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赤い炉心

石と金属で造られた人形。


その胸で、赤い魔石が灯った。


光が一度、強く脈打つ。


次の瞬間、人形の頭が動いた。石を擦る低い音とともに、平らな顔の中央へ細い赤線が走る。


その線が、湊たちを捉えた。


「下がれ」


アルメイダの盾が上がる。


人形が床を蹴った。


巨体からは想像できない速さだった。鉄の拳が盾へぶつかり、耳の奥まで響く音が加工区を揺らす。


アルメイダの靴が半歩滑った。


それだけだった。


腰を落とし、盾を斜めへ捻る。二撃目の拳が鉄板を擦って外へ流れたところへ、リーネが踏み込んだ。


銀の刃が肘の継ぎ目を打つ。


火花が散り、薄い外板が飛んだ。


その下には、石ではなく太い金属軸が通っている。


「硬いね」


リーネが身を沈める。


頭上を裏拳が抜け、背後の作業台をまとめて砕いた。


工具と金属片が床へ跳ねる。


同時に、壁際で重い音が二つ続いた。


二体目。


三体目。


胸の魔石が、順に赤く染まっていく。



「入口を守れ!」


アルメイダの声で、増援の盾兵が第二隔壁まで下がった。


弩が放たれる。


矢はゴーレムの肩へ当たり、折れた。


三体は止まらない。


一体目をアルメイダが受け、二体目は通路中央へ。三体目は壁沿いに回り込み、隔壁へ向かおうとしている。


その先にはシロとアカがいた。


小さなシロが立ち上がる。


――くる。


「動かなくていい」


湊は影を伸ばし、三体目の足首へ絡めた。


巨体の歩みが一瞬だけ鈍る。


影が軋むような重さが腕へ返ってきた。


長くは止められない。


アカがシロの前へ出た。


炎が膨らみかける。


――アカ、やる。


「まだ待て」


石と鉄が相手なら火が効くとは限らない。しかも加工区には油も薬品もある。


アカは翼を震わせながら炎を抑えた。


その時、左奥から激しく扉を叩く音がした。


「開けてくれ!」


人の声。


《マッピング》へ意識を向ける。


薄い壁の向こう、小さな作業室に光点が固まっていた。


六つ。


扉の前には鉄棒が一本渡されている。


天井の管から、白いものが噴き始めた。



伝声管に雑音が走る。


あの女の声が流れた。


『加工区を閉鎖します。炉温を維持。搬出路の開放を禁じます』


それだけだった。


作業室を叩く音がさらに強くなる。


「蒸気弁が閉じた! このままじゃ持たない!」


湊は扉とゴーレムを見比べた。


リーネが一体目の腕を受け流し、アルメイダが盾で押し返している。二体目は守備兵へ迫り、三体目は湊の影を引きずりながら進んでいた。


「奥の人を出す」


分身を一体出す。


同じ姿が横へ現れ、無銘を抜いた。


視界が二つに割れる。


分身を二体目へ走らせ、本体は作業室へ向かった。


ゴーレムの赤線が分身へ動く。


拳が振り下ろされた。


分身が横へ跳ぶ。


石床が砕ける。


その衝撃を背に、湊は作業室の扉へ滑り込んだ。


鉄棒を抜く。


扉が内側から開いた。


熱気と白い蒸気が一気に溢れ、厚い革の前掛けをつけた男が咳き込みながら飛び出してきた。


「換気を!」


男が叫ぶ。


「床下の主弁だ。青い輪を開けろ!」


「場所は?」


男は作業台の下を指した。


そこに四角い整備蓋がある。


湊は駆け寄った。



蓋を外すと、熱い空気が顔へ当たった。


下は低い点検区画だった。


配管と歯車が密集し、赤い魔石が三つ並んでいる。上で動くゴーレムの胸と同じ間隔で光っていた。


湊は全身を影へ沈める。


外の姿も音も消えた。


《マッピング》に残る蓋の位置と点検区画の形を頼りに、床下の影へ渡る。


全身を外へ出した瞬間、熱と機械音が戻った。


立てない。


膝をつき、頭上の管を避けながら進む。


青い塗料の残った輪が見えた。


手をかける。


動かない。


両手で握り直した。


熱が掌へ食い込む。


力を込める。


鉄が軋み、輪が少しずつ回った。


頭上で大きな弁が開く音がする。


白い蒸気が別の管へ吸われ始めた。


だが、ゴーレムの赤い魔石はまだ脈打っている。


点検口の向こうから、先ほどの男の腕が伸びた。


「次は赤い石の下だ! 横棒を抜け!」


湊は三つ並んだ魔石を見る。


その下。


油に濡れた太い鉄棒が、歯車を横切るように差し込まれていた。


掴む。


びくともしない。


点検口から男の手が加わる。


二人で引く。


鉄棒が一気に抜けた。


歯車が空回りした。


三つの魔石から、赤い光が消える。



一体目の拳が止まった。


アルメイダの盾へ触れる寸前だった。


腕が自重に負け、ゆっくり落ちる。


