13 夢の境界線とずれる関係
少しずつ距離が近づいてきたはずの二人。
けれど、見えているものがすべてとは限らない。
今回、関係性が少しだけ動きます。
「あ……」
龍星がDVDを返し忘れたことに気づいたのは、図書館を出てしばらく歩いたあとだった。
「龍星祭」のDVDを見終わったあと、青が借りていたアクションものの映画を見た。といっても、映画はただ流れていただけで、二人で話をしていた……といった方が正しいかもしれない。
ただ、映像や音楽の鑑賞、あるいは読書をしていないと「鑑賞室」から追い出されてしまうから、映画を流していただけだ。
話題は他愛もないことばかりだったと思う。ユニバーシティーのことや、お互いの趣味について……そして、家族のこと。
もっとも、家族のことについては、お互い深入りはしなかった。龍星にとっても楽しい話題ではなかったから。
龍星の家は、両親に妹が一人のごく平均的な四人家族。父も母も医師。妹も、ユニバーシティーの医学部一年生。
「全員医者なん。すごい家族やね」
青はそう言って笑った。家族の話題は楽しいものではなかったが、青のその反応は龍星にとって好ましいものだった。
両親ともに医者で、自分も妹も医学部……というと、相手の反応はたいてい二つに分かれる。ひどく感心して、まるで異人種を見るような目で龍星を見るか、あるいは、「頭がいいんだね」と皮肉っぽく(おそらく羨望や嫉妬の気持ちから)言われるかどちらかだ。
青はそのどちらでもなかった。
「全員医者」と言うことに驚きはしていたが、どこかおもしろがっているふうでもあった。青の感情の中には羨望も嫉妬もない。その自然体の受け止め方が、青の隣にいることを龍星に「居心地がよい」と感じさせていた。
青の方は母子家庭だと言っていた。両親が離婚したことによる母子家庭。父は兄と暮らしている。
両親ともに、もう結婚はこりごりだと言っているそうだ。
「幸いなことに子どもは二人出来たさかい、あとはやもめのまんまでも大丈夫やて」
聞けば、青の両親は、たがいに若い頃に好きだった人とは結婚できず、三十歳過ぎてからの強制結婚だったという。
「もともと好きで結婚したわけやないし、無理してまで一緒にいることもないやろ? ええ判断だったと、オレは思うよ」
そんなことも、青はけろっとした顔で明るく言い放つ。
「……いいんじゃないか。もう冷めてしまってるのに、世間体だけで夫婦を続けているよりは」
龍星の両親は、ユニバーシティー時代に出会った。純粋な恋愛結婚だ。それでも、今は言葉も交わさない。
同じ病院に勤めているが、科が違うので職場で顔を合わせることもないそうだ。どうしても夫婦揃って出なければならないイベントの時だけ、仲のいい夫婦を演じている。
両親が離婚してしまった子どもも不幸だが、離婚しないせいで辛い思いをする子どもの方が、より不幸なのかもしれない……と、青を見ていて龍星は思ってしまう。
もちろん、だから自分は青よりも不幸だ……などと言うつもりはないが……。
そんな話をしていたら、時間はあっという間に過ぎた。
時間を忘れて話を続けていたんだと気づいたのは、七時過ぎに鑑賞室のドアが開き、そこに一樹の姿を見つけたときだった。
「ああ……もう七時になってたんか」
青が時計を見ながら、立ち上がる。
「待ち合わせしてたの……一樹さんだったんだ……」
青が誰かと待ち合わせしていたのは聞いていた。それが誰か……は聞かなかったし、予想もしていなかった。
だが、現れたのが三帆や春比古ならすんなり受け入れられていたと思う。あるいは、龍星が会ったことのない女性であっても……。
一樹は……予想の範疇外だった。
青と一樹の関係は三帆を通してのもので、彼らが二人だけで会うことなど、想像もしていなかったから。
「あ、こんにちは、一樹さん」
それでも、黙って立っているのは気詰まりで、とりあえずそうあいさつする。
すると、一樹はドア近くの壁にもたれたまま、龍星をちらっと一瞥した……だけで、なにも言わなかった。あいさつを返すことさえしてくれなくて、龍星は戸惑う。
何か、一樹の気を悪くするようなことをしたのだろうか?
