12 籠鳥と夢の境界線
趣味なら、自由にやっていい――
本当に、そうでしょうか。
第12話です。
「なんで?」
「男で舞踏を趣味にしとるヤツが、そんなにぎょうさんおるとは思えんし」
確かに……バレエや社交ダンスを教える教室はたくさんあるが、生徒の大半は女性だろう。だからといって、男性が皆無というわけではないが。
「でも……声をかけてみたら、二十人くらいなら集まるかも」
「集まったって……誰がソリストをやるかで喧嘩になるのがオチやん」
「喧嘩? そんなことないだろう。一番上手な人がソリストをやればいいんじゃないのか?」
龍星は思ったままを口にしたのだが、青は何故か呆れたような顔で、龍星を見た。
「あのな。その『誰が一番上手』かは、誰が決めるン? それに、下手なヤツがソリストをやったらあかんなんて決まりは、ないやろ? オレらは趣味で踊ってるんや。自分の満足のために踊っとるのに、下手やからて、なんでその他大勢に甘んじなあかんのや? ……ってことになると思うで」
青の言わんとしていることが、半分くらいしか龍星には分からなかった。黙ってしまった龍星に、青は辛抱強く説明した。
「あのな……この映像見て、龍星はこれと同じことがここでもできる……思うたんやろけど、これが出来たんは、このダンサーたちがプロやからや」
確かに、彼らはプロだろう。けれども、それが何の関係があるのだろう?
龍星の疑問は、口に出す前に青が解答を出した。
「たぶん、周りで踊ってるダンサーたちには二種類いると思う」
「二種類?」
「自分とソリストの才能や技量の違いがはっきり分かっていて、群舞を踊ることに生き甲斐を見出してるヤツ」
「もうひとつは?」
「いつか、自分がソリストになろうと、虎視眈々と狙っているヤツ」
「……なるほど」
「プロの公演やから、観客は当然金を払って見に来る。逆に言えば、その金額に見合うだけのものを提供する義務があるんや。せやから、作品を良くするためには群舞にも甘んじるし、一番うまいヤツがソリストをすることに誰も文句を言わへん。けど、アマは違う」
「どんなふうに?」
作品を良くしたいと思うのは、プロもアマも差はないのではないか? と龍星は思う。だが、そんな龍星の考えは、青にあっさり却下される。
「ここでは、観客から金をもらうことは許されてない。つまり、タダや。タダなんやから、どんなに下手でも、観客は文句は言わへん。おもろうないと思えば、帰ってしまうかもしれへんけど。それでも、やってるヤツらは、痛くもかゆくもないんや。プライド高いヤツなら、席立たれたら、もっと努力しよ思うかもしれへんけど……そんなに入れ込んだら、『超限度』になってしまう」
確かに、この世界ではそうだろう。
プロならば、何時間練習に費やそうとも、それは褒められるだけで、責められることはない。けれども、ここでは舞踏は「趣味」。本業がおろそかになるくらいのめり込んだら、「超限度」で罪に問われる。
「『趣味』なんやから、楽しくやれればいい。公演して人に見てもらうのは、おまけにすぎないんや。もし、ここでこの踊りをやろうとしたら、ソリストはジャンケンで決めるか、交代制か……そんなとこに落ち着くんやないか?」
確かに、この世界で公演するとしたら、そうなってしまうのかもしれない。
「青、もしかして……」
その質問は、いつの間にか龍星の口にのぼっていた。ほとんど無意識に聞いていたと言っていいだろう。しっかりと考えていたら、そんな質問はしなかったはずだから。
「もしかして、青は、プロのダンサーになりたいのか?」
言った瞬間、青の表情が強張った。
それを見て、龍星は自分の質問のまずさに気づく。
慌てている龍星を見て青が笑った。明るい笑いではなく、嘲笑に似ていた。
「ここには、オレしかおらんからいいようなものの、そんなことゆうたん、政府に知られたら、裁判沙汰やで?」
「……ごめん」
ダンサーは職業リストにない。
リストにない職業に就こうとする行為は、犯罪となる。
