「冒険という世界③」
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周囲の視線が自分たちに向き始めたことに気づいた一行は、とりあえずアデルが宿泊している宿屋に併設された酒場へと向かった。
扉を開けると、壁のあちこちに掛けられた剣や槍をはじめ、さまざまな装備品が目に飛び込んできた。
ここが一般人向けの場所ではないことは、一目でわかった。
あちこちに無造作に置かれた古びた木製のテーブルや椅子には、ジョッキを打ち鳴らしながら、騒がしく談笑する冒険者たちがひしめいていた。
中へ足を踏み入れると、立ち込めるタバコの煙と、淀んだ息苦しい空気が一行を包み込んだ。
そのうえ、冒険者たちの体臭なのか何なのか、鼻につくようなかび臭さまで漂っていた。
「ひゃっ!」
セシリアは慌ててハンカチで鼻を覆ったが、すでに吸い込んでしまった不快な臭いに、息が詰まりそうだった。
冒険者ギルドで一行と別れた後、すぐに実家が用意した別邸へ向かうつもりだったのだが、アデルに強引に連れてこられてしまった。
「貴族のお嬢様には、こんな場末の酒場はちょっと居心地が悪いかな? それでも、王都でこれだけの規模の酒場を構えている宿屋は数えるほどしかないんだよ?」
「こほん。少し驚いただけです」
『家の使用人たちが泊まる宿舎よりも劣るような場所が、王都でも指折りの酒場ですって?』
「オルマ、どう?」
「やっぱり王都は何もかも格が違いますね。うちの村で一番の金持ちのマロンさんの家だって、ここより小さいのに……」
「あはは……そうなんだ? そこまでとは思わなかったな」
アデルは気まずそうに笑うと、そそくさと空いているテーブルに腰を下ろし、カウンターの向こうにいるバーテンダーに向かって大声で呼びかけた。
「フランシス!! ここに冷えたビールを一杯……いや、三杯と適当なつまみを持ってきてくれ!!」
アデルに気づいたのか、彼は嬉しそうに笑い、心得たとばかりに頷いた。ほどなくして、ビール三杯と簡単なつまみを運んできた。
「お姉さん、昼間からお酒はちょっと……」
「私は普通にフルーツジュースでいいんですけど……」
アデルは呆れたように二人を見やって言った。
「なんだよ、二人ともつれないなあ。冒険はジョッキを打ち鳴らすところから始まるって言葉、聞いたことない?」
「初耳ですね」
「セシル、そんなに堅くならないでよ。田舎育ちの少年が王都で過ごす初日を、何の思い出もないまま終わらせるつもり?」
何もかもが珍しいのか、あちこちを見回して落ち着かない様子のオルマを見ていると、アデルの言うことも一理あるように思えてきた。
「いえ、そういうわけではなくて……今はまだ真っ昼間ですよ」
「飲んでいるうちに日なんてすぐ暮れるよ。何事も経験から言ってるんだから、信じていいよ」
二人が言い合っている間、オルマは自分の前に置かれたビールのジョッキをじっと見つめていた。
そんな彼に、二人の視線が自然と向けられる。
そこには何とも言えない神々しさがあり、アデルでさえ思わず口を閉ざした。
『さすがS級神官』
彼は恐る恐るジョッキを持ち上げ、人生で初めて口にするビールを一口飲んだ。
ほのかな果実の香りが口の中に広がったかと思うと、苦みが押し寄せ、思わず戸惑った。
どうにか飲み込んだものの、胃がもたれるような不快感が残った。
『うげっ、みんなどうしてこんなものを飲むんだ?』
オルマがぶつぶつ文句を言いながらも、ちびちびとビールを飲む様子を見ていた二人は、彼を一人で飲ませておくことにした。
ほどなくして、オルマは酔いが回り、そのままテーブルに突っ伏してしまった。
すでに何杯かおかわりしていた二人は、すっかり盛り上がっており、オルマのことなど気にも留めていなかった。
「お姉さぁん~~だからですねぇ。たかが家柄が何だっていうんですか。みんなして、どうしてあんな態度を取るんですかぁ~~」
「ドンッ!!」
セシリアがジョッキをテーブルに叩きつけた音に、突っ伏していたオルマはびくりと身を起こした。
目の前には、ジョッキが塔のように積み上がっていた。
