↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
95/117

切り離された者

機械のような槌音は、第二隔壁の向こうで途切れず続いていた。


同じ間隔。同じ強さ。人が振るっているなら、どこかで息を整えるはずなのに、その気配がない。


外縁陣地へドワーフの増援が入ってくる。盾を持つ守備兵、坑道技師、治療師。荷車には支柱や工具のほか、水と食料まで積まれていた。


先頭の守備隊長がアルメイダへ駆け寄る。


「陛下」


「入口を二重に固めろ。旧坑道側にも伝令を置け。負傷者から運ぶ」


命令を受けた兵たちが散った。


捕らえたグランデル兵から武器が外され、傷の深い者には治療師がつく。立てる者も壁際へ座らされたまま、誰も第二隔壁から目を離そうとしなかった。



シロは湊の外套の上で伏せていた。


傷は塞がっている。それでも、雷を使った疲れは残っているらしく、青い目が少し眠そうだった。


湊が隣へしゃがみ、器へ水を注ぐ。


「飲むか」


――のむ。


シロがゆっくり舌を伸ばす。


そこへアカの嘴が横から入った。


――アカも。


「別のを出す」


――いっしょ。


シロの耳が横へ倒れた。


――せまい。


アカは気にせず、鼻先を押しながら同じ器の水を飲んでいる。


湊が苦笑していると、クロが膝へ乗ってきた。小さく丸まり、シロへ金色の目を向ける。


「雷は、しばらく休みだな」


シロの耳がさらに下がる。


湊は銀色の首を撫でた。


「今日は後ろにいてくれ」


――わかった。


クロの尾が湊の手首へ触れた。


「それでいい」


声は柔らかかった。



治療を受けていた若いグランデル兵が、しばらくして顔を上げた。


腹部の傷は塞がっている。だが顔色は悪く、視線は閉ざされた第二隔壁へ向いたままだった。


アルメイダがその前へ立つ。


「話せるか」


男の肩が強張った。


少し間を置いて、掠れた声が返る。


「……俺たちは、北方坑道守備隊です」


アルメイダは黙って続きを待った。


「外縁区には二十人くらい。三か月前に、俺もここへ回されました。奥へ入れるのは技官と内側の守備隊だけです」


槌音が一度、隔壁の向こうから響く。


若い兵の指が震えた。


「俺たちの仕事は……魔獣を外へ出さないことでした。首輪をつけた奴らです」


リーネは壁際に立ったまま、男の顔を見ていた。


「さっきの声の人は?」


「所長です」


答えはそれだけだった。


名前を続ける様子はない。


若い兵は乾いた唇を舐め、隔壁へ目を戻した。


「警報が鳴ったら持ち場を守れって。時間を稼げば、内側から援軍が来ると思ってました」


握った拳に、乾いた血が残っている。


「なのに……閉められた」


誰も言葉を挟まなかった。


向こうから届くのは、援軍の靴音ではない。


槌だけだった。



外縁陣地の捜索が進んだ。


宿舎、食料庫、武器庫、詰所。揃いの装備に配給表、夜番と巡回区画を書いた交代表が残っている。


奥の小部屋では、机の上から何枚かの記録が抜き取られていた。破れた紙の縁はまだ白く、新しい。


床の隅に焼け残った木札が落ちている。


アルメイダが拾い上げ、親指で煤を払った。


「加工区搬入」


裏面には荷数が四とだけ刻まれ、品名の欄は空白だった。


端に小さな印がある。


翼を広げた何か。


リーネが覗き込む。


「鳥……じゃなさそうだね」


「持っていく」


アルメイダは木札を懐へ入れた。


また槌が鳴る。


近くで聞くほど、その音は重かった。



第二隔壁は、外縁側に開閉用の取っ手も錠もなかった。


分厚い鉄板が岩壁へ沈み込み、四本の閂で固定されている。坑道技師たちは床へ伏せたり壁を叩いたりしながら、内部の機構を探っていった。


やがて一人が左側の岩壁で手を止める。


「この奥です」


湊も《マッピング》を重ねた。


壁の中に細い空間がある。歯車らしい丸い形と、隔壁へ向かって伸びる棒。その奥には、人が潜れるほどではない細い穴が続いていた。


湊は壁へ手を置く。


「この辺りです」


アルメイダが槌の柄で叩いた。


一か所だけ、返る音が軽い。


リーネが剣を抜く。


「中の機械は残すよ」


アルメイダが半歩退いた。


「最初からそうしろ」


リーネがちらりと見る。


「ちゃんと信用してる?」


「今見て決める」


銀色の刃が二度走った。


四角く切れた石が前へ傾く。アルメイダが片手で受け止め、音を立てないよう床へ置いた。


奥から、油と熱い鉄の匂いが流れ出した。



坑道技師が穴へ腕を入れ、歯車へ工具を噛ませた。


二人がかりで柄を押す。


動かない。


アルメイダがその後ろから手を添えた。


「離すなよ」


太い腕へ力が入り、工具が軋む。


歯車が一つ進んだ。


鉄板の内側で、重い閂が外れる音がした。


続けて二本。


三本目までは動いた。


最後で止まる。


技師が工具を押したまま顔をしかめた。


「何か噛ませてあります」


湊は隔壁の向こうへ意識を向ける。


扉のすぐ近くに人の光点はない。けれど最後の閂の周りだけ、金属の形が不自然に膨らんでいた。


「この高さ。少し右です」


リーネが隔壁の前へ立つ。


剣先を鉄板へそっと当てた。


槌音。


鎖。


遠くの水。


しばらく目を閉じていたリーネの手が動く。


刃が鉄板へ浅く入った。


乾いた音が向こう側で落ちる。


技師が工具へ力を込めると、最後の閂が動いた。


隔壁全体がわずかに沈む。


アルメイダはすぐには開かせなかった。


「盾を前へ。弩はその後ろ。捕虜と治療師は下げろ」


増援の兵が並び替わる。


シロも外套から立ち上がった。


足元はまだ少し頼りない。


――いく。


湊は頭を撫でる。


「小さいまま、後ろにいてくれ」


尾が一度だけ揺れた。


アカもシロの隣へ移る。


アルメイダが盾を前へ構えた。


「開けるぞ」


歯車が回る。


第二隔壁が、ゆっくり横へ動いた。



熱気が押し寄せた。


乾いた熱に、焼けた油と薬品の匂いが混じっている。その奥には、鉄臭いものまで薄く残っていた。


アカの炎が横へ揺れる。


隔壁の先は広い。


天井には太い管が何本も走り、床には鉄の軌道。左右の作業台には工具と金属片が散らばり、壁際には人の倍ほどある石と金属の人形が並んでいた。


胸の魔石は暗い。


その奥で、巨大な槌だけが動いている。


歯車と蒸気で上下する槌が、金床へ叩きつけられるたびに火花が散った。


打たれているのは、黒い金属の輪だった。


アルメイダの盾より大きい。


内側には、等間隔に太い針が並んでいる。


湊は足を止めた。


昨日まで見てきた首輪と、形が似ていた。


大きさだけが違う。


槌が落ちる。


黒い輪が赤く光る。


その音の下から、もっと低い音が届いた。


長く。


重く。


山の奥で、何か巨大なものが息を吐いている。


アカの炎が僅かに揺れた。


シロも後ろで顔を上げる。


壁際に並んだ石の人形。


その一体の胸で、赤い魔石が灯った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。