第二十五話 森野木陰 再び
森野「遠藤さん、わざわざこんな所まで尋ねて来てくれたんですね」
遠藤「一応、例の件の報告だけね。結果はカクカクシカジカという事で、被疑者死亡のままと書類送検になりました。まぁそういう事だから」
森野「事実を認めた、ならそれで良いんじゃないですか。これで彼の魂も解放されると思いますよ。しばらくしたら彼の遺体も何処かから出てくるでしょう」
遠藤「そうなの?」
森野「ええ、きっと。ところで遠藤さんは死んだことってありますか?変なことを聞きますけど(笑)」
遠藤「無いよ、まだ生きてるから(笑)」
森野「あそこの監視員の二人、全く表情を変えない能面みたいな人たちいるでしょ?(笑)」
遠藤「あぁ、大変な仕事なんだろうね。君みたいなのを相手にしなきゃいけないんだから」
森野「あんな感じですよ、あちらも。【懺悔は済まされて来ましたか?】って、終始淡々と何の感情も無くね」
遠藤「へぇ」
森野「あの世では我々が思ってるよりも、というか意外かもしれませんが嘘という罪が重かったりするんですよ」
遠藤「なんでソレを君が知ってるの?」
森野「まぁいいじゃないですか(笑)だから、そういう謂れというかヒントみたいなものを僕たちは生きている間に学ぶ機会を与えられているんだと思います」
遠藤「例えば?」
森野「日本人なら閻魔鏡とか、宗教的にはアダムとイブの話に出てくる蛇の話とかね。他人を騙し欺くことを万引きと同じように軽い罪だと思って勘違いしているとアナタが思っているよりも大変な事になりますよ?って」
遠藤「そんなに厳しいんだ?」
森野「ええ。罪の基準がこの世の法とはまた違うんで。この世の法もあくまでこの世のものですからね。国によって刑法も異なるじゃないですか?だからお亡くなりになった皆さんそう言うんですよ、知らなかったと。そこまで嘘が深刻な事だとは思ってないですからね」
遠藤「肝に命じとくよ。今からじゃ間に合うかわからないけど(笑)」
森野「そのために懺悔ってものがあるんだと思いますよ。もっとも懺悔をしなきゃならない相手にしないと果たして意味があるのかまではわからないですけどね。ただ、それまでに本当にそれでも良いのか?と尋ねられる機会もあったはずです。それでも救いようのない魂となるとその行き先はおそらく地獄ということになるでしょうけどね」
遠藤「地獄も簡単に行けるというわけじゃないんだね」
森野「墜ちるのは簡単ですよ、手続きが面倒なだけで(笑)そうそう、先の質問と関係あるかはわからないですけど。僕はね、この世に天国を作るのが夢なんですよ」
遠藤「そうなの?でも君は其処へ行くつもりはないんだろ?」
森野「ええ、わかります?(笑)」
遠藤「もしそうだったら俺にも一緒に行かないか?って君なら誘うはずだからね」
【追記 遠藤の捜査ファイルより】
1960年代、学生運動の最中にある事件が起きた。大学内の一つのグループが教授宅を襲うという事件によりその家族が被害に合われた。当時、教授は急な会合に出かけていたため難を逃れるも家族が亡くなるといういたたまれない話であった。犯行グループはすぐに特定され逮捕されましたが裁判にて「殺すつもりは無く、活動の妨害を留まらせるための脅しであったが騒がれたために突発的に行ったもので事故である」と主犯格は主張。それぞれ有期刑に服すものの、その後は仮釈放のちそれぞれ社会に復帰していた。当時の時代背景的なものがそこにあった。教授は裁判後しばらくして大学を辞め、その後消息不明。そして事件から20年後、犯行グループに属していた連中らが某県山中のロッジ内にて集団自殺をはかり全員が死亡した状態で発見された。当初は過去の犯行における罪悪感からの自殺かと考えられていたが、それぞれの動機や行動を洗ううちに、主犯格の人物が地元で代議士の選挙前準備を行っていたなど不可解な点がいくつか挙げられ事件との両方の線で捜査は行われていた。その中で行方不明中の被害者である教授がグループの連中らと接触していたという目撃証言などにより、また彼らの検死結果が薬物によるものであることから、大学での薬品管理記録などを調べると欠品している薬品がいくつかありそれらと照合した結果、同教授の犯行である疑いの可能性が出てきた。しかし、教授の行方は懸命な捜査にも関わらず一向にわからないまま現在に至る。
【以上】
第ニ十五話(終)