封鎖門
隠し坑道の入口には、すぐに鉄柵が置かれた。
集積所で働いていた者たちは離され、守備兵が扉の前を固める。アルメイダは未帰還の鉱夫が落とした金属札と革袋を兵へ預け、荷車から回収した布と銀色の欠片も小箱へ収めた。
「この札を守備所へ。未帰還者の名簿も持ってこい」
兵が走っていく。
白髭の倉庫番は机の脇に立ったまま、暗い坑道を見ていた。
湊も扉の奥へ意識を向ける。さっき動いた光点は、もう《マッピング》の外へ消えていた。曲がり角の先で道が枝分かれしているところまでは分かるが、その向こうは見えない。
肩のクロが尾先で湊の頬へ触れた。
「深追いはするな」
「ああ」
アルメイダが扉の前へ鉄柵を寄せた。
「鍵と技師が来るまで、ここは閉じる」
リーネは剣から手を離し、壁際へ寄った。
「じゃあ、その間に腹ごしらえでもする?」
「さっき食ったばかりだろうが」
アルメイダの返しに、リーネが肩をすくめた。
*
正式な封鎖門の鍵が届いたのは、半刻ほどしてからだった。
鍵というより、腕ほどの長さがある鉄棒だった。表面には複雑な溝と歯が刻まれている。
坑道技師が二人、治療師が一人。盾を持った守備兵も増え、縄や支柱を積んだ小型荷車まで運び込まれた。
技師たちは隠し扉を見るなり、壁際へ膝をついた。
継ぎ目に指を這わせ、車輪跡へ灯りを寄せる。薄い泥を木片へ取り、消えかけた靴跡の横には小さな札を置いた。
アルメイダは床へ古い坑道図を広げた。
一人の技師が、隠し坑道の方向へ炭の線を伸ばしていく。やがてその先が、地図に残る古い区画へ重なった。
「旧保守用の搬入路です。廃止時は埋め戻した記録になっています」
炭を持つ手が止まる。
アルメイダは図面と開いた扉を見比べ、立ち上がった。
「中を見るぞ」
*
鉄柵の内側へ入る。
先頭はアルメイダ。その後ろに坑道技師、湊と三匹、リーネ。守備兵たちが最後尾を固めた。
アカの炎が天井を赤く照らす。
古い軌道は緩やかに下っていた。枕木の多くは腐り、踏めば湿った音がする。壁から滴る水が排水溝へ落ち、途切れず細い音を立てていた。
シロは小さな姿のまま、鼻を低くして歩く。
――ひと。いっぱい、通った。
少し進んだところで足を止め、もう一度鼻を鳴らした。
――こっちは、あたらしい。
「最近通った匂いもあるみたいです」
湊が前へ伝える。
アルメイダは振り返らず、盾を少し持ち上げた。
*
曲がり角の先で、右手から粗い横穴が合流していた。
壁は荒く、支柱の間隔もばらばらだ。ドワーフの坑道に見慣れてきた湊にも、そこだけ造りが違うのが分かった。
坑道技師が壁へ触れ、爪先ほどの石を剥がす。
「掘り肌が若い。数年も経っていません」
剥がれた内側は、周囲より明るい色をしていた。
横穴から冷たい風が流れてくる。
湊が《マッピング》を向けると、道は斜め下へ延び、少し先で曲がっていた。人の気配はない。
アルメイダは入口の壁へ炭で大きく印をつけると、古い軌道へ戻った。
誰も横穴へ足を向けなかった。
*
やがて道が広がった。
朽ちた荷車。天井から垂れる太い鎖。崩れた木箱。動かなくなった巻き上げ機。
古い荷役場だった。
その奥に、巨大な鉄の門が立っている。
アルメイダの背丈を遥かに越え、分厚い鉄板が何枚も重ねられていた。中央には盾と交差する二本の槌。ドワーフ王国の紋章が、赤黒い錆の下に残っている。
門の前には石へ直接文字が刻まれていた。
旧坑道。
立入禁止。
王命なく開門を禁ず。
アルメイダが門を見上げる。
「儂が王になる前から閉じている。水が出た区画も、地熱で捨てた場所も、この先にまとめて残っている」
リーネが鉄板の縁へ灯りを寄せた。
「こっち、見て」
門の根元。
厚く積もった埃に、細い筋が一本走っている。何かを引きずった跡は壁際まで続き、掌ほどの穴の前で消えていた。
坑道技師がしゃがみ、穴の縁へ指を当てる。
石の欠けた面をなぞり、顔をしかめた。
「内側から割っています」