二体目も片脚を上げた姿勢で固まった。


分身の目の前。


三体目だけが止まらない。


胸の赤が、弱く点滅している。


床と繋がる機構が切れたのに、まだ動いていた。


「一体残る!」


分身が声を上げる。


頭の奥が熱い。


湊は分身を消した。


視界が一つへ戻り、こめかみに鋭い痛みが残る。


影へ沈み、床上の暗がりまで戻った。


全身を外へ出す。


三体目は、すでに第二隔壁へ迫っていた。



アルメイダが横から突っ込んだ。


巨大な盾を肩へ叩きつける。


ゴーレムの体が傾く。


だが倒れない。


足裏から鉄杭が伸び、石床へ深く食い込んでいた。


湊は呼吸を整えながら膝裏を見る。


外板がずれ、太い軸と楔が覗いている。


「右脚!」


アルメイダの片手槌が飛ぶ。


楔の頭へ正確に当たった。


一度目で浮く。


二度目で半分抜ける。


リーネが駆けた。


振り下ろされた腕へ片足をかけ、そのまま肩を蹴って背後へ回る。


銀の刃が膝裏へ走った。


抜けかけた楔だけが飛ぶ。


右脚が折れたように崩れ、巨体が片膝をついた。


それでも腕がリーネを追う。


湊は影を伸ばし、肘へ絡ませた。


ほんの一瞬。


十分だった。


アルメイダが懐へ入る。


両手で握った槌が、胸の赤い魔石へ叩き込まれた。


甲高い音。


ひびが走る。


二撃目。


赤い光が砕けた。


ゴーレムの腕が落ちる。


石と鉄の巨体が前へ倒れ、加工区の床を大きく揺らした。



湊は影を解き、息を吐いた。


肩へ軽い重みが乗る。


クロだった。


いつの間にか足元へ降りていたらしい。


前足が首へかかる。


「頭は」


「少し痛い」


「なら、少し休め」


いつもの棘はなかった。


湊は壁へ背を預けた。


「数息だけ」


「それでいい」


クロの尾が頬を一度撫でる。


耳元で、小さな喉の音が鳴った。



作業室から出てきたのは六人だった。


人間が四人。


ドワーフが二人。


全員が厚い革の前掛けをつけ、顔や腕に古い火傷が残っている。武器を持つ者はいなかった。


床下で手を貸した中年の男が、アルメイダの盾と髭を見て息を呑んだ。


「ドワーフの……王」


アルメイダは槌を下ろした。


「ここで何を作っていた」


男の視線が、巨大な槌の下にある黒い輪へ落ちる。


「運ばれてきた部品を熱して、外殻を組んでいました。炉と加工機の整備も」


声が掠れている。


「術式を入れるところは、俺たちには触らせてもらえません」


背後の作業員たちも黙っている。


男は続けた。


「奥へ回された者は……戻ってきませんでした」


アルメイダはそれ以上聞かなかった。


巨大な槌の動力を切る。


最後の一打が金床へ落ちた。


火花が散る。


加工区に、初めて静けさが降りた。



黒い輪は、人の背丈より大きかった。


内側には長い針が並び、太い管を繋ぐ穴と、何かを固定するための金具がいくつもある。


アルメイダが表面を撫でる。


「この接ぎ方……昨日の部品と同じだ」


分けて作られた部品。


それらが、ここで一つの形になっている。


作業台の上には、図面を持ち去った跡が残っていた。


空になった留め具。


破れた紙片。


機械の下に、一枚だけ取り残された紙がある。


リーネが拾い上げた。


煤を払う。


横向きの黒い輪。


その内側に描かれていたのは、太い首だった。


角。


鱗。


翼の付け根。


リーネの指が止まる。


「……竜だ」


図面の端に、小さな文字が並んでいる。


大型竜用吸収器。


アルメイダの手の中で、紙が僅かに鳴った。



湊は奥へ《マッピング》を広げる。


加工区の先には太い通路が下っていた。


左右に小部屋。


檻のような空間。


床下を走る幾本もの管。


その先。


範囲の端に、大きな空洞がかかる。


中に、巨大な光点があった。


一つ。


離れて、もう一つ。


さらに奥にも。


人とは比べものにならない大きさだった。


胸の奥へ、低い振動が届く。


さっきから聞こえていた呼吸。


今度は重なっていた。


長く。


途切れながら。


その合間に、鎖が張る音がする。


シロが伏せたまま顔を上げた。


鼻先が奥へ向く。


――いたい、におい。


アカの炎も小さく揺れた。


アルメイダは図面を折り畳み、作業員たちへ守備兵をつける。


「外縁区へ戻れ」


そして盾を持ち上げた。


先へ続く軌道の上に、黒い鱗が一枚落ちている。


湊の掌より大きい。


表面には、金具が長く食い込んだような深い傷が残っていた。


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