「あはは……セシル……一杯だけって言ってた子はどこに行っちゃったのかな?」
「私がどれだけ悔しい思いをしていると思ってるんですか? もう本当にうんざりです。アカデミーのことだってそう。私が優秀だから首席になったんです。アッシュフォードだから首席に選ばれたわけじゃないでしょう? ええ? それに、早期卒業が何だっていうんですか。わざわざ全校生徒の前に立たせて、マーリンの再来だなんて大騒ぎして。マナの祝福ですって?! そんなもの、受けたことありますか? 何の役にも立たないんですよ、あんなもの。スペルの詠唱ができないのに、マナの祝福を受けたところで何になるっていうんですか!」
オルマは、セシリアも自分の耳から血が出そうなほどの大声を出せる人だったのかと驚いていた。
『人間にもできたのか?』
「落ち着いて、セシル。それでも神官のオルマよりはマシじゃない。もちろんS級だけどね」
「目が覚めて早々に聞くには、あまり嬉しくない話ですね」
「オルマさん、起きたんですか? ごめんなさい。私、ちょっと興奮しすぎちゃったみたいです」
「いや、セシル。俺だっていつまでも突っ伏しているわけにはいかないからね」
「それより、さっき昼間にあったことを聞かせてください。私はアッシュフォードだからという理由で、ほとんどの手続きが省略されてしまって……まさか、こんなことまで不正だったりするんでしょうか。はぁ……」
王国の騎士試験が変更されたため、ゴーレムの代わりにハッチリングが現れたこと、魔力結晶のせいで思った以上に体が重くなり、一撃を食らって気絶してしまったことを聞くと、セシリアは青ざめ、どうしていいかわからない様子だった。
「えっ?! 本当にごめんなさい。お怪我はありませんか? いくらハッチリングとはいえ、ドラゴンなのに……」
「この通りぴんぴんしてるよ。俺、けっこう打たれ強いんだ」
続けて、魔力測定用の水晶球を三つも破裂させたという話を聞くと、アデルは驚き、飲んでいたビールを吹き出した。
「オルマ、どこかおかしいんじゃない? 水晶球が破裂したなんて話、聞いたこともないよ」
「確かにおかしいですね。アカデミーでも水晶球が破裂するところなんて見たことがありませんし……あ|、もちろん、投げつければ割れますよ。私が投げたことがあるわけじゃありませんけど」
「それならさ、セシル。せっかくだし、君のアカデミーに行ってみるのはどう?」
「えっ?!」
「こんな機会でもなければ、私たちがいつアッシュフォード・アカデミーに行けるっていうの? ついでにオルマの体質も調べてもらおうよ」
「うーん……それはそうですけど……いきなりアカデミーに押しかけるわけにもいきませんし……」
「押しかけようって言ってるんじゃなくて、ただ行ってみようって話だったんだけど。セシル、たった一日で変わったの? それとも、もともとそういう性格だったの?」
「私が見る限り、こっちが本性みたいですね」
「オルマさん!!」
「おい、そこの連中!! ちょっと静かにしろ。ここを貸し切ってるつもりか?」
アデルは負けじと、虫でも追い払うように手をひらひら振りながら言い返した。
「誰がうるさいって? くだらない言いがかりをつけてないで、黙ってお酒でも飲んでなよ」
「生意気な!!」
絡んできたテーブルの男たちが、突然武器を手にして勢いよく立ち上がった。
瞬く間に酒場の中は静まり返った。
このまま喧嘩になるのかと思われたその時、いつの間にか男たちの間にフランシスが立っていた。
「お客様、ここでそのような真似はおやめください。喧嘩をなさるのであれば、どうか外でお願いします」
その身のこなしだけでも、彼が普通のバーテンダーではないことがわかった。
今にも襲いかかってきそうだった男たちは、慌てて店の外へ出ていった。
そして、アデルはとりわけ驚いた様子だった。
「フランシス、これは一体……」
「アデル様。今は穏便に済ませていただきたく。見ている者が大勢おりますので」
何か言いかけたアデルだったが、すぐに口を閉ざした。
自分が起こした騒ぎのせいで酔いがすっかり醒めてしまったセシリアは、いつものように恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
