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山中の陣地

灰色の扉が、内側へ開いた。


隙間から覗いた兵の顔が、湊たちを見て固まる。鉄兜の奥で目が見開かれ、その直後、扉の向こうから弦の音がした。


アルメイダの盾が上がる。


矢が鉄板へ当たり、乾いた音を立てて跳ねた。


「敵襲!」


アルメイダの眉が吊り上がる。


「人んちの山の下に穴掘った奴らが、何言ってやがる」


吐き捨てるように言った直後、灰色の扉が大きく開いた。


灰色の鎧を着た兵が三人。胸には、冠に囲まれた剣の印。


湊の記憶にあるものと同じだった。


先頭の槍が突き出される。


アルメイダは盾の縁で穂先を逸らし、そのまま一歩踏み込んだ。体ごと押された兵が扉の枠へ背中を打ちつけ、息を詰まらせる。


その脇をリーネが抜けた。


二人目の剣を弾き、返す刃で手首の鎧を打つ。剣が落ちたところへ鞘が顎へ入り、男の膝が崩れた。


三人目は壁際へ飛びついた。


赤い縄。


湊は足元から影を走らせた。


足首へ絡みついた影に引かれ、兵の体が前へ倒れる。それでも指先は縄へ届いた。


引く。


扉の奥で鐘が鳴った。


一度。


二度。


甲高い音が、山の中へ走っていく。


アルメイダの盾の縁が男の肩口へ入り、そのまま床へ押さえつけた。


「遅かったな」


湊は扉の向こうへ《マッピング》を広げた。


真っ直ぐな通路。左右に並ぶ部屋。その先に広い空間が一つ。さらに奥には、もう一枚の厚い扉。


光点が次々に動き始める。


「奥から来ます。十以上」


アルメイダは倒れた槍を蹴り離した。


「入口を取る」


短く告げ、灰色の扉を越えた。



湊は腕に抱いていたシロを壁際へ下ろした。


外套を畳み、その上へ寝かせる。銀色の小さな体には、まだ雷を使ったあとの熱が残っていた。


――みなと、いく?


