「冒険という世界④」
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「淡い月明かり」のアジトは王城外郭のスラム街にあった。
彼らは自分たちを隠すつもりすらないのか、スラム街の真ん中に建つ廃屋に堂々と陣取っていた。
そういえば彼らについては、アデルやフランシスから「泥棒の集まり」という話を聞いただけで、正確にどんな者たちなのかも分からないまま連れてこられ、見張り役をさせられているオルマだった。
「オルマ、お前はただこの上で見物でもしていてくれ。すぐ戻るから」
「早く戻ってきてくださいね。僕がここから下りずに済むといいんですけどね」
「それでは行ってまいります、オルマ様」
二人は侵入して間もなく、道に迷った。
「フランシス、次はどこへ行けばいいんだ?」
「はい、アデル様。ここを左です」
「さっきも通った気がするんだけど……私たち、迷ったの?」
「ちょうどあそこに奴らが見えますので聞いてみましょう。おい、ボスはどこだ?」
「誰だ?! 侵入者だ!! ぐぇっ!」
「こっちだ、こっちにいる!! うっ!」
二人は潜入作戦を諦め、めちゃくちゃに暴れ回ってボスを誘い出す作戦に変更した。
「おい、お前たちのボスはどこだ? もう諦めて宝のある場所を吐け」
「アデル様、そんな言い方をすると強盗と勘違いされますよ。おい、おとなしく言うことを聞いて正直に話せ。そうすれば命だけは助けてやる」
突然押し入って無差別に暴力を振るう姿は、誰が見ても強盗そのものだった。
「フランシス、そっちに二人行くぞ!」
「はい、アデル様。お任せください! どこへ逃げる、この野郎ども!!」
――燃え盛る深淵よ、ここに赴きすべてのものを飲み込め。
『フレイム・インフェルノ』!!
「グワァァン――!!」
突然、建物の片側がすさまじい爆発とともに崩れ落ちた。
「フランシス、加減しろよ! そんなに全部燃やしちまったら金になりそうなものまで潰れちまうだろ!」
「あ、申し訳ありません、アデル様! それでは」
――燃え盛る深淵よ、この剣に宿れ。
『バインド・ウェポナリー』!!
詠唱が終わると、フランシスのレイピアを熱い炎が包み込んだ。
先ほど建物全体を飲み込んだ炎とは異なり、今度は炎が剣身に集中して燃え盛っていた。
彼が剣を振るうたびに、すべてを飲み込みそうな赤黒い炎が虚空を切り裂いた。
「ま、魔剣士だ! みんな気をつけろ!!」
「おい、俺を忘れるなよ」
アデルの両手の短剣が鋭く交差したかと思うと、数人の男たちがそのまま倒れて動かなくなった。
おどけた彼女の態度とは裏腹に、その手さばきは非情そのものだった。
「一体ボスって奴はどこにいるんだ?」
「申し訳ありません、アデル様。信頼できる情報だったはずなのですが……」
ズブッ!
「フランシス?」
「アデル……様、危……」
青白く光る刃がフランシスの背後から腹部を貫いていた。
「俺はネズミ野郎が大嫌いなんだ」
鉄を引っ掻くような不快な声の男が、フランシスの背後から湧き出るように姿を現した。
男はフランシスの首筋をつかんだまま、その腹に突き刺さった剣を引き抜いた。
「ゴホッ……ゲホッ」
「そして盗みをするネズミ野郎はもっと嫌いだ」
男はフランシスを横に放り投げると、ゆっくりとアデルに近づいた。
「こ……この野郎、ぶっ殺してやる!!」
アデルは短剣で男の急所を何度も狙ったが、男は取るに足りないといった様子ですべての攻撃を軽くいなした。
「大口叩いた割には実力は大したことないな」
「ふざけるな!!」
――『カム・ヒア、ジェミニ』!!
