表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン保険の例外案件係に左遷された俺、【真贋鑑定】で業界の闇を全部暴く  作者: 夜摩 高嶺
第一部『例外案件係の査定員』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/81

第7話「中堅クランの裏帳簿」

「この顔、あたしが知ってる」


 早乙女が、書類の束から一枚の写真を抜き出して、デスクの上に滑らせた。


 翌朝八時五十分。例外案件係のオフィスに、蓮田が淹れた朝のコーヒーの匂いが残っていた。蓮田は今日も、自分のカップに口をつけていない。


 写真の中の男は、四十前後。角ばった顎、短く刈った髪。

 首筋に、古い火傷の跡らしきものが、襟元から覗いていた。クラン『岩礁』の代表、辰巳耕司。B級上位、企業化したクランの代表にしては、若い部類。


「警察時代に」


「二回、事情聴取した。どちらも、参考人扱い。容疑者にはならなかった」


「何の事件で」


「一件目は、四年前の、池袋で起きた違法素子の売買摘発。摘発されたのは辰巳の元同僚で、辰巳本人は接点が薄いという結論になった」


「二件目は」


「三年前。——あたしが、冤罪で辞める直前の、最後の事件」


 早乙女の指が、写真の隅で、止まった。


 つり革を三回叩く癖が出た。机の縁で、指先が三度、軽く鳴る。


「冤罪、というのは」


「今は話せない。——話さないことを、許して」


「分かりました」


 わたしは頷いた。追及する権利は、わたしにはない。

 蓮田も、視線を新聞に戻したまま、何も言わなかった。



 昨日の池袋ダンジョン庁から戻った後、例外案件係には、もう一件の依頼が回ってきていた。『岩礁』所属探索者の、装備破損申請が、過去六ヶ月で七件。合計申請額、八千五百万。


 本社企画部は、通常の査定部に一度回して、既定金額の八割で支払う方針を固めていた。それを、昨夜の蓮田の内線一本で、例外案件係に差し戻させた。

 蓮田が使った口実は、『担当者の病欠』。根回しと、頭越しの、昭和的な処理だった。


「七件、並べてみた」


 早乙女が、七枚のファイルをテーブルに扇状に広げた。


「全部、同一の付与素子改造が共通してる。昨年五月前後、まとめて」


「戸川の付与刀と、同じパターンですね」


「ええ。付与業者、同じ。『ツツジ魔導工房』、板橋区」


 わたしは、ファイルを順番に開いた。赤が、七件すべてに重なった。K型素子と申告された部分に、赤。使用履歴の月平均数に、赤。——そして七件のすべてに、契約書末尾の再保険引受先欄に、あの薄い雷の印がうっすらと重なっていた。


