる。
「はさみを使うのはどうかな?」
「どうかなって?」
「あぶないでしょう? 指を切ったりしちゃうかもしれないし、それに、はさみの使い方も、ちゃんと指導しないといけないから、折り紙飛行機の方がいいんじゃない?」
三帆の言葉に、春比古がめずらしくむっとした。
「なんだよ、それ。あぶないからって使わせなかったら、いつまでたってもはさみなんて使えないじゃないか。はさみの使い方だって教えなくちゃならないことだろ?」
「そんなこと、分かってるわよ。なにも今、教えなくてもいいんじゃないかってこと。はさみの使い方は、造形の時間に教えることになってるでしょう?」
「確かにそうだけど、造形の時間じゃなくちゃ教えちゃいけないってことじゃないんだ。いろんな場面で、使えるように訓練した方がいいに決まってる」
「それを、今やらなくちゃならない理由はどこにあるの? 指導に時間を取られて、もし、ケガした子が出たら、ポイントも下がる」
「子どもの楽しみより、ポイントを優先するのか?」
二人の口調は、次第にけんか腰になってきている。
「そんなこと言ってないわよ。はさみの使い方を指導する時間がもったいないって……」
「けど、一番の理由は、ポイントだろ? 確かに、けが人出したらポイントは大幅に下がるけど、ちゃんと指導すればいいだけのことだろ?」
「だから! 目的は紙飛行機なのに、はさみの使い方に時間を取られるのは、本末転倒だって言ってるの!」
「僕には、面倒なことから逃げてるようにしか思えないな」
「なによ、それっ!」
三帆が高い声を上げた瞬間、それまで黙って二人を見ていた青が口をはさんだ。
「ストップ、ストップ。二人とも、少し頭冷やしいや」
「青君はどっちがいいと思うの? 折り紙飛行機? 切り紙?」
「せやな……」
青は、視線をディスプレイから龍星に移す。
「龍星。ゴルディオンの結び目を切ってくれん?」
他人を煙に巻く青の言葉に、春比古と三帆がますます不機嫌になる。
「青、分かる言葉で話せよ」
「これは私たちの問題でしょ?」
「けど、紙飛行機にいっちゃん詳しいんは、龍星やろ?」
青はムキになる春比古と三帆をさらりと流して、龍星にもう一度言う。
「せやから、頼むわ。龍星。ゴルディオンの……」
「結び目を切れって……?」
三帆と春比古には分からないらしいが、龍星には青の言っている意味が分かる。その瞬間、かすかに残っていた気まずさが完全に溶けるのを感じた。
「アジアの支配者になるつもりはないよ。青が切れば?」
たとえで返してやると、青は満足そうに盛大に笑う。
「オレもアジアには興味ないな」
「もうっ! 何の話なのよっ!」
三帆がしびれを切らして叫ぶ。春比古の機嫌もますます悪くなっている。
龍星は仕方なく「ゴルディオンの結び目を切る」――紛糾したものを解決するたとえ・ギリシア神話に由来している――ことができるかどうか、試すことにした。
「僕個人の考えを言わせてもらうなら……」
と前置きをして、ディスプレイでいろいろな紙飛行機を示しながら、言葉を続けた。
「折り紙飛行機の方がいいんじゃないかと思う」
「理由はなんですか?」
春比古がぶすっとして尋ねる。
春比古の機嫌の悪さにためらいを感じるが、それでも言うべきことは言わなければ……と、話を続ける。
「紙飛行機の基本は、やっぱり折り紙飛行機だと思うんだよ。折り紙飛行機だけでも、ほら……これだけの種類があるし……。基本からって言うのは大事だと思う。さっきは、プリトンアウトした紙を使えば簡単だ……なんて言ったけど、よく考えたら、それってあんまりいい方法じゃないと思う」
「なんでや?」
「プリントアウトした紙を使うってことは、逆に言うと、その紙がないと作れないってことだろ? 授業が終わった後で、もう一度作りたくても作れない」
「そうか。折り紙飛行機なら、あとで作ろうと思えばいくらでも作れる」
三帆が嬉しそうに言い、春比古はますます不機嫌になった。
「四角い紙さえあればね。……あのさ……」
龍星は、不機嫌そうな春比古に視線を移した。
「春比古君、レポート用紙で紙飛行機を作ったじゃないか……食堂で」
「……ああ……。全然飛ばなくて。でも、龍星さんが調節してくれたら、すごく良く飛んでて驚いたな」
その時のことを思い出した春比古の機嫌は、少し上向きになった。
「あれが、紙飛行機の本来の姿だと思うんだよ。紙なら、わりとどこにでもあるだろ? チラシや、メモ用紙やノートの切れ端……どんな紙でも折り方さえ知っていれば、いつでも作れる」
「0点のテストも、紙飛行機にして飛ばせるしな」
青の言葉に、春比古がぷっと吹き出した。機嫌はすっかり良くなったらしい。
「それは、教えない方がいいな」
「だね」
春比古に同意して、龍星は話を続けた。
「そうやって、いつでもどこでも楽しめるのが紙飛行機だと思うんだ。はさみをいつも持っている人は少ない。そういったことも考えると……」
龍星にみなまで言わせず、春比古がうなずいた。
「分かりました。折り紙飛行機にしよう。三帆ちゃんの『はさみがあぶない』じゃ、納得できないけど、龍星さんの言ってることはもっともだと思ったから」
「……そうだね……」
三帆が、静かに続けた。
「ごめんなさい。私、ポイントのこと気にしすぎてたかもしれない」
「三帆ちゃん……」
「龍星さんは、教えられる子どものこと……教える時間だけじゃなくて、そのあとのことまでちゃんと考えてる。自分が教えるんじゃないのに。私は、あとのことなんて考えてなかった。その時間が無事に過ぎればいいって、それだけ考えてて……ごめんなさい」
三帆が、龍星や春比古に頭を下げる。
龍星もあわてたが、春比古はもっとうろたえていた。
「それを言うなら、僕だって。かっこいいからってだけで、切り紙を選ぼうとしたんだから……ほんと、龍星さんはすごいです」
「あ、いや」
二人に賞賛されて、龍星はうろたえた。それを見て、青はケラケラと笑う。
「やっぱり、アレキサンダー大王は龍星やったな」
きれいに飛ぶ紙飛行機よりも、もう一度、自分で折れる紙飛行機を。
その選択は、少し地味で、でも長く続くものかもしれません。
答えは、ひとつではない。
けれど、自分で選んだ答えだけが、何度でも飛ばせるのだと思います。




