証言
オウルが目を覚ましたのは、二日後だった。
王宮の治療室には薬草の匂いが満ち、開いた窓から湿った森の風が入ってくる。寝台の周囲には細い世界樹の根が伸び、淡い光を脈打たせていた。
首筋の黒い筋は、まだ消えていない。薄く皮膚の下へ沈み、じっと動きを止めている。
オウルは枕へ背を預け、両手を布の上へ置いていた。拘束はされていないが、手首には《物品化》を使えないよう封じる術式が刻まれている。
部屋には国王、フェルナンド、レーア、リーネ、妖精族の長。それから湊とクロがいた。扉の外には兵が二人立っている。
オウルは一人ずつ顔を見た。
「始めてください」
声は弱い。それでも、目を伏せなかった。
フェルナンドが机へ記録板を置く。
「体調に異常が出たら、その場で中断します」
「大丈夫です」
「それを決めるのは、あなたではありません。治療担当と族長に従ってください」
オウルは少しだけ俯いた。
「……はい」
*
最初に尋ねられたのは、十二人のことだった。
オウルの指が動き、布へ小さな皺が寄る。
「対象を選んだのは、僕です。一人で行動することが多い者。周囲との繋がりが薄い者。それから……魔力量の多い者を選びました」
一度、息を整える。
「僕が名前を挙げました」
「エイラは、何をしましたか」
フェルナンドが尋ねる。
「僕が対象に選んだ十二人を、エイラが一人ずつ呼び出しました。相談や治療を理由にして、薬を飲ませて眠らせたんです」
「ダリウスは、どう関わりましたか」
「巡回を動かしました。目撃者が出ないように。記録も……彼が直した」
オウルの視線が右手へ落ちる。
「眠った者を、僕が《物品化》しました」
手首の封印が、かすかに光った。
オウルの呼吸が浅くなる。妖精族の長が根へ触れると、寝台を囲む光が少し強くなった。
「続けられるか」
「はい」
オウルは目を閉じた。
「袋に入れて私室へ運びました。隠し扉の奥で元へ戻して、牢へ入れた」
湊の脳裏に、あの夜の牢が浮かぶ。
水差し。薬瓶。拘束具。そして、弱い呼吸を続けていた十二人。
「エイラが世話をしていました。薬と水を与えて、衰弱しすぎないように」
声が震えた。
「南方諸島へ送るまで、生かしておくために」
レーアの手が膝の上で握られた。それでも、口は挟まなかった。
フェルナンドが記録板から顔を上げる。
「始めたのは、いつですか」
オウルは首を振った。
「正確には、わかりません」
「覚えていないのですか」
「記憶はあります」
眉が寄る。
「自分の手が動いていた。エイラと話した。ダリウスから報告も受けていた。それは、残っています」
オウルは胸元へ手を置いた。
「でも、何のためにしているのかが繋がらなかった。人の顔も、場所も、順番も、朝になると嫌な夢を見たみたいにぼやけていた」
クロが寝台の足元から首筋を見上げる。
「術式は記憶を消していたわけではないらしいな。感情と判断を歪めて、見えているもの同士を結びつけにくくしていた」
オウルが静かに頷いた。
フェルナンドの声が少し硬くなる。
「それでも、計画したのはあなたたち三人です」
「はい」
オウルは顔を上げた。
「術式が、全部を命じたわけではありません」
部屋が静まる。
「エルフの民を、もっと優先するべきだと思っていました。世界樹の恩恵を、他種族へ分け続けていいのかとも」
紫の瞳が妖精族の長へ向く。
「妖精族が世界樹を管理することに、疑問を持ったこともあります」
妖精族の長は何も言わず、淡い光を揺らした。
「兄上には、国を導く力がある。レーア姉上は誰からも信頼されている。リーネは、誰にも縛られず外で生きていける強さを持っている」
リーネは黙って聞いていた。
「僕には、何もないと思っていました。《物品化》しかない。優しくしていればいい。難しいことは、ほかの者が決める。皆に、そう思われている気がしていた」
オウルは笑おうとした。けれど、口元はうまく形にならなかった。
国王が目を伏せる。