気まずくなったオルマは、その場の空気を和ませようと口を開いた。
「あはは、今日はこの辺でお開きにしませんか?」
「いや、オルマ。このまま終わらせたら、君はともかく、セシリアは今夜一晩眠れなくなるだろうね」
「セシル、不眠症なの?」
この空気の読めない子をどうしたものかと考えていた二人は、ふと目が合うと、声を上げて笑い出した。当の本人だけは何が何だかわからないまま、ただぽかんと二人を見つめていた。
「大丈夫です、お姉さん。心配してくださってありがとうございます。考えてみれば、アカデミーに行くのも悪くない気がします。たぶん……」
「何か他にもあるの? 無理する必要はないよ」
「余計な心配かもしれませんが……オルマさんを見たら、私の師匠がどんな反応をするのか、まったく予想がつかなくて」
「この子が黒いマナを使う魔導師ってわけでもないし、ただ水晶球を壊しまくる田舎者だよ? 何の問題があるっていうのさ」
黙って聞いていたオルマも、たまらず口を挟んだ。
「アデルさん、今のってかなりひどい言い方だって自覚あります?」
「師匠は思ったよりも変わり者なんです。とりあえず一度手合わせしよう、なんて言い出しそうで……」
「まるでチンピラじゃないか。初対面でそんなことするわけないだろ。アカデミーの教授ともあろう人が、神官風情を相手に何をむきになって……くくっ」
オルマは小さくため息をついた。
「それでもS級なのに……セシリア、もしかしてアデルさんには俺の声が聞こえてないのかな?」
「お姉さんも師匠が誰なのか知れば、私がどうしてあんなことを言ったのか分かると思います」
オルマは孤独を感じた。
「一体、師匠って誰なのさ?」
「ギオン……フェルザイン」
その瞬間、オルマは自分の耳を疑った。アデルも信じられないといった様子だった。
「嘘でしょ?」
アデルの反応も無理はないといった様子で、セシリアはため息をついて答えた。
「残念ながら、本当です」
アデルはしばらく考え込んでから口を開いた。
「アカデミーに行くのは、いったん保留にしたほうがよさそうだね」
「もしかしたら、師匠はオルマさんを見ても、それほど興味を示さないかもしれませんよ」
「うーん……それはないと思うけど。オルマ、君はどう思う?」
ギオン・フェルザイン。いくら田舎の村とはいえ、オルマの故郷にもその名は伝わっていた。
当代最高の魔法使いと呼んでも差し支えない、空前の天才。まだ若いにもかかわらず、すでに大陸中にその名を轟かせている人物だった。
彼と会えば、自分の能力がどの程度のものなのか、見極められるのではないだろうか。水晶球が破裂したことや、聖具を前にしたときに感じた違和感も含めて。大陸最高峰と謳われる名門アカデミーなら、その手がかりを得られるかもしれない。
「それじゃあ、一勝負しに行ってみましょうか?」
「この子、まだ酔いが醒めてないんじゃない? 君が打たれ強いのは分かってるけど、あの人が本気になったら、君なんて真っ二つにされかねないよ。ハッチリングに一発食らうのとはわけが違うんだから」
「それなら、もともとアデルさんには次の行き先が決まっていたんですか? だったら、そっちに行きましょう」
「そんなもの、最初からないよ。吟遊詩人っていうのは、もともと放浪を楽しむものだからね」
本当にどこまでも図太い人だな、とオルマは思った。
「やっぱりね。何の計画もなかったんでしょう?」
「そうとも言えるね」
二人が言い合う様子を見ていたセシリアは、このままでは本当に夜が明けてしまいそうだと思った。そろそろ別邸に戻る時間だった。
「お姉さん、今日はこの辺でお開きにしましょう。ひとまず私からアカデミーに連絡しておきますね。明日の午後に行くということで、どうでしょうか?」
「ありがとう、セシル。君に出会えてよかったよ。二人が恋人同士になれなかったことだけが、ちょっと心残りだけどね」
セシリアは、もうこの人には敵わないとでも言いたげな表情で、アデルをちらりと睨んだ。
仲間たちに挨拶を交わし、酒場を出るその瞬間まで、彼女の耳は赤いままだった。
