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第一章 はじまりの日 - 4

 かんぴょう巻きを巻簾でキュッと形付けながら、龍之介は黙々と洗い物をする司を横目でチラリと窺った。いつもはペラペラと話しかけてきてうるさいくらいなのに、こんなにハッキリと態度にあらわされると、気になって仕方がない。昼間の亜子の態度といい、司の急な無口といい、白石姉弟(きょうだい)は情緒不安定だと龍之介は思った。

 仕事が終わり更衣室で着替えると、司が少し付き合うようにと言ってきた。

 菖蒲茶屋公園のベンチに座ると、お互い自動販売機で買ったお茶を飲んで喉を潤した。夜の七時を過ぎたのに辺りはまだ明るかった。龍之介は司が口を開くまで黙ってお茶を飲んで空腹を満たした。ランチではため息が出るほどライスを食べたのに、もう腹ペコだった。これが若さなのかもしれない。

「龍ちゃんは何も知らないみたいだから教えておくね」

 司がやっと口を開いたと思ったら、何だか少し偉そうな物言いで胸に引っかかったが、龍之介は黙って頷いた。

「魔女族はね、普通、自分の正体を明かさないもんなんだ。明かすとしたら、それは、自分が伴侶に選んだ人にだけなんだ」

 司は少し責めるような眼差しで龍之介を見ると、「僕の言ってる意味、わかるよね」と、付け加えた。

 龍之介は少し人ごとのような気持ちで聞いていた。司の言うことが本当ならば、亜子は秘密を打ち明けた中学生の頃に、龍之介を伴侶に選んだということになる。でも、龍之介は亜子から一度も告白などされたことはない。確かに、バレンタインデーには毎年美味しい手作りチョコレートをもらっていたが、その度に、義理チョコだと念を押されていた。

「それって、亜子が俺のこと好きだってことになるのか?」

 司の反応を窺いながら龍之介は恐る恐る訊いてみた。司はそんな龍之介を見て、呆れたようにため息をつくと、「鈍い男だね」と言って続けた。

「毎年、バレンタインデーの前になると、家の庭に植えてあるマンドラゴラが引き抜かれてるんだ」

 龍之介は聞いたことのない植物の名前に、思わず「何それ」と、食いついた。

「マンドラゴラは媚薬、つまり惚れ薬に使う植物だよ」

 マンドラゴラは人の形をしたニンジンのような植物で、土から抜くときに悲鳴を上げる。その悲鳴を聞いたものは死ぬという。だから、マンドラゴラを抜くときは、予め半分だけ土から引き抜き、長いロープをかけて、悲鳴を聞かないように耳栓をした後、遠くからロープを引っ張って一気に引き抜く。命がけの作業なのだ。

「姉ちゃんは、毎年バレンタインデーの手作りチョコレートにマンドラゴラのエキスを入れてたんだ。ちなみに、姉ちゃんは龍ちゃんにしかあげてないからね、チョコレート」

 龍之介はポカンとした顔で司を見た。今まで亜子を好きだったのは、惚れ薬のせいだったのだ。その惚れ薬をチョコと一緒に毎年食べなければ、亜子のことをずっと好きだったかどうかわからない。でも、亜子は毎年命がけでマンドラゴラを引き抜いて、龍之介に食べさせていた。

 龍之介はマンドラゴラを引きぬく亜子の姿を想像すると、可愛く思えて頬をほころばせた。正義感の強い亜子が亜子自身の欲のために魔法を使い、そしてその魔法は自分に向けられたものだと思うと、龍之介は胸が熱くなった。

「今日、姉ちゃんが泣いて帰ってきた。それって龍ちゃんのせい?」

「いや、俺じゃなくて……俺なのか?」

 龍之介は昼間のことを思い出しながら必死で頭を回転させた。亜子は尊敬している小林のことを好きなのかと思っていたけれど、司の話しだと亜子が好きなのは龍之介なのだから、本当は、小林に恋人同士なのかと訊かれたときに、肯定してほしかったのかもしれない。この解釈で合っているのかわからなかったが、今の龍之介にはこれ以上の考えが浮かばなかった。

 龍之介が黙って頭を巡らせていると、目の前に白いサンダルを履いた足が目に入った。龍之介は顔を上げた。亜子だった。


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