切り離された者
機械のような槌音は、第二隔壁の向こうで途切れず続いていた。
同じ間隔。同じ強さ。人が振るっているなら、どこかで息を整えるはずなのに、その気配がない。
外縁陣地へドワーフの増援が入ってくる。盾を持つ守備兵、坑道技師、治療師。荷車には支柱や工具のほか、水と食料まで積まれていた。
先頭の守備隊長がアルメイダへ駆け寄る。
「陛下」
「入口を二重に固めろ。旧坑道側にも伝令を置け。負傷者から運ぶ」
命令を受けた兵たちが散った。
捕らえたグランデル兵から武器が外され、傷の深い者には治療師がつく。立てる者も壁際へ座らされたまま、誰も第二隔壁から目を離そうとしなかった。
*
シロは湊の外套の上で伏せていた。
傷は塞がっている。それでも、雷を使った疲れは残っているらしく、青い目が少し眠そうだった。
湊が隣へしゃがみ、器へ水を注ぐ。
「飲むか」
――のむ。
シロがゆっくり舌を伸ばす。
そこへアカの嘴が横から入った。
――アカも。
「別のを出す」
――いっしょ。
シロの耳が横へ倒れた。
――せまい。
アカは気にせず、鼻先を押しながら同じ器の水を飲んでいる。
湊が苦笑していると、クロが膝へ乗ってきた。小さく丸まり、シロへ金色の目を向ける。
「雷は、しばらく休みだな」
シロの耳がさらに下がる。
湊は銀色の首を撫でた。
「今日は後ろにいてくれ」
――わかった。
クロの尾が湊の手首へ触れた。
「それでいい」
声は柔らかかった。
*
治療を受けていた若いグランデル兵が、しばらくして顔を上げた。
腹部の傷は塞がっている。だが顔色は悪く、視線は閉ざされた第二隔壁へ向いたままだった。
アルメイダがその前へ立つ。
「話せるか」
男の肩が強張った。
少し間を置いて、掠れた声が返る。
「……俺たちは、北方坑道守備隊です」
アルメイダは黙って続きを待った。
「外縁区には二十人くらい。三か月前に、俺もここへ回されました。奥へ入れるのは技官と内側の守備隊だけです」
槌音が一度、隔壁の向こうから響く。
若い兵の指が震えた。
「俺たちの仕事は……魔獣を外へ出さないことでした。首輪をつけた奴らです」
リーネは壁際に立ったまま、男の顔を見ていた。
「さっきの声の人は?」
「所長です」
答えはそれだけだった。
名前を続ける様子はない。
若い兵は乾いた唇を舐め、隔壁へ目を戻した。
「警報が鳴ったら持ち場を守れって。時間を稼げば、内側から援軍が来ると思ってました」
握った拳に、乾いた血が残っている。
「なのに……閉められた」
誰も言葉を挟まなかった。
向こうから届くのは、援軍の靴音ではない。
槌だけだった。
*
外縁陣地の捜索が進んだ。
宿舎、食料庫、武器庫、詰所。揃いの装備に配給表、夜番と巡回区画を書いた交代表が残っている。
奥の小部屋では、机の上から何枚かの記録が抜き取られていた。破れた紙の縁はまだ白く、新しい。
床の隅に焼け残った木札が落ちている。
アルメイダが拾い上げ、親指で煤を払った。
「加工区搬入」
裏面には荷数が四とだけ刻まれ、品名の欄は空白だった。
端に小さな印がある。
翼を広げた何か。
リーネが覗き込む。
「鳥……じゃなさそうだね」
「持っていく」
アルメイダは木札を懐へ入れた。
また槌が鳴る。
近くで聞くほど、その音は重かった。
*
第二隔壁は、外縁側に開閉用の取っ手も錠もなかった。
分厚い鉄板が岩壁へ沈み込み、四本の閂で固定されている。坑道技師たちは床へ伏せたり壁を叩いたりしながら、内部の機構を探っていった。
やがて一人が左側の岩壁で手を止める。
「この奥です」
湊も《マッピング》を重ねた。
壁の中に細い空間がある。歯車らしい丸い形と、隔壁へ向かって伸びる棒。その奥には、人が潜れるほどではない細い穴が続いていた。
湊は壁へ手を置く。
「この辺りです」
アルメイダが槌の柄で叩いた。
一か所だけ、返る音が軽い。
リーネが剣を抜く。
「中の機械は残すよ」
アルメイダが半歩退いた。
「最初からそうしろ」
リーネがちらりと見る。
「ちゃんと信用してる?」
「今見て決める」
銀色の刃が二度走った。
四角く切れた石が前へ傾く。アルメイダが片手で受け止め、音を立てないよう床へ置いた。
奥から、油と熱い鉄の匂いが流れ出した。
*
坑道技師が穴へ腕を入れ、歯車へ工具を噛ませた。
二人がかりで柄を押す。
動かない。
アルメイダがその後ろから手を添えた。
「離すなよ」
太い腕へ力が入り、工具が軋む。
歯車が一つ進んだ。
鉄板の内側で、重い閂が外れる音がした。
続けて二本。
三本目までは動いた。
最後で止まる。
技師が工具を押したまま顔をしかめた。
「何か噛ませてあります」
湊は隔壁の向こうへ意識を向ける。
扉のすぐ近くに人の光点はない。けれど最後の閂の周りだけ、金属の形が不自然に膨らんでいた。
「この高さ。少し右です」
リーネが隔壁の前へ立つ。
剣先を鉄板へそっと当てた。
槌音。
鎖。
遠くの水。
しばらく目を閉じていたリーネの手が動く。
刃が鉄板へ浅く入った。
乾いた音が向こう側で落ちる。
技師が工具へ力を込めると、最後の閂が動いた。
隔壁全体がわずかに沈む。
アルメイダはすぐには開かせなかった。
「盾を前へ。弩はその後ろ。捕虜と治療師は下げろ」
増援の兵が並び替わる。
シロも外套から立ち上がった。
足元はまだ少し頼りない。
――いく。
湊は頭を撫でる。
「小さいまま、後ろにいてくれ」
尾が一度だけ揺れた。
アカもシロの隣へ移る。
アルメイダが盾を前へ構えた。
「開けるぞ」
歯車が回る。
第二隔壁が、ゆっくり横へ動いた。
*
熱気が押し寄せた。
乾いた熱に、焼けた油と薬品の匂いが混じっている。その奥には、鉄臭いものまで薄く残っていた。
アカの炎が横へ揺れる。
隔壁の先は広い。
天井には太い管が何本も走り、床には鉄の軌道。左右の作業台には工具と金属片が散らばり、壁際には人の倍ほどある石と金属の人形が並んでいた。
胸の魔石は暗い。
その奥で、巨大な槌だけが動いている。
歯車と蒸気で上下する槌が、金床へ叩きつけられるたびに火花が散った。
打たれているのは、黒い金属の輪だった。
アルメイダの盾より大きい。
内側には、等間隔に太い針が並んでいる。
湊は足を止めた。
昨日まで見てきた首輪と、形が似ていた。
大きさだけが違う。
槌が落ちる。
黒い輪が赤く光る。
その音の下から、もっと低い音が届いた。
長く。
重く。
山の奥で、何か巨大なものが息を吐いている。
アカの炎が僅かに揺れた。
シロも後ろで顔を上げる。
壁際に並んだ石の人形。
その一体の胸で、赤い魔石が灯った。




