赤い炉心
石と金属で造られた人形。
その胸で、赤い魔石が灯った。
光が一度、強く脈打つ。
次の瞬間、人形の頭が動いた。石を擦る低い音とともに、平らな顔の中央へ細い赤線が走る。
その線が、湊たちを捉えた。
「下がれ」
アルメイダの盾が上がる。
人形が床を蹴った。
巨体からは想像できない速さだった。鉄の拳が盾へぶつかり、耳の奥まで響く音が加工区を揺らす。
アルメイダの靴が半歩滑った。
それだけだった。
腰を落とし、盾を斜めへ捻る。二撃目の拳が鉄板を擦って外へ流れたところへ、リーネが踏み込んだ。
銀の刃が肘の継ぎ目を打つ。
火花が散り、薄い外板が飛んだ。
その下には、石ではなく太い金属軸が通っている。
「硬いね」
リーネが身を沈める。
頭上を裏拳が抜け、背後の作業台をまとめて砕いた。
工具と金属片が床へ跳ねる。
同時に、壁際で重い音が二つ続いた。
二体目。
三体目。
胸の魔石が、順に赤く染まっていく。
*
「入口を守れ!」
アルメイダの声で、増援の盾兵が第二隔壁まで下がった。
弩が放たれる。
矢はゴーレムの肩へ当たり、折れた。
三体は止まらない。
一体目をアルメイダが受け、二体目は通路中央へ。三体目は壁沿いに回り込み、隔壁へ向かおうとしている。
その先にはシロとアカがいた。
小さなシロが立ち上がる。
――くる。
「動かなくていい」
湊は影を伸ばし、三体目の足首へ絡めた。
巨体の歩みが一瞬だけ鈍る。
影が軋むような重さが腕へ返ってきた。
長くは止められない。
アカがシロの前へ出た。
炎が膨らみかける。
――アカ、やる。
「まだ待て」
石と鉄が相手なら火が効くとは限らない。しかも加工区には油も薬品もある。
アカは翼を震わせながら炎を抑えた。
その時、左奥から激しく扉を叩く音がした。
「開けてくれ!」
人の声。
《マッピング》へ意識を向ける。
薄い壁の向こう、小さな作業室に光点が固まっていた。
六つ。
扉の前には鉄棒が一本渡されている。
天井の管から、白いものが噴き始めた。
*
伝声管に雑音が走る。
あの女の声が流れた。
『加工区を閉鎖します。炉温を維持。搬出路の開放を禁じます』
それだけだった。
作業室を叩く音がさらに強くなる。
「蒸気弁が閉じた! このままじゃ持たない!」
湊は扉とゴーレムを見比べた。
リーネが一体目の腕を受け流し、アルメイダが盾で押し返している。二体目は守備兵へ迫り、三体目は湊の影を引きずりながら進んでいた。
「奥の人を出す」
分身を一体出す。
同じ姿が横へ現れ、無銘を抜いた。
視界が二つに割れる。
分身を二体目へ走らせ、本体は作業室へ向かった。
ゴーレムの赤線が分身へ動く。
拳が振り下ろされた。
分身が横へ跳ぶ。
石床が砕ける。
その衝撃を背に、湊は作業室の扉へ滑り込んだ。
鉄棒を抜く。
扉が内側から開いた。
熱気と白い蒸気が一気に溢れ、厚い革の前掛けをつけた男が咳き込みながら飛び出してきた。
「換気を!」
男が叫ぶ。
「床下の主弁だ。青い輪を開けろ!」
「場所は?」
男は作業台の下を指した。
そこに四角い整備蓋がある。
湊は駆け寄った。
*
蓋を外すと、熱い空気が顔へ当たった。
下は低い点検区画だった。
配管と歯車が密集し、赤い魔石が三つ並んでいる。上で動くゴーレムの胸と同じ間隔で光っていた。
湊は全身を影へ沈める。
外の姿も音も消えた。
《マッピング》に残る蓋の位置と点検区画の形を頼りに、床下の影へ渡る。
全身を外へ出した瞬間、熱と機械音が戻った。
立てない。
膝をつき、頭上の管を避けながら進む。
青い塗料の残った輪が見えた。
手をかける。
動かない。
両手で握り直した。
熱が掌へ食い込む。
力を込める。
鉄が軋み、輪が少しずつ回った。
頭上で大きな弁が開く音がする。
白い蒸気が別の管へ吸われ始めた。
だが、ゴーレムの赤い魔石はまだ脈打っている。
点検口の向こうから、先ほどの男の腕が伸びた。
「次は赤い石の下だ! 横棒を抜け!」
湊は三つ並んだ魔石を見る。
その下。
油に濡れた太い鉄棒が、歯車を横切るように差し込まれていた。
掴む。
びくともしない。
点検口から男の手が加わる。
二人で引く。
鉄棒が一気に抜けた。
歯車が空回りした。
三つの魔石から、赤い光が消える。
*
一体目の拳が止まった。
アルメイダの盾へ触れる寸前だった。
