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ひとり、夜に溶ける

その夜、湊は一度眠りについた。


どれくらい経ったのか分からない。


乾いた葉が窓を擦る音で、ふと目が覚めた。


部屋は暗い。シロは足元で丸まり、アカはその背に顔を埋めている。クロも枕の端で目を閉じていた。


湊はしばらく天井を見ていた。


香木の匂いが、まだ服に残っている気がする。


安置室で見たオウルの小さな笑みが浮かんだ。


胸の奥が、急に冷えた。


理由はなかった。


湊は《マッピング》を開く。


治療室に、オウルの緑の光点があった。


その輪郭が揺らぐ。


薄くなる。


「クロ」


金色の目が開いた。


次の瞬間、光点が消えた。


湊はもう寝台を降りていた。



夜の王宮を走る。


クロが肩へ飛び乗った。後ろで起き上がったシロへ、湊は振り返らず声を投げる。


「ここにいてくれ」


廊下に足音が跳ね返る。


治療棟の前にいた兵が、湊の顔を見て身を起こした。


「開けてください」


鍵が外れる。


薬草の匂いが流れてきた。


湊は扉を押し開けた。


足が止まる。


魔石灯の淡い光の下。


オウルの体が、床から離れていた。


寝台からなくなった白いシーツが、天井の魔力灯を支える金具から垂れている。


揺れてはいなかった。


何も動いていない。


「……オウルさん」


声が出たのか、自分でも分からなかった。


クロが肩から飛び降りる。


「湊!」


その声で体が動いた。


湊は駆け寄り、オウルの体を支えた。兵たちもすぐに飛び込み、一人が治療担当を呼びに走る。


床へ下ろされたオウルの体は、まだ温かかった。


胸は動いていない。


「オウルさん」


肩へ触れる。


返事はない。


治療担当が駆け込んでくる。寝台の脇に膝をつき、胸へ手を当てた。


治癒の光が何度も流れる。


呼びかける声が重なる。


クロは少し離れた場所で立っていた。


金色の目を逸らさない。


やがて、一人の治療師が手を止めた。


誰も何も言わなかった。


薬草の匂いだけが、部屋に残った。



最初に来たのはレーアだった。


髪も結ばず、薄い上着を羽織っただけで駆け込んでくる。


扉を越えたところで、足が止まった。


寝台の上には、オウルがいる。


治療担当の手は、もう動いていない。


レーアは何も尋ねなかった。


ゆっくり寝台へ近づき、膝をつく。


「オウル」


手を取る。


まだ温かい。


「……オウル」


握った指に力が入る。


返事はない。


「話すって……」


声がそこで途切れた。


額が、オウルの手の甲へ触れる。


そのまま動かなかった。



フェルナンドと国王が来た。


少し遅れて、リーネも扉の前へ現れた。


リーネは中へ入らなかった。


寝台を見たまま、扉の脇に立っている。握った右手の爪が、掌へ食い込んでいた。


フェルナンドは室内を見回した。


閉じた窓。


開けられた扉。


寝台から剥がされたシーツ。


天井の金具。


床に落ちた白い布の端。


視線がそこで止まった。


国王はレーアの隣へ立った。


オウルの顔を長く見下ろし、やがて髪へ触れる。


指先が一度だけ震えた。


何も言わなかった。



湊は壁際に立っていた。


《マッピング》を開いた時には、まだ光があった。


ほんの一瞬。


その直後に消えた。


もっと早ければ。


言葉になりかけて、そこで止まった。


いつなら間に合ったのか。


何を言えば止まったのか。


湊には分からない。


足元に柔らかなものが触れた。


クロの尾だった。


湊は俯いた。


レーアはまだ手を握っている。


国王は髪に触れたまま動かない。


フェルナンドは寝台の脇に立ち、リーネは扉の外からこちらを見ている。


誰も声を上げなかった。


それでも、部屋の空気はひどく重かった。


オウルが最後に何を考えていたのか。


それだけは、もう聞けない。


窓の外が少しずつ白み始める。


世界樹の葉の隙間から朝の光が入り、寝台の端へ届いた。


オウルの手は、レーアの手の中にあった。


握り返すことはなかった。


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