穴から冷たい風が漏れていた。
アルメイダが鼻を寄せる。
「油だな」
クロも湊の肩から顔を伸ばした。
「鉄と、湿った革の匂いもする」
小さな鼻がもう一度動く。
「獣もいる。血の臭いも残っているな」
シロの毛が逆立ち、喉の奥で低い音が鳴った。アカの炎もひと回り強くなる。
リーネの手が、静かに剣の柄へ触れた。
*
技師たちは門へ取りつく前に、周囲の岩と天井を調べた。
蝶番へ灯りを当て、錠の内部へ細い棒を差し込む。古い換気口から黒い埃を掻き出し、手回しの機構へ油を入れると、石壁の奥で羽根が軋み始めた。
止まっていた空気が動き、アカの炎が横へ揺れる。
大きな鍵が錠へ入った。
途中で錆に引っかかり、金属の擦れる音が響く。油を足し、鉄の歯を少しずつ押し込んでいく。
アルメイダが柄を握った。
腕へ力が入る。
門の中で重い音がした。
一つ。
さらにもう一つ。
古い錠が順に外れていく。
守備兵が左右の巻き上げ棒へついた。鎖が回り、赤い錆が床へ落ちる。
鉄の門が軋みながら開いていった。
そこから流れてきた空気は冷たかった。
濡れた石。淀んだ水。腐りかけた木。その奥へ獣の臭いと、地熱の生温かさが混じっている。
湊は思わず鼻を押さえた。
*
門は、人が二人並べるほど開いたところで止められた。
アルメイダが盾を構える。
前へ出かけたアカを、湊が手で制した。
「後ろから照らしてくれ」
――うん。
アカは湊の隣へ戻った。
門の向こうへ魔石灯が投げ込まれる。
石床を転がった淡い光が、三つに分かれた道を照らした。左は水に沈み、右は少し先で崩れている。中央だけに古い軌道が残り、暗い奥へ伸びていた。
天井には換気縦坑。
壁の一部は、地熱で赤黒く変色している。
湊は《マッピング》を広げた。
道の下にも坑道がある。壁の向こうにも別の通路が走り、途中で潰れた階段や水の溜まった縦穴が、見える範囲だけでもいくつも重なっていた。
枝分かれした先は、次々に範囲の外へ消えていく。
「……広いな」
「何百年も掘って、捨ててきた穴だ」
アルメイダが盾の縁で石床を一度叩いた。
乾いた音が奥へ流れる。
遠くで、何かが石を引っかいた。
すぐに止まった。
*
アルメイダが門を越えた。
湊たちも続く。
まだ背後の灯りが届く場所で、シロが大きな姿へ戻った。銀毛を逆立て、中央の道を睨む。
――いる。
湊も《マッピング》を見る。
中央の軌道沿いに一つ。その下層に二つ。
「近くに三つ、気配があります」
アルメイダの盾がわずかに上がる。
リーネが剣へ手を添えた。
その瞬間だった。
一つが横へ動く。
乾いた音がした。
細い何かが弾けるような音。
湊の中で、前方の形が崩れた。
「下がって!」
アルメイダの盾が上がる。
前方の支柱が倒れた。
直後、天井から岩が落ちる。
旧坑道全体が鳴った。
土煙が押し寄せ、シロの風が左右へ裂く。アルメイダの盾へ小石が激しく当たり、乾いた音を連ねた。
崩落は中央の道を塞いだ。
湊たちのところまでは届いていない。
静けさが戻る。
光点はもう見えなかった。
アルメイダが倒れた支柱へ近づき、根元を拾い上げる。
折れていない。
斜めに切られていた。
細い縄を結んだ跡も残っている。
アルメイダの顔つきが変わった。
「戻るぞ」
リーネが塞がった道へ目を向ける。
アルメイダは切られた支柱を地面へ置いた。
「次は人数と道具を揃える。これは事故じゃない」
リーネは剣から手を離し、踵を返した。
*
封鎖門の向こうへ戻る。
鎖が回り、重い鉄扉が閉じ始めた。
最後まで残った隙間の向こうに、暗い坑道が見える。
その奥で何かが走った。
獣より重い。
人より速い。
音が近づく前に、門が閉じた。
錠が落ちる。
分厚い鉄が、旧坑道とこちら側を隔てた。
アルメイダは門へ掌を当てた。
向こうの振動を確かめるように、しばらく動かない。
やがて手を離す。
「今夜中に隊を組む」
その時。
鉄の向こうから、低い唸り声が一度だけ響いた。




