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赤い首輪

暗闇の奥で、赤い光が増えた。


旧軌道の正面に三つ。右下の坑道に二つ。《マッピング》へ浮かぶ光点が、湊たちを挟むように近づいてくる。


「後ろからも二つ来ます」


アルメイダは軌道の中央へ盾を落とした。


「前は儂が止める」


リーネが剣を抜き、残った守備兵二人は坑道技師の前へ回る。技師たちは後方の細い道へ鉄杭を打ち込み、鎖を渡した。


槌音に重なって、爪が石を掻く音が近づいてくる。


シロの銀毛が逆立った。


――くる。


「ああ」


湊は無銘を抜いた。


アカも翼を広げる。炎が天井を赤く染め、頬へ熱が届いた。


「照らすだけでいい」


――わかった。


火勢が少し落ちる。


その直後、前方の暗闇が弾けた。



最初の蜥蜴が、ほとんど跳ぶように突っ込んできた。


昨日の個体と同じだ。肩から黒い突起が伸び、首へ太い金属輪が食い込んでいる。その後ろにはもう一頭。さらに低い姿勢で、岩鼠に似た魔獣が軌道脇を走っていた。


三頭の首輪が同時に赤く明滅する。


蜥蜴の突進をアルメイダが受けた。


鉄と肉がぶつかる音が坑道を揺らす。盾は正面から受け止めず、そのまま斜めへ傾いた。滑った爪と一緒に巨体の向きがずれる。


そこへリーネが入った。


首輪の下へ刃を滑らせ、黒い管と皮膚へ刺さった針をまとめて断つ。血が散ったが、蜥蜴は止まらない。首を振って噛みつこうとしたところへ剣が返り、喉を深く裂いた。


倒れる巨体の脇から、二頭目が飛び込んでくる。


アルメイダの片手槌が下から跳ね上がった。


顎が弾ける。


それでも前脚が振り下ろされる前に、今度は上から槌が落ちた。頭が石床へ叩きつけられ、そのまま動かなくなる。


その横を、岩鼠が抜けた。



低い巨体が壁を蹴り、アルメイダの盾を飛び越える。


狙いは湊だった。


金属の刃へ置き換えられた牙が、アカの赤い光を反射する。


湊は足元から影を伸ばし、前脚へ絡ませた。


勢いが一瞬だけ崩れる。


岩鼠はそのまま影を引きずってきた。腕へ重さが食い込み、石床へ深い溝が走る。


湊は影を解いて横へ退きざま、無銘を振った。


前脚が裂ける。


傾いた体へ守備兵の槍が突き刺さった。脇腹を貫かれても岩鼠は暴れ、尾で兵を壁まで弾き飛ばす。


リーネが間へ入った。


銀の刃が胸を貫く。


首輪の赤い光が二度明滅し、消えた。


「後ろ!」


鎖が激しく鳴った。



二頭の魔獣が、張られた柵へ体当たりしていた。


鉄杭が石床から少しずつ浮いている。岩鼠が金属の牙を鎖へ食い込ませ、一本を噛み切った。


もう一頭は狼に似ていた。


細長い四肢。背中へ埋め込まれた金属板。不自然に太い前脚の関節。赤い首輪が明滅するたび、筋肉が硬く盛り上がる。


「下がれ!」


アルメイダの声と同時に柵が倒れた。


岩鼠が飛び込む。


シロが湊の前へ出て前足を振ると、狭い坑道へ風が巻いた。浮いた岩鼠の下へアルメイダの盾が滑り込み、そのまま跳ね上げる。


巨体が宙へ浮いた。


リーネの剣が腹を深く裂く。


石床へ落ちた岩鼠を飛び越え、最後の黒い獣が駆けた。


速い。


シロが放った風の刃が肩へ当たり、埋め込まれた金属板から火花が散った。傷は浅い。黒い獣は速度を落とさず、長い爪をシロへ振り下ろした。


シロが身を捻る。


わずかに遅れた。


銀毛が裂け、赤い血が散った。


――いたい!


「シロ!」


湊は黒い獣との間へ無銘を振り抜いた。


獣が跳び退く。


胸元へ浅い傷が入っただけだった。


赤い首輪は消えない。


痛みなど忘れたように、すぐ姿勢を低くする。


その時。


カチ、と小さな音がした。



首輪が赤く光った。


ほんの少し遅れて、左の岩壁の奥から同じ音が返る。


クロの耳が動いた。


「壁の中だ」


湊は《マッピング》を左へ寄せた。


岩の向こうに、小さな空洞がある。人が入れるほどではない。箱ほどの何かが埋まり、そこから細いものが軌道の下へ伸びていた。


「リーネ、左」


返事より先に剣が走る。


岩壁へ四角い切れ目が入り、二撃目で石板が内側へ落ちた。


奥に黒い箱があった。


赤い魔石。細い金属線。小さな歯車。


歯車が回るたび、箱の魔石と黒い獣の首輪が同じ間隔で明滅している。


獣が再び石床を蹴った。


アルメイダが盾で進路を塞ぐ。衝突した爪が鉄板を削り、分厚い腕が僅かに沈んだ。


「湊!」


時間はない。


シロの肩から血が流れている。それでも青い目は湊を見ていた。


「あの箱だけだ」


――かみなり?


