16 羨望の正体と紙の翼
正面から向き合うのが、少しだけつらい。
だから、隣にいられる距離に、どこか安心してしまう。
――そんな関係も、ある。
少し遅れて龍星が食堂に着いたとき、青たちはもう食事をはじめていた。
「龍星さん! こっち!」
最初に龍星を見つけたのは、春比古だった。
龍星は軽く手を上げて、青たちのいるテーブルに向かった。
「よっ!」
食事の手を休めず、青が声をかける。
「……昨日は、ありがとう」
自分の定位置が、青の隣であることに感謝しながら、龍星は座った。正面よりは目を会わさないですむ。
「昨日? ああ……」
一瞬何に礼を言われたのか、青には分からなかったようだ。青にとっては、礼を言われるまでもない自然な行為だったのか……あるいは、そのあとの一樹と過ごした時間が濃密で、それ以前の龍星とのことは忘れてしまっていたのか……。
と、そんなことを考えてしまう自分の卑屈さに、龍星は心の中で自嘲する。
「DVDも返してもらっちゃって……」
「そんなん、どーってことないやん。わざわざメールまでしてきて、龍星は律儀やな~って、言ってたんよ」
そう言った相手は、もちろん、一樹だろう。
「なに?」
三帆が、青にとも龍星にともつかない感じで尋ねてくる。
「ああ、昨日図書館で龍星に会ったんよ」
……と、青が昨日の出来事をひととおり説明する。
「そうなんだ。一樹兄さんはなんにも言ってなかったけど……」
三帆は、少しだけ不満そうに口をとがらす。
「べつに、わざわざ報告するようなことでもないやろ」
青はこともなげに言っていたが……。
ふと、三帆の言葉に違和感を憶える。
一樹が図書館に来たのは、七時過ぎ。そのあとすぐに帰ったとは思えないから、たぶん閉館ギリギリまでいたのではないだろうか。休日の閉館時刻は十時。
家が隣同士の幼馴染みだと言っていたけれど、そんな時間に自宅に帰ってから、隣の家を訪れるような関係なのだろうか?
だが、三帆のその言葉を、青も春比古も当然のこととして受け止めているらしい。一樹の家と三帆の家の関係は……幼馴染み、というだけでは説明がつかない気がした。
だが、その疑問を龍星が口にすることはできなかった。プライベートだから……とためらっているうちに、話題が違う方向に進んでいたのだ。
「龍星……オレたち、龍星に頼みがあんのやけど」
「頼み?」
聞き返すと、青だけでなく、三帆や春比古もうなずいた。
「ぜひ、お願いしたいことがあるんです」
ひどく真剣な顔で、春比古が切り出す。
「なに?」
「……あんな、オレたち、教育実習があるんや……」
そんなふうに青が言いだした願い事は……。
青たちは教育学部なので、当然教育実習がある。
今、やっている教育実習は、初等学校に、月に一度のペースで通うというタイプのものだという。
三人グループになって、十人ほどの児童を担当する。学生それぞれが考えたことを、子どもたちに指導する。教える時間は二時間ほど。
実習自体は月に一度だが、計画や準備、実習後の報告などにはその何倍もの時間がかかる。
青たちのグループは、一度目は、青が中心になって簡単なダンスを教えたという。
「舞踏……と言うより、リズム遊びみたいなもんやけどな」
子どもたちは、楽しんでそれをやり、しかもけっこうな運動量だったので、なかなかいい成績がおさめられたらしい。
二度目は、三帆が自作の絵本を読み聞かせ、その後、子どもたちに簡単な絵本を作らせたそうだ。
三帆の絵本がいい刺激になったのか、子どもたちの作った絵本はどれもユニークで、楽しいものだったという。結果が形になって残せたから、子どもに充足感もあって、やはり、評判が良かったらしい。
「二回ともいい成績を収められたのは、青と三帆のおかげだよ。感謝してる」
春比古が、生真面目に頭を下げる。
「それは、グループだから、当然よ」
「そう。それに、オレはブリキの木こりやないからな。感謝状もろうても、しょうもないやん」
青がそう言った途端、三帆と春比古が龍星の顔を見た。
つまり……わけのわからない青の言葉を通訳しろ……と言う意味らしい。
「じゃあ、布製のハートを春比古君に作ってもらう?」
三帆たちに説明するのではなく、青にそう聞き返した。
青はぷっと吹いた。
「それもいらんわ。もともとハートは持っとるから」
「だね。感謝状より、『きこりの脳みそ』の方が必要だろ?」
「うん。そっちはいるな」