アデルの叫びとともに、両手に持った二本の短剣から星屑が流れ出て空間を照らした。
虚空には12星座の一つであるふたご座の形がかすかに浮かび上がった。
アデルは両手に持った短剣の柄の端同士を合わせ、噛み合わせるように押し込んだ。
カチッ!という音とともに二本の短剣が一つにつながり、両端に刃がついた双刃の武器が姿を現した。
虚空の星屑もそのまま彼女の武器に宿った。
「ほう、オーバードライブか。意外だな」
[オーバードライブ]。
それはウェポンマスターの域に達して初めて体得できる技術であり、武器に言霊を付与してその潜在力を引き出すものだった。
エルフという種族はウェポンマスターの道に進むことが珍しかったため、男は興味深そうにアデルを見つめていた。
「さあ、実力を見せてもらおうか」
男の言葉が終わるや否や、アデルは一瞬で男の脇腹に向かって剣を突き立てた。
男は軽く攻撃を受け流し、そのまま斬り伏せようとした。だが、剣がぶつかった瞬間、彼女はまるで瞬間移動でもしたかのように彼の背後に現れ、再び剣を突き刺した。
「そういう能力か、余興にもならん」
男は意に介さない様子でアデルの剣を弾き飛ばした。
アデルは少したじろいだものの、すぐに体勢を立て直して再び彼に飛びかかった。
今度はアデルが現れる瞬間を狙っていたかのように、男は彼女の攻撃を受け止めると同時に剣をひねってアデルの体勢を崩した。
アデルは何とか体をひねって彼の反撃を避け、再び距離を取った。
その後も数十合にわたる攻防が続いた。
アデルは位置を変えながら休まず攻撃を浴びせたが、男はその都度余裕を持って剣を振るい、彼女の攻撃を防いだ。
彼女の動きはますます速くなり、目で追うのも難しいほどだった。攻撃もさらに激しさを増していった。
しかし、彼女の猛攻にも男は依然として余裕を失わないまま、徐々にアデルを追い詰めていた。
まるで巨大な壁に剣をぶつけているような感覚に焦ったアデルは、つい隙を見せてしまった。
ルートガーはその隙を見逃さず、強力な一撃を放った。
「ぐっ!!」
二人が入ってからすでに30分近く経っていたが、まだ出てこなかった。
待ちくたびれたオルマはアジトの前まで近づいていた。
「この人たちはなんでこんなに出てこないんだ、アデルさん!」
「ドーン!!」
突然、建物の片側の壁が激しい爆発とともに崩れ落ちた。
土埃をかぶったオルマが咳き込む瞬間、崩れた壁の向こうから何かが飛んできた。
「うわっ!」
それはほかならぬアデルだった。
彼女はオルマとぶつかったあと、力なく地面に倒れ込んだ。
「アデルさん?!」
そろそろ適当に切り上げて戻ろうと文句を言おうとしていたオルマは、慌てた様子で彼女を見下ろした。
アデルはすでに意識を失っているのか、何の反応も示さなかった。
そして土埃の向こうから見知らぬ男の姿が現れた。
「お前もこいつらの仲間か?」
「そっちが知ったことじゃありませんが、特別に仲間だということくらいは教えてあげますよ」
「口の利き方が生意気極まりないな」
「そっちこそ初対面でタメ口とは、家庭教育をもう一度受け直した方がいいですね」
オルマの言葉が終わるか終わらないうちに、男は無造作に剣を振るった。
脅しではなく、殺すための剣だった。
「人が話しているのにいきなり何なんですか!?」
「!?」
おどけた見た目とは裏腹に、緊張感など微塵も感じさせないあまりにも平然とした態度。
そして、自分の剣を何事もなかったかのように避けた身のこなし。
「お前、何者だ」
「やっと出た言葉がそれですか……それに言ったところでそっちが分かるんですかね?」
「そうか……さっきの動き……お前は確実にどこかで育てられた奴だ」
「当たり前でしょ……どこかで育つこともなく、どうやってここまで来たんですかね?」
『元老院から送り込まれたのか……それとも騎士団か?』
自分の返事が誤解を招いていることに、オルマだけは気づいていなかった。
男はオルマの正体を暴くため、今度はさらに鋭く剣を振るった。
相手の反応の仕方から、その背後にいる者を推測できると考えたのだ。
『正体を隠したままこの剣を避けるのは難しいだろう』
オルマはこの男がなぜこれほど躍起になっているのか分からなかったが、とりあえず飛んでくる剣を避けなければならなかったので、少し後ろに下がった。
「あ、もしかして三百ゴールドのせいなら返してあげることもできますよ。お互いうまく終わらせましょうよ」
「何を……」
もしかして自分の感覚が鈍っているのではないかと、男は疑った。
最初の一撃の時も、今も同様だった。
特別な回避スキルや特殊能力を使ったわけではなく、ただ体を動かして攻撃を避けていた。
『生まれ持ったものか……とんでもない才能だ』
「何を言っているのか知らんが、生かしておくわけにはいかないな。俺の名はルートガー・ゲルトフェルト、お前を殺す者の名だ」
