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封鎖門

隠し坑道の入口には、すぐに鉄柵が置かれた。


集積所で働いていた者たちは離され、守備兵が扉の前を固める。アルメイダは未帰還の鉱夫が落とした金属札と革袋を兵へ預け、荷車から回収した布と銀色の欠片も小箱へ収めた。


「この札を守備所へ。未帰還者の名簿も持ってこい」


兵が走っていく。


白髭の倉庫番は机の脇に立ったまま、暗い坑道を見ていた。


湊も扉の奥へ意識を向ける。さっき動いた光点は、もう《マッピング》の外へ消えていた。曲がり角の先で道が枝分かれしているところまでは分かるが、その向こうは見えない。


肩のクロが尾先で湊の頬へ触れた。


「深追いはするな」


「ああ」


アルメイダが扉の前へ鉄柵を寄せた。


「鍵と技師が来るまで、ここは閉じる」


リーネは剣から手を離し、壁際へ寄った。


「じゃあ、その間に腹ごしらえでもする?」


「さっき食ったばかりだろうが」


アルメイダの返しに、リーネが肩をすくめた。



正式な封鎖門の鍵が届いたのは、半刻ほどしてからだった。


鍵というより、腕ほどの長さがある鉄棒だった。表面には複雑な溝と歯が刻まれている。


坑道技師が二人、治療師が一人。盾を持った守備兵も増え、縄や支柱を積んだ小型荷車まで運び込まれた。


技師たちは隠し扉を見るなり、壁際へ膝をついた。


継ぎ目に指を這わせ、車輪跡へ灯りを寄せる。薄い泥を木片へ取り、消えかけた靴跡の横には小さな札を置いた。


アルメイダは床へ古い坑道図を広げた。


一人の技師が、隠し坑道の方向へ炭の線を伸ばしていく。やがてその先が、地図に残る古い区画へ重なった。


「旧保守用の搬入路です。廃止時は埋め戻した記録になっています」


炭を持つ手が止まる。


アルメイダは図面と開いた扉を見比べ、立ち上がった。


「中を見るぞ」



鉄柵の内側へ入る。


先頭はアルメイダ。その後ろに坑道技師、湊と三匹、リーネ。守備兵たちが最後尾を固めた。


アカの炎が天井を赤く照らす。


古い軌道は緩やかに下っていた。枕木の多くは腐り、踏めば湿った音がする。壁から滴る水が排水溝へ落ち、途切れず細い音を立てていた。


シロは小さな姿のまま、鼻を低くして歩く。


――ひと。いっぱい、通った。


少し進んだところで足を止め、もう一度鼻を鳴らした。


――こっちは、あたらしい。


「最近通った匂いもあるみたいです」


湊が前へ伝える。


アルメイダは振り返らず、盾を少し持ち上げた。



曲がり角の先で、右手から粗い横穴が合流していた。


壁は荒く、支柱の間隔もばらばらだ。ドワーフの坑道に見慣れてきた湊にも、そこだけ造りが違うのが分かった。


坑道技師が壁へ触れ、爪先ほどの石を剥がす。


「掘り肌が若い。数年も経っていません」


剥がれた内側は、周囲より明るい色をしていた。


横穴から冷たい風が流れてくる。


湊が《マッピング》を向けると、道は斜め下へ延び、少し先で曲がっていた。人の気配はない。


アルメイダは入口の壁へ炭で大きく印をつけると、古い軌道へ戻った。


誰も横穴へ足を向けなかった。



やがて道が広がった。


朽ちた荷車。天井から垂れる太い鎖。崩れた木箱。動かなくなった巻き上げ機。


古い荷役場だった。


その奥に、巨大な鉄の門が立っている。


アルメイダの背丈を遥かに越え、分厚い鉄板が何枚も重ねられていた。中央には盾と交差する二本の槌。ドワーフ王国の紋章が、赤黒い錆の下に残っている。


門の前には石へ直接文字が刻まれていた。


旧坑道。


立入禁止。


王命なく開門を禁ず。


アルメイダが門を見上げる。


「儂が王になる前から閉じている。水が出た区画も、地熱で捨てた場所も、この先にまとめて残っている」


リーネが鉄板の縁へ灯りを寄せた。


「こっち、見て」


門の根元。


厚く積もった埃に、細い筋が一本走っている。何かを引きずった跡は壁際まで続き、掌ほどの穴の前で消えていた。


坑道技師がしゃがみ、穴の縁へ指を当てる。


石の欠けた面をなぞり、顔をしかめた。


「内側から割っています」


穴から冷たい風が漏れていた。


アルメイダが鼻を寄せる。