ブリキの木こりは「オズの魔法使い」の登場人物。なくしてしまったハートをオズ大王にもらおうとするが、魔法使いでもなんでもない奇術師のオズには、そんなことは出来ない。
代わりに「優しい心の持ち主だという証拠だ」と感謝状を渡す……のは、ミュージカルにしたときの演出で、原作では、布製のハートを作って身体の中に入れてやる。
そして、脳みそが欲しいと言ったかかしに、オズが与えたものは「大学の卒業証書」。
二人の会話を、三帆と春比古は呆れたような顔で聞いている。説明を聞くのは、諦めたらしい。
「とりあえず、『木こりの脳みそ』もらうためにも、この実習はちゃんとせなあかんし……。三度目の計画を立てなあかんのやけど……」
青がちらっと、春比古を見る。
春比古は、困り顔で頭を掻いた。
一回目が青中心、二回目が三帆中心なら、今回は春比古の番だろう。実習自体は、三回で終わりらしい。
「春比古君、趣味がないから……」
三帆が容赦なく切り捨てる。
「趣味はあるよ、『読書』……」
「子どもに教育学の本読み聞かせて、どうすんねん」
青が、軽く春比古の頭を叩く。
叩かれても春比古は文句も言わず、生真面目な顔で龍星に説明する。
「僕は……一緒に遊べばそれでいいって思ったんです。鬼ごっことか、縄跳びとか、そういった遊び」
「それじゃ、ポイント稼げないでしょ?」
またしても、三帆が冷たく言い放つ。
「まあ、そうやってるグループもおるにはおるけど、当たり前すぎて、普通の成績しかもらえへんねん。オレたち、今まで、けっこういい成績だったから」
「最後ではずすわけにはいかないのよ」
ここまで成績にこだわるのは、成績によって将来が決まってしまうからだ。
医学部の場合だと、一定の成績を収めていないと個人病院を開業できない、といった「設定」がある。
教育学部のことは分からないが。春比古が言う「鬼ごっこや縄跳びで遊ぶ」という案ではすまないのだろう。
「それで、僕に頼みって?」
「僕、思いついたんです。紙飛行機はどうかって」
正面に座る春比古が身を乗り出す。
「紙飛行機?」
「はじめて会ったとき、龍星さん、僕の作った紙飛行機をちょいちょいって弄って、すごく飛ぶようにしてくれたじゃないですか」
「ああ……あれは、ちょっとしてコツがあって……」
大したことじゃない……と続けようとした言葉を遮られた。
「子どもでもできますよね!?」
「……出来ると思う」
ようやく、青たちの「頼み」が見えてきた。
「つまり、子どもに紙飛行機の作り方を教えるってわけ?」
「そうなんです! 作れる子はいると思うけど、龍星さんのみたいに良く飛ぶのはなかなか作れないでしょう?」
「だから、龍星にコツを教わって、良く飛ぶ紙飛行機の作り方を教えてやろ……ゆうわけや」
「他力本願よね~」
三帆が呆れた口調で言ったが、顔は笑っていて、口調ほど呆れてはいないことが分かる。
「どうですか?」
「子どもって、何年生?」
「初等学校の二年生です」
「……それなら、あんまり複雑なのはできないけど……。簡単で、わりあい良く飛ぶのなら、充分作れると思うよ」
引き受けることを前提に、そう言ってやると、春比古の顔がぱっと明るくなった。
「教えてくれますか!?」
また、身を乗り出してきた春比古に、うなずいてみせる。
「良かったー!!」
春比古が、立ち上がってガッツポーズをする。
「龍星、おおきに」
隣の青が、軽く頭を下げる。
それを龍星は複雑な思いで見返していた。
正直、気まずさは消えていない。
それでも、龍星は、青たちの頼みを断ることができなかった。彼らが真剣で、しかも切羽詰まっているのは分かったし、誰かの役に立てるのは嬉しい。
だが、それ以上に、青たちと一緒にいたい……と思ってしまったから。
「ごめんなさい。龍星さんは医学部でお忙しいのに……」
斜め向かいの三帆も頭を下げる。
「べつに……大したことじゃないよ。それで、いつ教えればいい?」
「指導案提出は一週間後なんです。ですから、できれば、なるべく早く……」
春比古が申し訳なさそうに言った。
「ああ……じゃあ、今日にでも、僕の家に来る?」
第16話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、紙飛行機と教育実習のお話でした。
うまく飛ばすにはコツがいるように、人との関係にも、ほんの少しの工夫やきっかけが必要なのかもしれません。
そして次回は、龍星の家でのやり取りへ。
距離が少し変わる時間になるかと思います。
引き続き、お付き合いいただけましたら嬉しいです。