腕が自重に負け、ゆっくり落ちる。
二体目も片脚を上げた姿勢で固まった。
分身の目の前。
三体目だけが止まらない。
胸の赤が、弱く点滅している。
床と繋がる機構が切れたのに、まだ動いていた。
「一体残る!」
分身が声を上げる。
頭の奥が熱い。
湊は分身を消した。
視界が一つへ戻り、こめかみに鋭い痛みが残る。
影へ沈み、床上の暗がりまで戻った。
全身を外へ出す。
三体目は、すでに第二隔壁へ迫っていた。
*
アルメイダが横から突っ込んだ。
巨大な盾を肩へ叩きつける。
ゴーレムの体が傾く。
だが倒れない。
足裏から鉄杭が伸び、石床へ深く食い込んでいた。
湊は呼吸を整えながら膝裏を見る。
外板がずれ、太い軸と楔が覗いている。
「右脚!」
アルメイダの片手槌が飛ぶ。
楔の頭へ正確に当たった。
一度目で浮く。
二度目で半分抜ける。
リーネが駆けた。
振り下ろされた腕へ片足をかけ、そのまま肩を蹴って背後へ回る。
銀の刃が膝裏へ走った。
抜けかけた楔だけが飛ぶ。
右脚が折れたように崩れ、巨体が片膝をついた。
それでも腕がリーネを追う。
湊は影を伸ばし、肘へ絡ませた。
ほんの一瞬。
十分だった。
アルメイダが懐へ入る。
両手で握った槌が、胸の赤い魔石へ叩き込まれた。
甲高い音。
ひびが走る。
二撃目。
赤い光が砕けた。
ゴーレムの腕が落ちる。
石と鉄の巨体が前へ倒れ、加工区の床を大きく揺らした。
*
湊は影を解き、息を吐いた。
肩へ軽い重みが乗る。
クロだった。
いつの間にか足元へ降りていたらしい。
前足が首へかかる。
「頭は」
「少し痛い」
「なら、少し休め」
いつもの棘はなかった。
湊は壁へ背を預けた。
「数息だけ」
「それでいい」
クロの尾が頬を一度撫でる。
耳元で、小さな喉の音が鳴った。
*
作業室から出てきたのは六人だった。
人間が四人。
ドワーフが二人。
全員が厚い革の前掛けをつけ、顔や腕に古い火傷が残っている。武器を持つ者はいなかった。
床下で手を貸した中年の男が、アルメイダの盾と髭を見て息を呑んだ。
「ドワーフの……王」
アルメイダは槌を下ろした。
「ここで何を作っていた」
男の視線が、巨大な槌の下にある黒い輪へ落ちる。
「運ばれてきた部品を熱して、外殻を組んでいました。炉と加工機の整備も」
声が掠れている。
「術式を入れるところは、俺たちには触らせてもらえません」
背後の作業員たちも黙っている。
男は続けた。
「奥へ回された者は……戻ってきませんでした」
アルメイダはそれ以上聞かなかった。
巨大な槌の動力を切る。
最後の一打が金床へ落ちた。
火花が散る。
加工区に、初めて静けさが降りた。
*
黒い輪は、人の背丈より大きかった。
内側には長い針が並び、太い管を繋ぐ穴と、何かを固定するための金具がいくつもある。
アルメイダが表面を撫でる。
「この接ぎ方……昨日の部品と同じだ」
分けて作られた部品。
それらが、ここで一つの形になっている。
作業台の上には、図面を持ち去った跡が残っていた。
空になった留め具。
破れた紙片。
機械の下に、一枚だけ取り残された紙がある。
リーネが拾い上げた。
煤を払う。
横向きの黒い輪。
その内側に描かれていたのは、太い首だった。
角。
鱗。
翼の付け根。
リーネの指が止まる。
「……竜だ」
図面の端に、小さな文字が並んでいる。
大型竜用吸収器。
アルメイダの手の中で、紙が僅かに鳴った。
*
湊は奥へ《マッピング》を広げる。
加工区の先には太い通路が下っていた。
左右に小部屋。
檻のような空間。
床下を走る幾本もの管。
その先。
範囲の端に、大きな空洞がかかる。
中に、巨大な光点があった。
一つ。
離れて、もう一つ。
さらに奥にも。
人とは比べものにならない大きさだった。
胸の奥へ、低い振動が届く。
さっきから聞こえていた呼吸。
今度は重なっていた。
長く。
途切れながら。
その合間に、鎖が張る音がする。
シロが伏せたまま顔を上げた。
鼻先が奥へ向く。
――いたい、におい。
アカの炎も小さく揺れた。
アルメイダは図面を折り畳み、作業員たちへ守備兵をつける。
「外縁区へ戻れ」
そして盾を持ち上げた。
先へ続く軌道の上に、黒い鱗が一枚落ちている。
湊の掌より大きい。
表面には、金具が長く食い込んだような深い傷が残っていた。