「油だな」


クロも湊の肩から顔を伸ばした。


「鉄と、湿った革の匂いもする」


小さな鼻がもう一度動く。


「獣もいる。血の臭いも残っているな」


シロの毛が逆立ち、喉の奥で低い音が鳴った。アカの炎もひと回り強くなる。


リーネの手が、静かに剣の柄へ触れた。



技師たちは門へ取りつく前に、周囲の岩と天井を調べた。


蝶番へ灯りを当て、錠の内部へ細い棒を差し込む。古い換気口から黒い埃を掻き出し、手回しの機構へ油を入れると、石壁の奥で羽根が軋み始めた。


止まっていた空気が動き、アカの炎が横へ揺れる。


大きな鍵が錠へ入った。


途中で錆に引っかかり、金属の擦れる音が響く。油を足し、鉄の歯を少しずつ押し込んでいく。


アルメイダが柄を握った。


腕へ力が入る。


門の中で重い音がした。


一つ。


さらにもう一つ。


古い錠が順に外れていく。


守備兵が左右の巻き上げ棒へついた。鎖が回り、赤い錆が床へ落ちる。


鉄の門が軋みながら開いていった。


そこから流れてきた空気は冷たかった。


濡れた石。淀んだ水。腐りかけた木。その奥へ獣の臭いと、地熱の生温かさが混じっている。


湊は思わず鼻を押さえた。



門は、人が二人並べるほど開いたところで止められた。


アルメイダが盾を構える。


前へ出かけたアカを、湊が手で制した。


「後ろから照らしてくれ」


――うん。


アカは湊の隣へ戻った。


門の向こうへ魔石灯が投げ込まれる。


石床を転がった淡い光が、三つに分かれた道を照らした。左は水に沈み、右は少し先で崩れている。中央だけに古い軌道が残り、暗い奥へ伸びていた。


天井には換気縦坑。


壁の一部は、地熱で赤黒く変色している。


湊は《マッピング》を広げた。


道の下にも坑道がある。壁の向こうにも別の通路が走り、途中で潰れた階段や水の溜まった縦穴が、見える範囲だけでもいくつも重なっていた。


枝分かれした先は、次々に範囲の外へ消えていく。


「……広いな」


「何百年も掘って、捨ててきた穴だ」


アルメイダが盾の縁で石床を一度叩いた。


乾いた音が奥へ流れる。


遠くで、何かが石を引っかいた。


すぐに止まった。



アルメイダが門を越えた。


湊たちも続く。


まだ背後の灯りが届く場所で、シロが大きな姿へ戻った。銀毛を逆立て、中央の道を睨む。


――いる。


湊も《マッピング》を見る。


中央の軌道沿いに一つ。その下層に二つ。


「近くに三つ、気配があります」


アルメイダの盾がわずかに上がる。


リーネが剣へ手を添えた。


その瞬間だった。


一つが横へ動く。


乾いた音がした。


細い何かが弾けるような音。


湊の中で、前方の形が崩れた。


「下がって!」


アルメイダの盾が上がる。


前方の支柱が倒れた。


直後、天井から岩が落ちる。


旧坑道全体が鳴った。


土煙が押し寄せ、シロの風が左右へ裂く。アルメイダの盾へ小石が激しく当たり、乾いた音を連ねた。


崩落は中央の道を塞いだ。


湊たちのところまでは届いていない。


静けさが戻る。


光点はもう見えなかった。


アルメイダが倒れた支柱へ近づき、根元を拾い上げる。


折れていない。


斜めに切られていた。


細い縄を結んだ跡も残っている。


アルメイダの顔つきが変わった。


「戻るぞ」


リーネが塞がった道へ目を向ける。


アルメイダは切られた支柱を地面へ置いた。


「次は人数と道具を揃える。これは事故じゃない」


リーネは剣から手を離し、踵を返した。



封鎖門の向こうへ戻る。


鎖が回り、重い鉄扉が閉じ始めた。


最後まで残った隙間の向こうに、暗い坑道が見える。


その奥で何かが走った。


獣より重い。


人より速い。


音が近づく前に、門が閉じた。


錠が落ちる。


分厚い鉄が、旧坑道とこちら側を隔てた。


アルメイダは門へ掌を当てた。


向こうの振動を確かめるように、しばらく動かない。


やがて手を離す。


「今夜中に隊を組む」


その時。


鉄の向こうから、低い唸り声が一度だけ響いた。


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