「ああ。短く」


シロが前足を踏ん張った。


銀毛の間へ青白い光が集まり、細かな音が弾け始める。


次の瞬間、雷が走った。


黒い箱だけを貫く。


赤い魔石が白く弾け、歯車が狂ったように回転した。焦げた臭いと鈍い破裂音が広がり、箱の奥から煙が噴き出す。


黒い獣の首輪から、赤い光が消えた。


体から力が抜ける。


アルメイダの盾へ寄りかかったまま、巨体が石床へ崩れ落ちた。



静けさが戻った。


残るのは、荒い呼吸と焦げた金属の臭いだけだった。


シロの前脚が震える。


大きな体が傾き、湊はすぐ首へ腕を回した。


――つかれた。


「もう使わなくていい」


――うん。


シロはその場へ伏せた。


肩の傷は深くない。それでも銀毛の間から血が滲んでいる。


湊がマジックバッグからポーションを出すと、リーネが何も言わず毛を分けた。傷へ少量をかける。


淡い光が広がり、裂けた皮膚が閉じていく。


血が止まった。


――いたくない。


「よかった」


リーネの手は、もう少しだけシロの肩に残った。


「今日は休んでな」


シロが小さく鼻を鳴らす。


体が縮み、子犬ほどの姿になった。湊が抱き上げると、頭を胸へ預けてくる。


傷は塞がった。


けれど、雷を使った疲れまでは戻っていない。



坑道技師と守備兵が、倒れた魔獣を調べた。


前方から来た三頭。後ろから来た岩鼠。どれも息はない。


最後の黒い獣だけが、浅く呼吸を続けていた。


治療師は最初の蜥蜴と一緒に戻っている。


坑道技師の一人が首輪の留め具へ工具を差し込んだ。赤い光は消えている。それでも、皮膚へ刺さった針を避けながら慎重に外していく。


金属輪が開いた。


獣の喉から、掠れた息が漏れる。


輪の下には、古い傷が何重にも残っていた。


昨日の蜥蜴と同じだった。


アルメイダがそれを見下ろす。


「担架を作れ」


技師たちが支柱と縄を組み始めた。


生き残った獣は運び出す。死んだ魔獣からは首輪と埋め込まれた部品だけを外し、遺骸には印を残した。


一度に全部は運べない。


鉄管が鳴らされ、封鎖門側へ増援を求める音が送られていった。



待つ間、アルメイダは焼けた制御箱の前へ膝をついた。


黒い箱から伸びた金属線は、軌道の下へ潜り、そのまま前方へ続いている。


岩壁には、箱の形に合わせて削った跡が残っている。


少なくとも、最初からそこに収まっていたものには見えなかった。


リーネは外した首輪を剣先で持ち上げる。


裏側には細い溝。魔石。肉へ刺さる針。


「これを、何度もつけたんだね」


声が低かった。


アルメイダは返さず、片手槌で軌道脇の石を一つ剥がした。


下から、同じ金属線が現れる。


暗い坑道の奥へ続いていた。



増援へ生き残った魔獣と負傷した守備兵を預けた。


シロはまだ湊の腕の中にいる。眠ってはいないが、時折耳を動かすだけだった。


アカが心配そうに嘴を寄せる。


――シロ、だいじょうぶ?


――つかれただけ。


湊は二匹の頭を順に撫でた。


アルメイダは前方へ続く金属線を見ている。


「もう少しだけ見る。そこで切り上げるぞ」


クロが湊の肩から先を見た。


「それならよい」


湊も頷いた。



先へ進むにつれ、旧坑道の姿が変わっていった。


腐った支柱が減る。


石床の凹凸は削られ、壁には同じ間隔で鉄具が打たれていた。古い軌道も途中から新しい鉄板で補強されている。


誰かが、この道を使い続けている。


曲がり角を越えると、空気が乾いた。


油の匂いが濃くなる。


その先に扉があった。


旧坑道のものではない。


灰色の鉄板。同じ大きさの鋲。隙間なく組まれた枠。上部には小さな覗き穴が三つ並んでいる。


アルメイダが表面へ触れた。


指先へ薄い油がつく。


リーネが灯りを近づけた。


扉の中央。


煤の下から、刻印が浮かび上がる。


細い冠に囲まれた剣。


湊の喉が詰まった。


見たことがある。


召喚された城で。


兵たちの胸や盾に刻まれていた。


「……グランデル」


声が漏れた。


アルメイダが湊を見る。


その時、扉の向こうで靴音が止まった。


金属の留め金が外れる。


一つ。


続いて、もう一つ。


アルメイダが盾を上げた。


リーネは剣を低く構える。


アカの炎が赤い翼を縁取った。


湊はシロを胸へ抱いたまま、無銘へ手をかける。


灰色の扉が、内側へ開き始めた。


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