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第二章 龍之介の受難 -5

 昼食に司がチャーハンを作ってくれたので、二人で食卓を囲んだ。司はこのためだけに病院から帰ってきたのだ。龍之介の食べる姿を司が珍しいものでも見るような目で、じっと見つめていた。鋭い爪の生えた五本の指で器用にスプーンを持ってチャーハンを食べる龍。司の目にはそんなふうに映っていたのかもしれない。

 龍之介が朝食の食器を洗っておいたことに感動した司は、チャーハンの皿とスプーンを洗うとろを見たいと言って、龍之介に洗い物をせがんだ。龍之介は二つ返事で承諾し、さっそく洗い始めた。隣で司が歓喜の声を上げる。龍之介は得意な気分になった。もしかしたら、多少の家事ならできるかもしれない、とさえ思った。

「夕飯、海苔巻きでも作っておこうか?」

 皿を洗い終わると、龍之介は得意な気分のまま司に提案した。司は喜んで提案を受けると、巻簾と海苔を出し、材料の在りかを伝えると、何かあったらスマホに連絡する、と言って笑顔で病院に戻って行った。

 夕方になり、龍之介は海苔巻きを作るために米を研いだ。鷹のような鉤爪でいい塩梅に米を搔き回すことができた。米が炊けるまでの間、具材を下ごしらえする。

卵焼き器で厚焼き玉子を作る。さすがに菜箸は上手く持てなくて、卵を混ぜるために泡だて器を使った。フライ返しを使いながらなんとか焼き上げようとしたが、腕の短さが邪魔をして、奥から手前へ卵を上手に返すことができない。迷ったあげく、溶いた卵を全て卵焼き器に流し込み、ガスを消すと、龍之介は口から火を噴き、微調整しながら卵を焼いた。少し焦げたが、それはご愛嬌だ。出来上がった厚焼き玉子を皿に移して粗熱を取る。

次はキュウリを縦長に四等分する。包丁を案外上手に使えたことが龍之介は自分でも意外に思った。四等分した後は、種をそぎ取る。鉤爪を寝かせてスライドさせながら、キュウリの柔らかい種をそいだ。

ツナ缶を開ける。鉤爪のおかげで開けやすかった。まるで缶を開けるための爪みたいだ。今なら、缶のフタを開ける商売ができそうだ。店頭には司に出てもらい、自分は龍の姿を見られないようにバックヤードで依頼された缶のフタを開ける。客は爪をデコレーションした若い女性や力が弱くなったお年寄りなど。手を怪我している人の役にも立てるだろう。そんな想像をしながら、龍之介はボウルにツナをあけてマヨネーズで和えた。

カニカマがあったのは奇跡的だ。かんぴょうとでんぶがないのが残念。レタスをちぎって水にさらす。最初に作った厚焼き玉子の粗熱が取れたので、長細く切る。

これを人間の姿で準備するとテキパキできるのだが、なんといっても今は龍だ。時間がかかった。そうしているうちにご飯が炊けた。当然、一般家庭に寿司桶などないので、一番大きなボウルにご飯を移し、市販の寿司酢の素をかけて、しゃもじで切りながら混ぜる。冷たい息を吹きかけたいところだが、龍の息は湿気を帯びると一気に燃え上がる。ご飯の湯気は危険だ。龍之介は体を湾曲させ、足で団扇を持って扇いだ。

酢飯ができあがり、いよいよ海苔で巻く。まずは、キッチンペーパーに油を染みこませ、巻簾にひと塗りする。海苔が巻簾に貼りつかないようにするためだ。海苔を敷いて、真ん中に谷をつくるように酢飯をのせる。谷にレタスを敷いて、キュウリを置く。キュウリを芯にして、ツナ、厚焼き玉子、カニカマを置く。酢飯の手前の山と奥の山が重なるように手前から巻く。手を自然な八の字にして、キュッと締める。

龍之介は舌打ちした。ここまで順調だったのに、最後の最後で巻簾の隙間に爪の先が刺さって上手くできなかった。キッチンペーパーを何枚も重ねて巻簾の上を覆い、爪が刺さらないようにすることで解決した。海苔巻きを三本作り、輪切りにして皿に並べ、乾かないようにラップをかけた。サラダ巻きの完成だ。

顔の汗を拭うと、同時に、スマホからラインの着信音が聞こえた。司かもしれない。飛びついて確認すると、母の文佳からだった。「ところで友達の家はどこなの?」と訊かれたので、「中野」と、適当なことを返した。既読になると、了解、と言っているクマのスタンプが送られてきた。龍之介は少し胸が痛んだ。そして、本当のことを言えないのだから仕方がない、と自分に言い聞かせた。

夜の九時過ぎに白石家の人々が帰ってきた。面会時間が終るまで亜子に付き添っていたのだ。龍之介のサラダ巻きを食べて、白石家の人々は舌つづみを打った。

翌日、司が龍之介にいろいろな海苔巻きをリクエストするために、かんぴょうやでんぶ、生サーモンなどを買ってきた。

そんな生活が続いた三日目の夕方、龍之介が海苔巻きを作っていると、司が息を弾ませながら帰ってきた。どうやら亜子が、ICUから一般病棟に移ることになったらしい。意識はまだ戻らないが、呼吸も血圧も落ち着いているので移動できるらしいのだ。

龍之介はたまらなく亜子に会いたくなった。


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