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救助

「生きているなら、連れて帰るぞ」


アルメイダの声が崩れた坑道へ響くと、周囲のドワーフたちが一斉に動いた。槌、支柱、縄、担架。必要なものが短い声とともに運ばれ、崩落の前へ積まれていく。


アルメイダは巨大な盾を地面へ置き、岩の向こうを睨んだ。


「正面は触るな。上がまだ落ち着いとらん」


坑道技師の一人が左手の壁を指した。


「古い排水路があります。狭いですが、崩落の奥へ抜けていたはずです」


湊は《マッピング》を広げた。壁の向こうに細い空間が伸びている。途中で途切れていたが、その先には二つの光点が残っていた。


「途中までは行けそうです」


アルメイダが排水路の幅を見て、自分の胸板へ視線を落とす。


「儂は入らんな」


「見れば分かるね」


リーネが言うと、アルメイダは鼻を鳴らした。


「お前も剣を持ったままじゃ引っかかる」


リーネは腰の剣を見た。それ以上は言い返さなかった。


湊は排水路の入口へ近づく。


「俺が行きます」


アルメイダの眉が動いた。


「狭くなったら戻れ」


「はい」


クロが肩から飛び降り、アルメイダの盾の横へ座った。


「私はこちらに残る。向こうへ出たら呼べ。伝える」


アルメイダの手が一瞬止まった。


足元の黒猫を見る。


「……喋るのか」


驚きより先に、訝しさの滲んだ声だった。


クロは金色の目を向ける。


「その話は後でいい。今は二人だ」


アルメイダは数秒だけクロを見たあと、崩れた坑道へ視線を戻した。


「そうだな」


それ以上は聞かなかった。


湊はクロと目を合わせる。


「ああ。頼む」


金色の目が細くなった。



排水路へ入ると、空気が急に冷たくなった。


湿った石が服へ擦れ、膝の下を細い水が流れている。背後から届いていたアカの赤い光も、進むにつれて弱くなった。


天井は低い。肩を壁へ擦りながら進み、途中からは体を横へ向ける。息を吐いて腹を引き、狭い隙間を抜けた。


少し先で道が塞がっていた。


大きな岩が落ち、排水路をほとんど潰している。その根元に細い影が残っていた。


湊は手を触れる。


体を沈めた。


冷たい感覚が全身を包み、視界と音が消える。《マッピング》に残る形だけを頼りに、岩の向こうへ続く影を辿った。


距離は短い。


向こう側へ抜けられる位置まで進み、全身を影から出す。


すぐに咳が聞こえた。


湊はマジックバッグから小さな魔石灯を取り出した。淡い光が狭い空洞を照らし、二人のドワーフが浮かび上がる。


若い方は壁へ背を預け、片腕を抱えていた。額から流れた血が頬で乾き、呼吸も浅い。


もう一人は年嵩の男だった。倒れた支柱の下へ片脚を挟まれ、上半身だけを起こしている。


「……誰だ」


掠れた声が飛んだ。


「助けに来ました」


「人間が?」


「たまたま居合わせました」


男は一度だけ目を細めた。


「そうか。じゃあ、早くしろ」


まだ悪態をつく力はある。


湊は若い男へ寄った。呼吸を確かめ、額の浅い傷へ少量のポーションをかける。淡い光が滲み、流れていた血が止まった。


抱えている腕には触れない。そこは外へ出して、治療師に任せる。


水筒を取り出し、唇を濡らす程度に水を含ませた。


次に、年嵩の男の脚を見る。


支柱は太く、その上へ岩が乗っていた。無理に動かせば、周囲まで一緒にずれる。


湊はクロへ意識を向ける。


――二人とも生きてる。若い方は意識が薄い。もう一人は脚を挟まれてる。


すぐに返事が届いた。


――分かった。伝える。


しばらくして、遠くでアルメイダの声が響いた。言葉までは聞き取れない。続いて槌の音が始まり、頭上から細かな砂が落ちた。


外で支えを足しているらしい。


湊は年嵩の男のそばへ座った。


「もう少しかかります」


「急かして天井ごと落ちちゃ、笑えんからな」


男が若い方を見る。


「そっちは」


「生きてます」


その言葉に、肩の力がわずかに抜けた。



やがて若いドワーフが目を開いた。


最初に見たのは湊ではなく、支柱の下にいる男だった。


「……親方」


「喋るな」


「でも」


「生きてる。お前も生きてる。それでいい」


若い男の口が閉じた。


湊はもう一度、水を少しだけ飲ませた。


しばらくして、若い男が掠れた声を漏らす。


「……地面が鳴ったんだ」


