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閉ざされた荷路

翌朝、中央大坑都の槌音がまだ疎らなうちに、湊たちは執務区の下にある停車場へ向かった。


アルメイダは昨日と同じ革の作業着に、巨大な盾と片手槌。王冠はない。同行する守備兵も四人だけだった。


シロは子犬ほどの姿で湊の足元を歩き、アカは大きな翼を窮屈そうに畳んでいる。クロは肩の上で丸くなり、目を閉じたまま尾を湊の襟へ巻きつけていた。


「眠いなら部屋に残っててもよかったんだぞ」


「地下へ行くなら一緒にいる」


返事は短い。


湊はそれ以上言わず、黒い背を一度だけ撫でた。



深層採掘区へ下りる車両は、昨日の護送車より小さかった。


鉄板で囲まれた箱型の荷台が、急な斜面へ伸びる軌道に載っている。後部には腕より太い鎖が繋がれ、壁の奥へ消えていた。


アルメイダが先に乗り込み、湊たちも続く。


鐘が二度鳴った。


鎖が軋み、車両がゆっくり動き始める。中央大坑都の灯りが、頭上へ遠ざかっていった。


深くなるほど空気は湿り、石の隙間から染み出した水が線路脇の溝を流れている。魔石灯の数も減り、橙色の明かりが過ぎるたび、アルメイダの盾が鈍く光った。


湊は《マッピング》を広げる。


進むたび、坑道の形が近いところから浮かんでくる。横道、換気穴、小さな作業室、使われなくなった軌道。少し先で三つに分かれた道の二つには太い鎖が張られ、水没、崩落、使用停止とだけ刻まれていた。


