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残されたもの

オウルの死は、朝まで中枢だけに伏せられた。


治療室には兵と治療担当が残り、夜の出入りと室内の痕跡が調べられた。窓は閉じたまま。扉の警備にも乱れはなく、外から誰かが入った形跡は見つからなかった。


寝台から剥がされたシーツと、天井の金具。


昨夜そこで起きたことと、兵の記録は食い違わなかった。


湊は調査が終わるまで、治療棟の外にいた。


朝露に濡れた石床が冷たい。シロは足元に伏せ、アカも今日は鳴かなかった。クロは湊の肩で、ずっと目を閉じていた。


やがて扉が開く。


フェルナンドが出てきた。


目の下に薄い影が落ちている。


「昼前に、集まってください」


それだけ言って、廊下の奥へ歩いていった。



小さな会議室には、オウルが使っていた椅子が残されていた。


国王、フェルナンド、レーア、リーネ、妖精族の長。湊とクロも席につく。


誰も空いた椅子へ座らなかった。


机の上に、数枚の記録が置かれている。


フェルナンドが一枚目を開いた。


「オウルが話した内容は、ここまで残っています」


十二人を選んだこと。エイラとダリウスがどう関わったか。《物品化》で秘匿牢へ運んだこと。北西の根へニーズヘッグの幼体を運んだこと。


そして、ヴェルナー・グレイスの名。


「物証と照らせるものから、国の記録に残します」


フェルナンドの声は静かだった。


「本人が亡くなったからといって、話したことまで消すつもりはありません」


国王の手が、机の上で止まる。


「王族であったことも隠すな」


フェルナンドが顔を上げた。


「はい」


「術式を受けていたこともだ」


国王は空いた椅子を見た。


「だが、死で償ったとは書くな」


部屋が静まる。


「それで消える罪ではない。あれが救いだったことにもするな」


レーアの指が、膝の上でゆっくり握られた。


フェルナンドは記録へ目を落とす。


「そのように残します」


湊も空いた椅子を見る。


穏やかに笑っていたオウルを知っている。


十二人を心配していた声も聞いた。


その同じ手で、十二人を牢へ運んでいた。


片方だけを思い出すことはできなかった。



十二人の治療記録も机に置かれていた。


全員が回復へ向かっている。三人は短い時間なら起きていられるようになり、ほかの者も呼びかけへの反応が戻ってきていた。


フェルナンドは記録を閉じる。


「事件については、まだ聞きません。治療担当にも伝えてあります」


レーアが小さく息を吐いた。


「家族と過ごせていますか」


「ええ。今はそれを優先しています」


国王が頷く。


「本人たちが話せるようになってからでよい」


それ以上、十二人のことは話題に上らなかった。


今は、眠れる者を眠らせる時間だった。



会議が終わっても、レーアは席を立たなかった。


国王とフェルナンドが先に出る。妖精族の長も、世界樹の根へ戻っていった。


湊も立ち上がりかけたが、リーネが動かないのを見て足を止める。


レーアの手が、空いた椅子の背へ伸びた。


「昨日まで、ここにいたのですね」


リーネが隣へ歩み寄る。


「うん」


「変わっていることには、気づいていました」


レーアの指が木の縁をなぞる。


「目つきも、言葉も。時々、知らない人みたいになることも」


声は崩れなかった。


「疲れているのだと思いました。役目が増えたからだと」


リーネはしばらく黙っていた。


「あたしも、帰ってきてからちゃんと話してなかった」


レーアが妹を見る。


「何百年ぶりだったのにね」


リーネは苦く笑った。


「兄さまのこと、分かってるつもりだった」


レーアの手の上へ、自分の手を重ねる。


それ以上は言わなかった。


二人の手だけが、空いた椅子の背に残った。


湊はクロを抱き上げ、静かに部屋を出た。



夕方。


湊たちは世界樹の根元にいた。


森を満たすマナは、まだ薄い。以前なら外で遮られていた鳥の声が、遠くから聞こえてくる。


シロが太い根へ鼻を近づけた。


――まだ、いたい。


湊も根へ手を置く。


冷たい表面の奥で、淡い温もりが脈打っていた。


――でも、あったかい。


「ああ」


アカが根の上へ降りた。すぐに足を浮かせ、嫌そうに翼を広げて湊の肩へ戻ってくる。


「ぴぃ……」


リーネが少しだけ笑った。


太い根へ背を預け、空を見上げる。


しばらくして、口を開いた。


「あたし、行くよ」


湊は隣を見る。


「レーア姉さまたちも父上も、ここでやることがある。あたしにも、まだある」


銀髪が風に揺れた。


「オウル兄さまがいなくなったからって、ここに座ってても戻ってこないしね」


声は平らだった。


けれど、根へ置いた指は動かなかった。


湊は何も言わず、少し待った。


リーネが息を吐く。


「南方のことも、グランデルのことも残ってる」


「ああ」


「だったら、止まれない」


湊は世界樹を見上げる。


傷ついた北西の根は、ここからは見えない。それでも、幹を流れる光は以前より弱く、ところどころ途切れていた。


完全には戻っていない。


失ったものも戻らない。


それでも、根の奥で温かな光がもう一度脈打つ。


リーネが背を離した。


「戻ろ。次の行き先を決めないと」


「ああ」


シロが先に歩き出す。


アカが肩で翼を畳み、クロは反対側の肩から世界樹を見上げていた。


湊たちは、夕暮れの森を王宮へ戻った。


背後で、世界樹の葉が低く鳴っていた。


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