第二章 龍之介の受難 -6
その日の夜、司は嬉しかったのか、興奮してなかなか寝なかった。龍之介にここぞとばかりに龍の生態について質問攻めにした。龍之介は、龍の体は九つの動物に似ているという九似説や鱗の数や羽がなくても龍が飛べる理由や神通力などについて教えてあげた。
すると司がひらめいたような顔で質問した。
「神通力で人間の姿になることはできないの?」
龍之介は目の覚めるような思いになった。どうして今まで思いつかなかったのだろうか。龍之介は自分の愚かさを悔やみ、そして司に感謝すると、人間の姿になることを想いながら顎の下の如意宝珠を撫でた。
すると、みるみるうちに龍之介の体は大きくなり、顔が変形し、手足が伸び、尻尾が縮んだ。そしてあっという間に人間の龍之介になった。ただ、顎髭は生えたままだった。
龍之介は感動で手が震えた。司は龍之介に抱きついて喜んだ。そして、明日は亜子の付き添いに一緒に行こう、と誘われ頷いた途端、龍之介の鼻先が少し伸びて変形した。慌てて顔や体を触って確かめると、龍之介の体は徐々に龍に戻り始めていた。そして、あっという間に龍の姿に戻ってしまった。
がっかりしてうなだれていると、隣で同じくらい司が落ち込んで頭を垂れていた。
「仕方ないよ。だって俺、偽物の龍だから」
そう言って龍之介は司を慰めた。けれどもその言葉は、自分自身にも言い聞かせていたようにも思えた。司はちらりと龍之介を見ると、膝の上に抱き寄せ、背中を優しく撫でた。
結局、亜子のお見舞いには行けず、龍之介は今まで通り、白石家でできる限りの家事をこなした。掃除機をかけるときは、神通力を使って動きを操った。洗濯物を干すときも、爪を引っかけるといけないので、神通力でハンガーにかけ、形を整えてから干した。こうして毎日神通力を使う練習をしながら、体を慣らしていった。そうすることで、人間の姿になったときに、いずれは長時間、それを維持できるようになると思うと、龍之介はやる気が出た。
亜子が入院してから一週間が経ったある日、司が大事件でも起こったような勢いで帰ってきた。「大変なことになってるよ」と言うと、司は深呼吸して続けた。
「姉ちゃんをひき逃げした犯人を警察が探してる。それで……」
犯人が見つかったのか? 龍之介は黙って司の話を聞く。司が再び深刻な表情で口を開く。
「龍ちゃんが容疑者になってる」
龍之介は一瞬、何を言われたのか分からなかった。ポカンとして司を見る。
亜子を撥ねたバイクは盗難車で、数キロ先で乗り捨ててあったらしい。警察の情報では、痴情のもつれから、龍之介が亜子を盗んだバイクで撥ねて、逃走していることになっている。
「警察が言うには、公園で龍ちゃんと姉ちゃんが言い争ってるのを見た人がいるらしいんだ。つまり、公園にいたときはもう、姉ちゃんは狙われてた。そしてそいつが、警察にウソの情報を吹き込んだんだ。間違いないよ」
司はあくまで冷静に分析しようとつとめていた。
「でも、亜子の意識が戻ったら、全部解決することなんじゃないのか」
龍之介が言うのと同時に、龍之介のスマホの着信音が連続で鳴った。見ると、母の文佳から短い文章が立て続けに送られてきていた。「今どこ?」「まだ中野の友達のところ?」「亜子ちゃんが大変だよ」「なにも知らないよね?」「母ちゃんは信じてるよ」「いつ帰る?」そして最後に、「電話ください」と、送られてきた。母のところにも警察が行ったようだ。
龍之介がすぐに電話しようとすると、司に止められた。
「警察が一緒にいるかもしれないよ。電話の発信元を調べられたらおしまいだ」
「でも、既読スルーしたら、余計怪しいし、心配すると思うけど」
どうしていいかわからなかった。すると司が、自分が文佳に会って直接話すと言い出した。
「まさか、俺が龍になってること、話すのか?」
司は首を横に振った。
「公園には僕も一緒にいて、姉ちゃんと別れた後、二人で駅前のバーガーショップに行ってから龍ちゃんが中野に行くのを見送ったことにする。だから龍ちゃんは犯人じゃない、って話す。そして警察の情報は信じないように言う」
「でも、それ嘘じゃないか。大丈夫か?」
「目には目を。嘘には嘘を」
凛々しい顔で屁理屈を言う司。
「俺は、どうすればいいんだ」
「僕が戻るまでなにもしないで。おばさんにラインを送ったりしないでね」
そう言うと、司は文佳に会いに行った。そんな司が龍之介には頼もしく見えた。
しばらくして、司が一仕事終わったような顔で帰ってきた。文佳は少し疲れた顔をしていたそうだ。それもそのはず、ある日突然、息子が幼馴染をひき逃げした容疑者になったのだから。そして、「龍之介はそんな子じゃない」とか、「もし本当だったら何と言って謝ればいいかわからない」などと、泣きそうになる場面もあったそうだ。龍之介は胸が締め付けられた。
司は動揺する文佳に丁寧に説明してから、龍之介には帰ってこないように自分が連絡する、と言ったそうだ。今帰ってきたら、百パーセント警察に連行されるからだ。とは言っても、龍のままでは帰れないのだが。とにかく、龍之介を信じて待つように文佳に伝えてくれた。龍之介は司の首に巻きつき、頬ずりしながらお礼を言った。
それから龍之介は、スマホの電源を切った。文佳がラインを送ってきたら、返信してしまうと思ったからだ。警察に目を付けられている間は、スマホは使わないことにした。
ちょうどその三日後、亜子が深い眠りから目を覚ました。亜子が撥ねられ入院してから、十日目の出来事だった。
龍之介も白石家の人々も泣いて喜んだ。亜子が無事に目を覚ました。これで、何もかも元に戻る。白石家にとっては大事な家族が戻ってくる。龍之介にとっては、愛しい亜子と、そして自分の人間としての人生が戻ってくる――はずだった。
亜子は、記憶を失くしていた。
これで第二章は終わりです。ここまで我慢強く読んで下さった皆様、ありがとうございます。
第三章も引き続き、宜しくお願いいたします。




