弔い
翌朝、オウルは治療室を出た。
まだ足には力が戻っておらず、車輪のついた椅子に座っている。レーアが後ろから押し、湊とクロは少し離れて続いた。
王宮の下層へ降りるにつれ、薬草の匂いが薄れていく。冷えた石の空気に、香木の甘い匂いが混じっていた。
レーアの手が、椅子の取っ手を握り直す。
「無理はしないでくださいね」
「今日を逃したくないんです」
オウルは前を向いたまま答えた。
エイラとダリウスは調査を終え、この日のうちに王宮を出る。
それ以上、レーアは何も言わなかった。
*
安置室には、二つの寝台が並んでいた。
白い布は胸元まで掛けられ、壁際には割れた盾と、細い枝を模した銀の髪飾りが置かれている。香木の煙が細く立ち上り、石の天井へ消えていった。
入口で、オウルの椅子が止まった。
レーアが押そうとすると、オウルは小さく首を振る。
「ここからは、自分で」
右手を車輪へかけた。指が震え、少し進んでは止まる。
それでも、一人で二つの寝台の前まで進んだ。
最初に見たのは、ダリウスだった。
「いつも、僕より先に歩いていました」
視線が壁際の盾へ移る。
「危険のない場所でも。僕が笑うと、何がおかしいのか分からない顔をして」
息が一度、喉につかえた。
「最後まで、同じだった」
次に、エイラを見る。
銀の髪飾りへ手を伸ばしかけ、触れずに戻した。
「袖を掴まれた感触が、まだ残っています」
爆発の後も離れなかった指を、湊も覚えている。
オウルは自分の袖を見た。指先が布をつまみ、すぐに離す。
何も言わず、二人の顔を見ていた。
クロも口を挟まなかった。
*
しばらくして、オウルが湊へ顔を向けた。
「湊さんは、ずっと見ていたんですね」
非常避難路へ印を刻んだ時も、十二人を外へ運んだ夜も。
「はい」
「それでも、あの場まで待った」
湊は二つの寝台を見る。
「牢を見つけた夜、すぐ連れ出したかったです」
オウルの目がわずかに動く。
「でも、動けば十二人を別の場所へ移されるかもしれなかった。俺一人では決められなくて、みんなで待ちました」
あの夜の湿った空気が、まだ鼻の奥に残っている。扉の向こうに十二人がいると知りながら、背を向けた。
「正しい判断だったんでしょうね」
オウルが呟く。
湊は首を振った。
「今も分かりません」
「十二人は助かった」
「はい」
オウルの視線が、エイラとダリウスへ戻る。
「二人は死んだ」
返す言葉はなかった。
長い沈黙のあと、オウルが小さく息を吐く。
「湊さんは、優しくありませんね」
「そうかもしれません」
肩のクロの尾が、首筋へ軽く当たった。
オウルの口元がわずかに緩む。
ほんの少しだった。
「戻りましょう、姉上」
レーアが椅子の後ろへ回る。
安置室を出る直前、オウルは一度だけ振り返った。
「ごめん」
香木の煙だけが、静かに揺れていた。
*
夕刻、二つの棺が王宮から運び出された。
大きな式はなかった。道の脇には王宮の者たちが並び、棺が通るたびに黙って頭を下げていく。
湊は治療室の後ろに立ち、窓の外を見ていた。
オウルは椅子に座っている。隣にレーア、少し離れてリーネとフェルナンド、国王もいた。
誰も話さない。
車輪の音も、足音も、窓を隔てるとひどく遠い。二つの棺は木々の間へ進み、やがて見えなくなった。
オウルの右手が窓枠へ置かれる。
手首の封印が淡く光った。
リーネが一歩だけ近づいたが、声はかけなかった。
しばらくして、オウルが手を下ろす。
「姉上。少し、疲れました」
「戻りましょう」
レーアが椅子を寝台へ寄せる。
オウルは支えられて横になった。毛布が胸元まで掛けられると、目を閉じる。
「おやすみなさい」
「ええ」
レーアは椅子へ座った。
リーネも扉のそばに残る。フェルナンドと国王も、しばらく動かなかった。
湊はクロを肩に乗せたまま、治療室を出た。
*
廊下へ出ても、香木の匂いが服に残っていた。
湊は歩きながら、一度だけ振り返った。閉じた扉の向こうに、オウルと家族がいる。
安置室で見た小さな笑みが、なぜか引っかかっていた。
クロも何も言わない。
窓の外では、夕暮れの世界樹が風に鳴っていた。