彼女が席を立つと、酒場に残っていた数人もその後に続いた。
何か起きるのではないかと気になったアデルはフランシスに目を向けたが、彼は大丈夫だと言うように首を横に振った。
そこでようやく、彼らの剣の柄にアッシュフォード家の紋章が刻まれていることに気づいた。
『貴族のお嬢様として生きるのも、なかなか大変そうだね』
「オルマ、セシルには優しくしてあげなよ。いろいろ事情もあるだろうに、あの子なりに無理してるんだから」
「俺はセシルを女性として意識したことはありませんよ」
「……君、本当にどうしてくれようか。ねえ、フランシス?」
「はい、アデル様」
「今日の営業はここまでにして、ちょっとこっちに来て座ってよ」
「少々お待ちください。片付けてまいります」
「うん。適当に済ませておいで」
アデルの言葉を聞いたフランシスが、すぐに店の片付けを始めるのかと思いきや、彼はなぜか突然外へ出ていった。
「アデルさん、さっきもそうでしたけど、あのおじさんはどうしてアデルさんに敬語を使うんですか? ほかのお客さんに接するときより、なんだかずっと丁寧な気がするんですが……」
「君は本当に、余計なことにはよく気がつくね。まあ、そういう関係ってことだよ」
「だから、その関係が何なのかを聞いているんですけど」
「戻ってきたら話してあげるよ。ジュースでも飲みながら、ちょっと喉を潤してて」
二人が話しているうちに、フランシスが戻ってきた。
「片付けは済ませてまいりました。思った以上に厄介な連中でしたね。最初からそのつもりで来ていたようです」
「どうりで絡み方がぎこちなかったわけだ。で、狙いはどっちだったの? 私? それともセシル?」
「『淡い月明かり』の手先でございました。彼らも、まさかアッシュフォード家の人間がこのような場所に来るとは予想していなかったようです。」
「昼間のことといい、本当に面倒な連中だね」
「すみません……話についていけていないんですが」
「ああ、ごめん。まずはお互いに自己紹介しないとね。名前はもう知ってるだろうから、以上!」
フランシスもオルマも、そんなアデルには慣れているのか、特に気に留めることなく話を流し、互いに軽く挨拶を交わした。
「初めまして。オルマと申します。田舎育ちで知らないことも多いですが、よろしくお願いします」
「初めまして、オルマ様。アデル様にお仕えしております、フランシスと申します」
挨拶を交わしながらよく見ると、フランシスもエルフだった。ただ、エルフにしては人間とそれほど変わらない容姿をしている。
オルマが不思議そうにしていることに気づいたフランシスが、言葉を続けた。
「私は人間とエルフの間に生まれたハーフエルフなのです。普通は皆、人間だと思うのですが、オルマ様はよくお気づきになりましたね」
「人の機微には鈍いくせに」
わざわざ一言口を挟むアデルが、オルマには癪に障った。
「こんな人のどこがいいんですか? もしかして、フランシスさんも詐欺まがいの契約の被害者なんですか?」
「ははは、まさか。アデル様は、混血という理由でエルフの社会でいじめられ、虐げられていた私を救ってくださった恩人なのです」
オルマは到底信じられないといった目でアデルを見た。
「フランシス、話が長いよ。もうその辺にして、オルマにも適当に説明してあげて」
「申し訳ございません、アデル様。出過ぎたことを長々と話してしまいました」
フランシスの説明を聞けば聞くほど、オルマは自分が厄介なことに巻き込まれてしまったのだと実感した。
特に、今日の昼間に出会ったあの大柄な男まで組織の一員だったと聞いたときには、しまったと思った。
「だから俺をパーティーに勧誘したんですね」
「そうだよ。ひと目見た瞬間、これは運命だって思ったね。もちろんフランシスはいるけど、宿屋の主人を装いながら王都の動向を探るのに忙しいし、私も事情があって表立って動くわけにはいかないんだ」
「それじゃあ、さっき昼間にあの男が言っていたことも全部本当なんですか? 本当に物を盗んだりしたんですか?」
「誰をそんな恥知らずなこそ泥だと思ってるのさ。人違いだよ」
「はい、その通りです。アデル様はこそ泥などではなく、大盗賊にして民衆の英雄であらせられます」