男の言葉が終わると同時に、彼の剣がもう一度鋭く光った。
オルマは自分に向かってまっすぐ突き出される彼の剣筋が、妙に素直だと感じた。
『このままだと時間ばかり食って夜が明けるぞ』
オルマはまっすぐ伸びてくる剣を体を少しひねって避けた。
隙が見えたので、今度は拳を叩き込んでやろうと思った。
「偶然ではなかったようだな、だが甘い」
――『噛みつけ、シャイニング・ヴォルフ』
ルートガーが低く囁くと、まっすぐ突き出されていた剣から真っ白な狼が牙を剥き出した。
予想外の攻撃だったが、オルマはかろうじて身を引いて攻撃を避けた。
「あいたっ、びっくりした。剣から狼が出てくるのかよ?」
「それを避けたか」
「誰を盲目扱いしてるんだよ?」
あの少年は危険だ。
ルートガーの直感が警告を送ってきた。
再びオルマに近づきながら剣を突き出すと、狼の牙がオルマに襲いかかった。
『だからこれをどうしろってんだよ? あの狼は本当の狼なのかよ。突きなのに牙が出てきたらどうすりゃいいんだ……』
その瞬間、足元に転がっている剣が目に入った。
オルマは慌てて剣を拾い上げ、狼の牙ではなく、突き出されたルートガーの剣を横へ弾き飛ばした。
「キィン!」
ルートガーはもうこの状況を認めざるを得なかった。
型も何もない動きで自分の剣を避け、足元で拾った粗末な鉄の剣で自分の攻撃を弾き返すような規格外の人物が目の前にいたのだ。
「おっさん、ただ僕の仲間たちを連れて帰らせてくれれば、なかったことにしてあげるからさ」
「調子に乗るな、たかだか一度防いだ分際で。この一撃で終わらせる」
ルートガーはオルマに向かって剣を構えたまま、体を少し後ろに傾けて姿勢を低くした。
彼はしばらく体を後ろに反らすと、一瞬にして前へダッシュした。
――『噛みつけ、シャイニング・ヴォルフ』
ダッシュを加えたルートガーの突きは、それ自体ですさまじい脅威だった。
そこにシャイニング・ヴォルフの威力まで加わり、オルマに襲いかかってきた。
『避けるには速すぎるな、これは一体どう防げばいいんだ?』
剣術を心得た者なら神速に近い突きに剣先を合わせようなんて考えもしないだろうが、オルマは結局、ルートガーの剣先に向かって自らも突きを放ち、互いの剣先を真正面からぶつけることにした。
「ぐわぁぁあっ!!」
オルマの剣は粉々に砕け散ったものの、剣先を合わせたおかげで突きによる貫通傷は防ぐことができた。
だが、シャイニング・ヴォルフの牙までは防ぎきれず、オルマは全身を引き裂かれるような痛みに悶絶した。
そんな彼の奇行を見守っていたルートガーは、開いた口が塞がらなかった。
『俺の速度についてくるだけでも大したものだが、剣先を合わせようとするとは……イカれた野郎だ』
「[淡い月明かり]はコソ泥の巣窟と聞いていたが、思ったより使える奴がいるじゃないか」
ルートガーの独り言を聞いたオルマは、意識が遠のいていく中でやっとの思いで口を開いた。
「う……僕たちはアデル・フランシス義賊団……」
「ん?」
何か話がおかしい。
「[淡い月明かり]という奴らのアジトはここじゃなかったのか?」
「僕たちは……あいつらのアジトに攻め込んだ……」
「何だと?! そんなことは早く言え!!!」
ルートガーは慌てて三人をまとめて抱え上げ、医者を探して駆け出した。
彼が去ってから間もなく、崩れた瓦礫がうごめき、隠れていた者たちが顔を出した。
「ボス、これはいったいどういうことですか?」
「俺にも分からん。さっき、あの狂ったエルフのアデルが攻めてきた時は、もう終わりだと思ったのに。運が味方してくれたぞ」
「さっきのあの恐ろしい男は誰なんですか?」
「あいつはルートガー・ゲルトフェルトといって、帝国で知る人ぞ知るさすらいの剣士だ。今はなぜか王都ムラドのどこかに潜伏していると聞いていたが、まさかここだったとはな」
「俺たちはこれからどうすればいいんですか、ボス? アデルの奴、俺たちから奪った三百ゴールドだけじゃ飽き足らず、俺たちの持ち物まで根こそぎ奪うつもりだったようですが」
「そうですよ。このままじゃ墓場まで追っかけてきそうです」
ボスはしばらく考え込んでいたが、やがて決心したように口を開いた。
「仕方ない。今日限りで『淡い月明かり』は解散し、この地からは手を引く」
「こんな急に?!」
「決断早っ!」
「今日から俺たちは『微かな月明かり』に生まれ変わるのだ。行くぞ、同志たちよ!」
「うお!! 名前がかっこいい!!」
「『微かな月明かり』のために!!」
その日、スラム街に吹き荒れた嵐を生き延びた「淡い月明かり」の者たちは、いつしか盗賊たちの間で称えられるようになり、その一件は『崇高なる月明かりの戦い』として語り継がれることになる。
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