「すぐそこだ」


アカが隣へ降りた。


――アカ、まもる。


「頼む」


赤い翼がシロの前へ広がる。


炎は小さい。けれど目だけは、開いた扉の奥を睨んでいた。


クロは湊の肩へ残った。


尾が首筋へ一度触れる。


「背後も忘れるな」


「ああ」


湊は無銘を握り直し、アルメイダとリーネを追った。



扉の内側は、監視所だった。


石壁の上から鉄板を張り、弩を置く台と見張り椅子、警報用の縄が並んでいる。壁には交代時刻を書いた板まで掛かっていた。


椅子の座面は擦れ、床には幾重もの靴跡が残っている。


坑道技師の一人が警報縄の根元へ駆け寄り、金具を槌で外した。鳴り続けていた鐘が途切れる。


もう一人は入口の扉を調べ、外側から固定できる留め具を見つけた。


アルメイダは守備兵へ顎を向ける。


「封鎖門まで戻れ。増援を急がせろ」


倒れた兵たちの武器が外され、そのまま三人とも扉の外へ引いていかれる。


鉄扉が閉じた。


残ったのは、アルメイダ、リーネ、湊と三匹。


前方から靴音が近づいてくる。



四人の兵が角を曲がった。


先頭に大盾。その後ろから槍が二本、最後尾には弩。狭い通路いっぱいに隊列を組んで迫る。


「侵入者を止めろ!」


アルメイダが正面へ出た。


二枚の盾がぶつかる。


金属音が耳を打ち、アルメイダの足が半歩だけ滑った。だが腰を落とした次の瞬間には、大盾ごと押し返している。


敵の隊列が詰まった。


リーネが壁を蹴る。


銀髪がアルメイダの肩を越え、頭上を抜けた。着地までに剣が二度走り、弩の弦と槍の穂先がほとんど同時に飛ぶ。


床へ降りた勢いのまま、盾兵の膝裏へ鞘が入った。


先頭が崩れ、後ろの二人がぶつかる。


湊は最後尾を見る。


兵の手が腰の笛へ回った。


影が手首へ絡む。


動きが止まった一瞬に、湊の無銘が笛だけを弾き飛ばす。返ってきた拳を潜り、柄を脇腹へ打ち込んだ。


男が息を詰まらせたところへ、アルメイダの盾が横から入る。


灰色の鎧ごと壁へ押しつけられ、体から力が抜けた。


同じ頃には、リーネの足元でも残った兵が崩れていた。


通路が静まる。



右手の部屋で光点が動いた。


湊が振り向くより早く、シロの声が届く。


――みぎ。


続いてアカの鳴き声。


「ピィィッ!」


扉が開き、剣を持った兵が湊の背中へ飛び出してくる。


アカの火球が先だった。


狙ったのは男ではなく、足元。


赤い炎が石床へ走り、兵が思わず踏み止まる。熱を避けて重心が浮いたところへ、リーネの鞘が顎へ入った。


男はその場へ崩れた。


アカが得意そうに翼を広げる。


――アカ、できた!


「上手い」


炎はもう消えている。


シロも外套の上から顔を上げた。


――アカ、じょうず。


アカの胸がさらに膨らんだ。



奥の足音が遠ざかった。


アルメイダは追わず、倒れた兵の武器を外して壁際へ寄せた。帯を抜き、手首をまとめて縛る。


それから最初の部屋を開けた。


中には二段の寝台が並んでいた。


十を超える。


毛布は乱れ、枕元には水筒や衣服が残っている。壁には同じ形の槍と盾、揃いの灰色の外套が掛かっていた。


向かいは倉庫だった。


乾燥肉、硬いパン、水樽、油、矢、交換用の靴。木箱にはどれもグランデルの印が焼きつけられている。


リーネが一つを開けた。


黒い金属輪が、何本も重なっていた。


魔獣の首へ食い込んでいたものと同じ形。ただし、内側の針も魔石もまだ付いていない。


リーネの指が箱の縁で止まる。


「……ここで作ってたんだ」


アルメイダは輪を一本取り上げ、重さを確かめるように掌へ載せた。


返事はせず、元の場所へ戻した。



壁には旧坑道の地図が掛けられていた。


アルメイダが外す。


ドワーフ王国が残した古い線の上へ、赤い墨で新しい道が書き足されている。水没区画や換気縦坑、封鎖門まで記され、中央大坑都へ近づく道には太い斜線が引かれていた。


アルメイダの親指が、地図の端へ食い込む。


「山の中を、ずいぶん歩き回ったらしいな」


リーネは宿舎の交代表を一枚抜いた。


日付と人名。


夜番。


補給。


巡回区画。


何日分も同じ手で書き足されている。


「泊まり込んでるね」


「ああ」


アルメイダは地図を丸めた。


湊は倉庫を見た。


食料も、水も、予備の武器もある。擦れた寝台には、人が長く使った跡が残っていた。


グランデル兵は、山の中で暮らしていた。


いつから。


何人が。


何のために。


疑問だけが、一気に増えた。



奥で鉄の音がした。


《マッピング》の中で、敵の光点がさらに先の広い空間へ集まっていく。その手前では、厚い扉が左右から動いていた。


「閉じます」


アルメイダが盾を持ち上げる。


だが走らない。


重い鉄板が噛み合い、通路の先が塞がれた。


直後、壁へ埋め込まれた細い管から雑音が流れる。


女の声だった。


『第一外縁区画を切り離します。第二隔壁の封鎖を確認。残存員は、その場で待機してください』


平板な声が途切れた。


壁際で縛られていた若い兵が顔を上げる。


閉ざされた隔壁を見たまま、唇が動いた。


「……切り離す?」


腹部の鎧が割れ、血が滲んでいる。


湊はその前へ膝をついた。


鎧を外し、傷へポーションをかける。淡い光の中で出血が止まっていく間も、男の視線は扉から離れなかった。


リーネも同じ先を見た。


「迎えは来なさそうだね」


若い兵の顔が強張る。


アルメイダは何も言わず立ち上がった。



旧坑道側から鉄管の音が届いた。


増援の合図だった。


アルメイダは宿舎と倉庫を見回し、最後に第二隔壁へ目を向ける。


「ここを足場にする。捕虜を外へ出したら、入口から順に固めるぞ」


盾の下端が石床へ落ちる。


低い音がした。


奥から、別の音が返ってきた。


槌に似ている。


ただ、中央大坑都の工房のような揺らぎがない。


同じ強さ。


同じ間隔。


延々と続いている。


閉ざされた鉄扉の向こうで。


機械のような槌音が、山の奥を叩いていた。


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