世間知らずのオルマにも、さすがに常識というものはあった。
「もしかして、大盗賊というのは冒険者ギルドに正式登録されている職業名なんですか?」
「オルマ様はまだご存じないようですが、この世の尺度では到底測ることのできない、崇高な職業というものが存在するのです。彼らには分かっていないのです。アデル様が、あえてこそ泥と呼ばれてまで、何のために自ら品物を持ち出していらっしゃるのかを!」
フランシスのあまりにも度を越した忠誠心を目の当たりにし、オルマは人間というものは、ここまで真実から目を背けられるものなのかと思った。
「結局、盗賊ってことですよね?」
「盗賊ではなく義賊です!!」
「ちょ、ちょっとフランシス。私は平気だから。その辺にしておいて」
「ふぅ……ありがとうございます、アデル様。この命、アデル様のために燃やし尽くす所存です」
『このおじさん、正気じゃないな』
オルマは、詐欺まがいの契約を結ばされた自分のほうが、まだましだと思えるほどフランシスを気の毒に思った。
幸い、アデルの慰めで少しは落ち着いたようだった。
「それから、『淡い月明かり』の頭領も、ここムラドに来ていることが分かりました」
「まさか、私の首を狙って来たの?」
「いえ、正確には首ではなく、アデル様が盗んだ自分の金を取り戻しに来たそうです」
「あいつ、まだ懲りてないのかい。前にきっちり説明してやったと思ったんだけどね」
「いくら契約書を盾にしても、損失額が相当なものですからね」
「だから契約書はちゃんと読まなきゃいけないんだよ。馬鹿な連中だね。契約書どおり公平に分けたっていうのに、今さら自分たちの取り分をよこせだなんて。まったく、盗っ人猛々しいとはこのことだよ」
まさかと思いながら、オルマは恐る恐る口を開いた。
「あの……ちなみに、その金額はいくらなんですか?」
「はい、オルマ様。今回、『淡い月明かり』と共に攻略したダンジョンの報酬は、伝説級のアイテム数点と宝石類でした。ダンジョンボスにはアデル様が最後の一撃を加えて討伐されたため、特約に基づき、ダンジョン報酬の九割がアデル様の取り分となりました。また、報酬は金貨で受け取ることを希望されました。手数料を差し引いて支払われた金額は、三百ゴールドです」
「ああ、三百ゴールドねぇ。それなら追いかけてくるのも無理はないですね。三百ゴールドもあれば……」
「ところが、現在の所有者はオルマ様ということになっているようですね。ちなみに、ダンジョン報酬の所有者情報はいつでも冒険者ギルドで照会できますので、彼らも知っているはずです。ははは。いい勉強になりましたね?」
「あははは……今日は本当にいろいろなことを学びますね」
「さあさあ、勉強はそのくらいにして、そろそろ本題に入ろうか」
「アデルさん、自首しに行くんですか? それがいいと思います。三百ゴールドはまだリュックに入ったままですから、お返ししますよ」
「自首って何の話さ。これから『淡い月明かり』のアジトに乗り込むんだよ。たかが金のことで、いつまでも人を煩わせてくれるんだから。この際、きれいさっぱり片をつけてやるよ」
「さすがアデル様、素晴らしいご決断です。私が先頭に立ちましょう」
『淡い月明かり』のアジトがどこにあり、内部がどのような構造になっているのか、どこから忍び込んで頭目を始末するのか。
そんなことを平然と話し合う二人を見て、オルマは一体何が起きているのかと途方に暮れていた。
「あの……アデルさん、本気なんですか?」
「行こう、オルマ。私たちの三百ゴールドのために!」
「このフランシス、今宵、義賊となることをお許しください!!」
『この人たち、どうしちゃったんだ……』
こうして『アデル・フランシス義賊団』に巻き込まれたオルマは、誰もが寝静まった深夜、屋根の上に腹ばいになり、アデルに言われたとおり『淡い月明かり』のアジトを見張っていた。
こうなってしまった以上、もうどうしようもない。
ただ、今夜が一刻も早く過ぎ去ることを祈ることしかできなかった。
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