「全部、雷の印です」


「全部?」


「ええ。雷電リスク・マネジメントの社名が、再保険欄に入っています」


 早乙女は、デスクに両肘をついて、額に指を当てた。


「B級中堅クランの装備破損案件に、大手クランの関連会社が、一件ごとに再保険を引き受けてる。普通じゃない」


「つまり、これは」


「雷電が、岩礁の保険金詐欺に、資金還流のラインを敷いてる。再保険金の受取経路で、現金が動く」


 蓮田が、新聞を畳んだ。


「そういう仮説なら、立つ。だが、岩礁の代表、辰巳を直接突いても喋らない。下の者から崩すのが、セオリーだ」


「戸川悠平、ですか」


「二十九歳、B級、三年前に岩礁に加入。昨日の付与刀の件で、破壊検査の同意書が、今朝ダンジョン庁経由で届いた」


 蓮田がファクスの紙を、ひらりと振ってみせた。芝山が、徹夜で戸川本人の同意を取り付けたのか、あるいは、取り付けるように誰かが動いたのか。


「早すぎる、ですね」


「早すぎる」


 蓮田は頷いた。


「同意書を出させて、立会検査で違法素子が見つかって、戸川が罪を認める。それで、岩礁の末端が一人、切られて、上は無事、という筋書きか」


「尻尾切り、ですね」


「庁が動いたってことは、庁も、その筋書きに乗ってる」


 芝山は、協力者に見えていた。正確には、協力者として振舞うよう、庁の上から指示を受けている可能性がある、ということだった。



 十一時二十分、池袋ダンジョン庁別館地下、証拠保管庫。


 芝山は、昨日と同じ応接スーツで立ち合った。戸川悠平本人は来ていなかった。

 同意書のみ、代理で弁護士が持参する形式だった。


「本人は、体調不良で」


「承知しました」


 破壊検査は、付与刀の柄頭を、専用の工具でゆっくりと取り外す作業だった。庁側の技術者が、二人がかりで作業を進める。

 わたしは、手袋をして、真横で作業を見守った。


 柄頭が外れた。


 中の素子格納スペースに、小さな金属の立方体が一つ。刻印を確認する。型番、X型。違法戦闘強化素子。軍用ベースの、民間転用禁止品。


「X型、ですね」


「……はい」


 芝山は、書類にその型番を書き込んだ。筆跡に、わずかな躊躇いの跡がある。少なくとも、わたしにはそう見えた。


「戸川悠平氏に、違法素子の装着が確認されました。これは、保険金詐欺とは別件で、ダンジョン庁側の立件事項になります」


「つきましては、戸川氏の事情聴取に、わたしも同席を希望します」


「……どうしてでしょうか」


「書類の虚偽記載の経緯を、保険側でも確認しておきたい。会社の内部監査ラインに必要な記録です」


 芝山は、眉を寄せて、少し考えた。


「庁の取り調べへの民間立会は、原則、許可されません」


「例外措置は、芝山さんの監察官権限で、ご判断できますね」


 わたしは、眼鏡のブリッジを押し上げた。


「芝山さんは、協力的でいらっしゃいますので」


 彼は、わたしを見返した。目尻の皺が、笑う前の形で一度止まり、そのまま止まっていた。昨日と同じ、一秒の揺らぎ。


「……分かりました。同席、認めます。今日十五時、本庁第四審査棟」


「ありがとうございます」



 十五時。本庁第四審査棟、小取調室。


 戸川悠平は、青い顔をしていた。痩せ型、背は高い。

 二十九歳にしては、目元に疲れが深かった。ジャケットの下のシャツは、皺が寄っていた。


 芝山が取調の主導をした。わたしは、壁際の椅子に、録音機を膝に置いて座った。


「戸川さん、X型素子の装着は、いつから」


「……昨年五月、装備を改造した、そのときから」


「どなたの指示で」


「クランの、副代表の、薄井」


 クラン『岩礁』副代表、薄井達郎。早乙女が資料で抜き出してきた名前の一つ。

 五十三歳、元軍人。


「薄井さんの、そのまた指示元は」


 戸川は、しばらく黙った。爪先で、床を小さく蹴る動きを、三度繰り返した。


「……知りません。聞かされませんでした」


 赤。——わたしの視界の中で、供述記録が赤く染まった。『知らない』は、虚偽。戸川は、その指示元を知っていた。


 芝山の口調は、ここで少しだけ速くなった。


「結構です。では、装備破損申請の書類を作成したのは、どなたですか」


「クランの総務部、と、弁護士の——」


「弁護士の名前は」


「……水守」


「水守、フルネームは」


「——水守、達也」


 戸川は顔を上げた。視線が、芝山ではなく、わたしの方を一度だけ見て、すぐに伏せられた。


 その一瞬、戸川の喉元に、黒が視えた。——意図的な隠蔽。本当に隠したい名前は、水守ではなく、別の誰かだった。


 わたしは録音機のスイッチを確認した。まだ回っている。



 取調から戻る廊下で、芝山がわたしを呼び止めた。


「宇津木さん」


「はい」


「戸川の供述、一部、詰めきれていない箇所がありました。続きは、明日、わたしの方でやります。本日の立会、お疲れさまでした」


 つまり、ここで終わり、ということだった。わたしは頭を下げた。


「お気遣いありがとうございます。ちなみに、水守達也弁護士、どちらの事務所にご所属ですか」


「麻布の、法律事務所『桐生アンドパートナーズ』の共同経営、だったかと」


 桐生、という文字が、短く耳に届いた。


 わたしの手のひらの中で、書類の端が、軽く震えた。——雷電クラン副代表、桐生鷹志。同姓なのは偶然だろうか。


「ありがとうございます」


 わたしは、黒縁眼鏡の奥で目を細めて、そのまま廊下の角を曲がった。背中で、芝山の視線が、一秒だけ長く留まったのを感じた。



 夕方、三豊ビル北館に戻ると、早乙女が窓際のマグカップを見つめていた。


「宇津木」


「はい」


「辰巳耕司、さっき、うちの受付に電話してきた」


「なんと」


「『例外案件係の査定官に、お目にかかりたい』。丁寧な敬語だった」


 蓮田が、奥から口を挟んだ。


「明日、会うか」


「会います」


 わたしは答えた。封筒を机に置いて、ボールペンで、新しい付箋に一文字だけ書き込む。『岩』。


 『雷』の付箋の横に、『岩』を並べて貼る。二枚の付箋が、机の端で、並んで揺れた。


 早乙女が、ぽつりと言った。


「辰巳の後ろに、薄井。薄井の後ろに、水守。水守の後ろに……桐生」


「四段、ですね」


「四段目で、あたしの過去とも、繋がるのかもしれない」


 彼女の指が、机の縁を、三度、叩いた。


 今日の叩き方は、昨日よりも、少しだけ、強かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
元警察官なら、容疑者と言うのではなく、被疑者という表現の方が、より警察官らしいと思う
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