そんなことは充分承知していたはずなのに、何故そんなことを口走ってしまったのか……龍星自身にも分からなかった。
気まずい思いでうつむいていると、青がからりと口調を変えて言ってきた。
「龍星が借りたDVD見よ。セットするで」
「……あ……うん」
龍星がうなずくより早く、青はDVDをセットして、スイッチを入れる。
もう、何回も見ている映像がディスプレイに映し出された。
「なんや、これ?」
映っているのは、あまり高くない山の風景。
中腹に、櫓が組まれている。麓には、たくさんの人たち。そのうちの何人かは、揃いの半纏を着ている。
「祭だよ」
このDVDはストーリーのある映画や、舞台を撮影したものではない。とある町で毎年行われていた祭りを記録したものだ。
「祭?」
この世界にも、「祭」はある。それぞれの学校で行われる「文化祭」。そして町ごとに行われる「○○町祭」と呼ばれるものなどがそれだ。
「うん。母星で行われていた祭。『りゅうせい祭』って言うんだ」
「りゅうせい? どういう字を書くん?」
「僕の名前と同じ」
「ふうん。せやったら、龍星の両親は、ここから名前を取ったんか?」
「違うよ。単なる偶然」
龍星がこのDVDを見つけたのも、偶然だ。
初等学校の頃、図書館でヒマつぶしに、「龍星」と検索してみた。そうしたら、「龍星祭」がヒットしたというわけだ。
自分の名前と同じなので興味をひかれて借り出して、そして……魅入られた。
映像の中では、祝詞があげられている。山の中腹に組まれた櫓に、数人の人が昇っている。祝詞が終わると、櫓のてっぺんからもくもくと煙が立ちこめて……やがて小さなロケットが発射される。
ロケットは、発射音とともに空の半ばまで飛び、そこで破裂。さまざまな色の煙が空に模様を描き、パラシュートや紙吹雪が落ちてくる。
「『龍星ロケット』って言うんだ」
龍星が説明すると、青が首を傾げる。
「ロケット? 花火とちゃうん?」
龍星はくすっと笑う。
「まあ、花火だけどね。この祭では『ロケット』って呼んでるみたいだよ」
「そっか。花火は夜に上げるもんやしな」
「うん」
とうなずいたものの、龍星も、もちろん青も、本物の花火は見たことがない。打ち上げ花火は言うまでもなく、手持ちの小さなものも、無駄に空気を汚す……という理由で禁じられている。
それでも、花火の存在を知っているのは、図書館にある映画などに映像が残されているからだ。
画面の中では、ふたたび祝詞があげられる。
「チームを組んで、どこが一番上手に上げられるか、競っているんだ」
うまくいくロケットばかりではない。高く飛ばなかったり、飛んでも不発でパラシュートが落ちなかったり……。最悪の場合は、櫓の上で爆発してしまうものもある。
それでも、彼らは落ち込まない。今年がダメでも、来年……と思うからだろう。
「聞いてもええか?」
青が、めずらしく遠慮がちに尋ねる。
「うん? なに?」
「初等学校の頃に、このDVD見つけた、ゆうたやん?」
「うん」
「もしかして、龍星が『紙飛行機』を趣味にしたんは、これの影響?」
言われた瞬間、龍星ははっと青の顔を見る。
「あ、いや、言いたくなかったら言わんでも……」
青は、慌てて両手を顔の前で振る。
「……言いたくないわけじゃないよ……」
それだけ答えて、龍星は自分が何故驚いたのかを考える。
そう……今まで気づかなかったのだ。自分が「紙飛行機」を趣味にしていることと、この映像をくり返し見ていることの因果関係を。
青に言われて、はじめて気がついた。自分でさえ気づけなかったその気持ちを、青は何故言い当てられたのか……。
「そうだね……。この映像を見て……。それからだよ。『紙飛行機』を作り出したのは」
「龍星ロケット」に憧れた。けれども、ここでは、花火さえ禁じられている。
だから……幼い龍星は飛ばしたのだ。誰にも咎められない『紙飛行機』を。偽物の空に向かって……。
夢は、禁止されているわけではない。
ただ、実現しようとした瞬間に、罪になるだけで。