親方の目が向く。


「支柱を見に来て……急に、下からどんって……」


そこで息が詰まった。


「もう喋るな」


若い男は目を閉じた。


湊も続きを求めなかった。


下から。


その言葉だけが残る。


今は外へ出す方が先だった。


外の槌音が変わった。低く、一定の間隔で続いている。岩を砕く音ではない。新しい支柱を打ち込んでいる。


少しずつ、頭上の軋みが弱くなった。


クロから声が届く。


――上を押さえた。挟まっている支柱は動かせそうか。


湊は支柱の根元へ手を当てた。力を込めてもびくともしない。


――こっちから一人じゃ無理。道を広げてもらった方がいい。


――分かった。


しばらくして、正面の崩落から鈍い衝撃が響き始めた。


大きく砕く音ではない。間を置きながら、必要な場所だけを削っている。


リーネだろう。


やがて隙間から風が入り込み、土埃が薄くなった。シロの風だ。


続いて赤い光が差す。


岩の間に小さな穴が開いた。


そこから黒い顔が覗く。


「湊」


クロだった。


「無事か」


「ああ。二人とも生きてる」


クロの耳が少し起きた。


「ならよい。もう少し広げる」


すぐに顔が引っ込み、外から声が飛んだ。


「二人とも生きている。救助員が入れるまで広げろ」


穴が少しずつ大きくなった。


最初に小柄な救助員が入ってくる。若いドワーフの腕と肩を固定し、担架へ乗せた。湊もその手を支える。


「親方……」


運ばれる直前、若い男が手を伸ばした。


年嵩のドワーフが、その指先へ触れる。


「先に行け」


担架が排水路の方へ運ばれていった。



さらに二人の救助員が入ってきた。


外から新しい支えが増やされ、岩の軋みはほとんど聞こえなくなっている。


「支柱を少しだけ上げろ! 脚が抜けたらすぐ戻せ!」


アルメイダの声が穴の向こうから飛んだ。


救助員が金具を差し込む。湊も反対側へ手をかけた。


「せーの!」


支柱がわずかに浮く。


年嵩の男が歯を食いしばり、脚を引いた。


抜けない。


もう一度。


今度は救助員が男の腰を掴む。


支柱が持ち上がった瞬間、体が後ろへ滑った。


「抜けた!」


すぐに支柱を戻す。


鈍い音が落ちた。


上の岩は動かなかった。


湊の肩から息が抜ける。


男の脚は大きく腫れていた。ここでポーションをかけるだけではどうにもならない。


救助員が添え木を当て、布で固定する。


担架へ乗せられた男が湊を見た。


「人間」


「はい」


「名前は」


「湊です」


「覚えとく」


それだけ言って目を閉じた。


担架が外へ運ばれていく。


湊も後を追った。


狭い排水路を抜けた瞬間、熱と音が戻ってくる。槌の音、人の声、アカの炎の熱。


シロが足元へ駆け寄った。


――みなと。


「ただいま」


銀色の頭を一度撫でる。


その向こうで、クロが待っていた。


「戻ったぞ」


「ああ」


短く返し、黒い尾が湊の足首へ一度だけ触れた。


アルメイダはその様子を横目で見ていた。喋る猫への疑問は残っているのだろう。それでも今は何も言わず、運び出される担架へ視線を戻した。



救助が終わる頃には、かなり時間が経っていた。


アルメイダは二人の搬送を最後まで見送り、そのまま崩落現場へ戻った。封鎖位置を決め、残った支柱を確認し、止まっていた護送便の迂回まで指示していく。


ようやく手が空くと、湊たちへ向き直った。


「待たせた」


リーネが腕を組む。


「三十年に比べれば短いよ」


「まだ言うか」


「先に言ったのはそっちでしょ」


アルメイダは鼻を鳴らし、湊が持つ書状の筒へ目をやった。


「王宮へ行く」


リーネが少し笑う。


「やっと王様らしい場所へ行くんだ」


「椅子に座るだけが王の仕事じゃない」


「知ってるよ」


アルメイダは歩き出した。


数歩進んでから、振り返る。


「先に飯だ」


シロの耳が立った。


――ごはん。


アカも翼を広げる。


――おにく!


アルメイダは二匹の顔を見て、片方の眉を上げた。


「従魔も同じ顔をしとる」


「分かるんですか」


「腹を空かせた顔くらいはな」


そのまま中央大坑都の上層へ続く階段を上っていく。


壁の向こうでは、槌の音が鳴り続けていた。

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