シロが鼻を動かす。


――つち、みず、あぶら。てつ。


少し間を置いて、もう一度鼻を鳴らした。


――へんなのも、ある。


「どっちだ?」


銀色の耳が前へ向く。


――とおい。まだ、わからない。


湊も暗い坑道の先を見た。


車輪の音だけが、何度も岩壁から返ってきた。



一刻ほどで斜面が緩くなり、車両は深層採掘区の停車場へ入った。


中央大坑都のような賑わいはない。鉱夫の声や荷台を押す音、水を汲み上げる機械の振動まで、どれも低く重く響いていた。


アルメイダが歩き出すと、作業中のドワーフたちは自然に道を開けた。頭を下げる者はいるが、手を止める者はいない。


アルメイダも足を止めなかった。


ただ途中で、支柱を固定する鉄楔が一本浮いているのを見つけると、腰の槌を抜いた。


二度。


硬い音が響き、楔が奥へ沈む。


「王様の仕事?」


リーネが横から見る。


「気づいた奴の仕事だ」


それだけ言って、また歩き出した。



集積所は、四本の坑道が交わる場所にあった。


岩壁を大きく削った空間へ、木箱や鉄材、縄、交換用の車輪、支柱用の金具が積まれている。壁際には、過去の受領札が年代ごとに束ねられていた。


白い髭の年嵩のドワーフが、机の前で待っている。右手の指が二本欠けていた。


「昨日、照会のあった三件です」


差し出された帳面には、色の違う紙片が挟まれている。


精密制御部品。耐熱外殻。魔力接合具。


受領日、荷箱の数、重量。その記録は細かい。


「荷は確かに、ここへ届いております」


倉庫番が奥を指した。


「数日保管した後、旧設備保守の札で搬出されています」


アルメイダの目が帳面から離れない。


「荷車は」


「集積所のものを使っています。返却も同日中です」


頁がめくられる。


アルメイダの指が一行で止まった。


「戻った荷台の確認は?」


倉庫番の白い眉が寄る。


「……記録がありません」


言い訳はしなかった。


アルメイダも責めず、帳面を閉じる。


「置いていた場所を見せろ」


集積所の最奥には、今は何もなかった。


石床へ白い線だけが残り、当時置かれていた荷箱の大きさが記されている。湊がしゃがむと、壁際の溝へ黒い汚れが残っていた。


アルメイダも隣へ腰を落とし、指先で掬う。


「車輪油だ」


跡は集積所の出口ではなく、反対側の壁際へ続いていた。


古い支柱が積み上げられた下へ消えている。


倉庫番が目を細めた。


「そちらに道はありません」


アルメイダは返事をせず、支柱の一本へ手をかけた。


太い木材が持ち上がる。


守備兵たちも続いた。


積まれていた支柱を退かすと、奥から石壁が現れた。


見た目は周囲と変わらない。


湊は《マッピング》へ意識を向けた。


壁の向こうに、細い空間が伸びている。


荷車が一台通れるほどの幅。


古い軌道もあった。


「裏に道があります」


アルメイダが石壁を拳で叩く。


返る音が軽い。


リーネも近づき、壁の縁を見た。


「ここ、継ぎ目がまっすぐすぎるね」


アルメイダが片手槌の柄を差し込むと、石の隙間から砂が落ちた。


その下に、鉄の縁が現れた。


扉だった。



扉の脇には、札を差し込むための小さな窪みがあった。


アルメイダが懐から、昨日見つかった旧設備保守の札を取り出す。寸法は合っている。


だが、すぐには差し込まなかった。


扉の下へ目を向ける。


埃が薄い。


アルメイダの表情が変わった。


「周りを先に見ろ」


守備兵二人が左右へ散り、残る二人は集積所の入口へ戻る。


「仕事は続けろ。ここへは誰も近づけるな」


倉庫番が頷いた。


湊は扉の向こうへ《マッピング》を伸ばした。


軌道は正面へ続き、少し先で緩く曲がっている。その先は範囲の外へ消えた。途中には、小型の荷車が一台残されている。


人の光点は見えない。


「中に荷車があります。近くに人はいません」


アルメイダは保守札を差し込んだ。


金属が噛み合う。


奥で重い音がし、扉がわずかに内側へ動いた。


隙間から冷たい風が流れ出す。


シロの耳が立った。


鼻先が隙間へ寄る。


――さっきの、へんなにおい。


湊も息を吸った。


油と湿った石。


その奥に、薄く鼻につく匂いが混じっている。


クロが肩の上で身を起こした。


「薬品のような匂いもするな」


「分かるのか?」


「薄い。だが、油だけではない」


アルメイダは一度だけクロを見て、それから扉へ手をかけた。


錆が落ちる。


隠されていた坑道が開いた。



中は暗かった。


アカが少しだけ炎を強める。赤い光が古い軌道を照らし、その先に止まった小型の荷車が浮かび上がった。


木の側板は傷み始めている。


だが、車輪だけが妙に新しい。


アルメイダが指で触れると、油がついた。


「車体は古い。車輪は替えてあるな」


荷台は空だった。


底には黒い布が残り、その上に針ほどの銀色の欠片が落ちている。


アルメイダは直接触れず、紙片で包んだ。


「接合材に見える」


断定はせず、小箱へ収める。


車輪の横には泥がついていた。


完全には乾いていない。


リーネがしゃがみ込む。


「これ、古くないね」


アルメイダも触れる。


指先の泥を見て、顎が硬くなった。


「最近だ」


倉庫番が息を呑む。


何年も前に使われた荷路ではない。


今も誰かがここを通っている。



さらに奥へ進むと、軌道脇へ革袋が落ちていた。


口が破れ、乾いたパン、水筒、小さな槌、坑内用の魔石灯が散らばっている。


アルメイダが、その中の金属札を拾った。


表面へ刻まれた名前を見て、目が細くなる。


「未帰還の鉱夫だ」


数日前、深層寄りの採掘区から戻らなかった一人。


血は見えない。


争った跡もない。


ただ、持ち物だけが残されていた。


シロが地面へ鼻を近づけ、ゆっくり先へ進む。


――ひとのにおい。


「一人か?」


銀色の鼻が何度も動く。


――いっぱい。


湊は軌道の先へ《マッピング》を伸ばした。


道はさらに奥へ続いている。


少し先で、図面にはない粗い横穴が合流していた。


その手前。


範囲の端に、匿名の光点が一つ現れる。


止まっている。


湊が息を詰めた。


次の瞬間、光点が動いた。


こちらから離れていく。


「誰かいます」


アルメイダの盾が上がる。


リーネの手が剣へ触れた。


遠くで、金属を引きずるような音が響く。


一度。


さらに奥で、もう一度。


やがて聞こえなくなった。


アルメイダは追わなかった。


未帰還の鉱夫の札を握ったまま、暗い坑道を見据える。


「入口を固める」


低い声だった。


「封鎖門の鍵を持ってこい」


隠されていた荷路の奥から、冷たい風が吹き続けていた。


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