「それを、誰かに植えつけられたわけじゃありません」
オウルの手が首筋へ伸びかけ、途中で止まった。
「元から、僕の中にあった」
クロの尾がゆっくり動く。
「術式は、それを膨らませた。疑いを敵意へ、劣等感を支配したい気持ちへ寄せていった」
オウルはしばらく黙ったあと、頷いた。
「それでも、元がなければ生まれなかった」
自分の胸へ視線を落とす。
「僕のものです」
*
フェルナンドが記録板をめくった。
「北西の根へ運んだ魔物について聞きます。湊さんたちがニーズヘッグと呼んでいたものです」
オウルの顔から血の気が引いた。
「……はい」
「北西の根へ運んだのは、あなたですか」
長い沈黙のあと、オウルが頷いた。
「僕です」
指先が震える。
「大きな魔法袋を渡されました。中に何かが入っていた」
「中身は見ましたか」
「見ないようにしました」
オウルの呼吸がまた浅くなる。
「十二人を運んだ時と同じです。見れば、自分が何をしているか分かってしまうから」
目を閉じる。
「北西の根まで運んで、袋の中身を《物品化》から戻しました。黒い幼体が出てきて、そのまま根へ潜っていった」
湊の鼻の奥に、腐った根と毒の匂いが蘇った。
「額にあった術式について、何か知っていますか」
「知りません。僕が受け取った時には、もう刻まれていたと思います」
「誰から受け取りましたか」
オウルの目が開いた。
すぐには答えず、記憶を探るように眉を寄せる。
「最初に、僕へ近づいた男がいます」
部屋の空気が張った。
フェルナンドが尋ねる。
「名前は何と?」
オウルは一度、湊を見た。
「ヴェルナー・グレイス」
湊の指先が冷えた。
王城地下で、自分を見下ろしていた男の顔が浮かぶ。
レーアが息を呑み、国王の指が椅子の肘掛けの上で止まった。
「彼がこの国を訪れた時、僕とエイラ、ダリウスに近づきました。僕の考えを理解すると言った。僕なら、古い国を変えられると」
「術式を施された時の記憶はありますか」
「ありません」
オウルは首を振る。
「いつ、どうやってされたのかも分からない。ただ、彼と会ってから、あの夢が増えました」
フェルナンドは少し間を置いた。
「今回の回収班も、ヴェルナーが送った者だと思いますか」
「分かりません」
答えは早かった。
「僕が聞いていたのは、十二人を南方諸島へ渡すことだけです。あの六人が誰に仕えていたのかは知りません」
記録板へ筆が走る音だけがした。
湊も口を挟まなかった。
ヴェルナーの名は出た。
けれど、あの六人まで直接繋がったわけではない。
*
最後に、国王が口を開いた。
「オウル」
「はい」
「お前は、あの術式を受けた側でもある」
オウルの目が揺れる。
「だが、十二人を攫い、世界樹を傷つけた王族でもある」
「はい」
「治療を受けろ」
国王は短く言った。
「生きて、話せることを全て話せ。その後で裁きを受けよ」
オウルの唇が震えた。
「僕に、生きろと?」
「そう言った」
「エイラとダリウスは死んだのに」
レーアが立ち上がり、寝台のそばへ歩み寄った。
両手でオウルの手を包む。
「だからです」
柔らかな声だった。
「二人の死を理由に、あなたまでいなくならないでください」
「姉上……」
「償うことから逃げないで」
オウルの目から涙が落ちた。
握られた手を見たまま、かすれた声を出す。
「二人は……あの術式に動かされて、僕を庇ったんですか」
誰もすぐには答えなかった。
クロがオウルの首筋を見上げる。
「少なくとも、最後の瞬間は違う」
オウルの呼吸が止まる。
「盾を構えた時も、お前の袖を引いた時も、術式が二人を押した魔力の動きはなかった」
クロの声は静かだった。
「あれは、ダリウスとエイラ自身が選んだ動きだ」
オウルの顔が崩れた。
声は出ない。
レーアは手を離さなかった。
窓の外で、世界樹の葉が鳴る。
湿った風が部屋へ入り、薬草の匂いを少しだけ薄めた。
オウルは俯いたまま、長く泣いていた。