龍星にはまったく思い当たらない。昨夜はけっこう機嫌良く普通に会話をしていたはずで、それ以降会ってない。
「鑑賞室が満員で、龍星、DVD見られんで困ってたんよ。そやから、一緒に」
青が、事情を説明する。
一樹は、それにも答えず、じろりと龍星を見る。
ここにいたって、龍星はようやく一樹の不機嫌のわけがわかった気がした。つまり、青と二人で何かを鑑賞するつもりだったのに、龍星がいたからだ。
「あ、そうなんです。七時までなら一人だから、それまでに終わるならって……青が言ってくれて」
龍星の言い訳に、一樹はかすかにうなずいた……気がした。それに、わずかに安堵して、龍星は慌てて荷物をまとめながら、青に言った。
「それじゃ、僕は帰るから。今日はありがとう」
バッグに荷物を手当たり次第突っ込み、肩にかける。出口の所で振り返り、一樹にとも青にともつかない曖昧な言い方で、
「さよなら」
と言う。
そのまま、ドアを閉めると、振り返りもせずに図書館を出てしまったのだが……。
龍星が借りた「龍星祭」のDVDは、鑑賞室のテーブルに置きっぱなしだ。
なんであんなに慌てて出てきてしまったんだろう……と、龍星は自分に問いかける。おそらく、一樹の冷たい雰囲気に圧倒されたせいだ。
青は、なんとも感じていないようだったが、睨まれた龍星は一瞬背筋に冷たいものが走るほどだった。
それで、その場を離れることしか考えられなくなり、DVDのことなど思い出しもしなかった。
それにしても、一樹のあの冷たさはなんだったのだろう?
一樹は、基本的に無口で、人当たりのいい方ではない。それでも、あんなに攻撃的な態度は見せなかったはずだ。……少なくとも、昨日は。
それとも、昨日の一樹が特別で、今日の不機嫌な一樹がデフォルトなのだろうか?
どちらが本来の一樹の姿なのか、判断できるほど龍星は一樹という人間を知らない。
「とにかく、DVDだ」
鑑賞室を引き上げるとき青が返してくれるだろうが、借りたのは自分だから、やはりきちんと返しておきたい。
「戻るか」
一樹のあの態度を思い出すと、図書館に戻るのは少し勇気がいるが……。
「ちょっと行って、DVDだけ受け取って、出てくればいいんだし」
それならば一分もかからないだろう。
龍星は、図書館に向かって踵を返した。
受付を通過して、さっきまで自分がいた鑑賞室の前に立つ。ドアをノックしようとして、ふとためらう。
音楽を聞いていたりしたら、邪魔じゃないだろうか?
一樹は演奏が趣味だから、音楽を聞いている可能性は大だ。となれば……曲が終わるのを待ったほうがいいかも……。
そう思って、龍星はドアの窓から鑑賞室の中を覗いた。
真っ先に目に入ったのは、大型のディスプレイ。
そこに映し出されていた映像は……。
「あれ?」
さっき、自分も青と見ていた(正確には流していた)アクション映画の映像だ。
もしかして、あれは一樹の好みだったのか。どちらにしても、映画が終わるまでは待てないし、今は緊迫したシーンでもないから、入ってもだいじょうぶかもしれない……と龍星は考え、ディスプレイの反対側……二人がけのソファーの方を見た。
「え?」
思わず上げそうになる声を、あわてて押さえる。
そのソファーの上で、一樹と青は……キスをしていた。
「……そういうことか」
聞こえないはずの音が、ガンガンと頭の中で鳴る。それは、アクション映画の効果音か、それとも、一樹のギターの音だったのか……。
龍星は、動揺のままドアに手をついた。
その瞬間、音は途切れた。
その代わり、静まりかえった廊下に、ドアの音だけが響いた。
まずい! と、一樹は急いでドアから離れ、そのまま受付のある方に向かって小走りに走った。
音に気づいて、一樹か青が部屋から出てきてしまったら大変だ。
走りながら、振り返ったが、ドアは閉ざされたまま。二人とも物音には気づかなかったのか、気づいても、部屋から出てくる意志がなかったのか……。
もっとも、アクション映画の音は派手だから、聞こえなかった可能性の方が高いだろうが。
受付をそのまま通り過ぎ、図書館から出ても速度をゆるめなかった。……いや、ゆるめられなかった。
読んでいただきありがとうございます!
関係が一気に動き始めました。
ここから先、龍星の見え方が変わっていきます。
「続きが気になる」と思っていただけたら、
ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!




