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証言

オウルが目を覚ましたのは、二日後だった。


王宮の治療室には薬草の匂いが満ち、開いた窓から湿った森の風が入ってくる。寝台の周囲には細い世界樹の根が伸び、淡い光を脈打たせていた。


首筋の黒い筋は、まだ消えていない。薄く皮膚の下へ沈み、じっと動きを止めている。


オウルは枕へ背を預け、両手を布の上へ置いていた。拘束はされていないが、手首には《物品化》を使えないよう封じる術式が刻まれている。


部屋には国王、フェルナンド、レーア、リーネ、妖精族の長。それから湊とクロがいた。扉の外には兵が二人立っている。


オウルは一人ずつ顔を見た。


「始めてください」


声は弱い。それでも、目を伏せなかった。


フェルナンドが机へ記録板を置く。


「体調に異常が出たら、その場で中断します」


「大丈夫です」


「それを決めるのは、あなたではありません。治療担当と族長に従ってください」


オウルは少しだけ俯いた。


「……はい」



最初に尋ねられたのは、十二人のことだった。


オウルの指が動き、布へ小さな皺が寄る。


「対象を選んだのは、僕です。一人で行動することが多い者。周囲との繋がりが薄い者。それから……魔力量の多い者を選びました」


一度、息を整える。


「僕が名前を挙げました」


「エイラは、何をしましたか」


フェルナンドが尋ねる。


「僕が対象に選んだ十二人を、エイラが一人ずつ呼び出しました。相談や治療を理由にして、薬を飲ませて眠らせたんです」


「ダリウスは、どう関わりましたか」


「巡回を動かしました。目撃者が出ないように。記録も……彼が直した」


オウルの視線が右手へ落ちる。


「眠った者を、僕が《物品化》しました」


手首の封印が、かすかに光った。


オウルの呼吸が浅くなる。妖精族の長が根へ触れると、寝台を囲む光が少し強くなった。


「続けられるか」


「はい」


オウルは目を閉じた。


「袋に入れて私室へ運びました。隠し扉の奥で元へ戻して、牢へ入れた」


湊の脳裏に、あの夜の牢が浮かぶ。


水差し。薬瓶。拘束具。そして、弱い呼吸を続けていた十二人。


「エイラが世話をしていました。薬と水を与えて、衰弱しすぎないように」


声が震えた。


「南方諸島へ送るまで、生かしておくために」


レーアの手が膝の上で握られた。それでも、口は挟まなかった。


フェルナンドが記録板から顔を上げる。


「始めたのは、いつですか」


オウルは首を振った。


「正確には、わかりません」


「覚えていないのですか」


「記憶はあります」


眉が寄る。


「自分の手が動いていた。エイラと話した。ダリウスから報告も受けていた。それは、残っています」


オウルは胸元へ手を置いた。


「でも、何のためにしているのかが繋がらなかった。人の顔も、場所も、順番も、朝になると嫌な夢を見たみたいにぼやけていた」


クロが寝台の足元から首筋を見上げる。


「術式は記憶を消していたわけではないらしいな。感情と判断を歪めて、見えているもの同士を結びつけにくくしていた」


オウルが静かに頷いた。


フェルナンドの声が少し硬くなる。


「それでも、計画したのはあなたたち三人です」


「はい」


オウルは顔を上げた。


「術式が、全部を命じたわけではありません」


部屋が静まる。


「エルフの民を、もっと優先するべきだと思っていました。世界樹の恩恵を、他種族へ分け続けていいのかとも」


紫の瞳が妖精族の長へ向く。


「妖精族が世界樹を管理することに、疑問を持ったこともあります」


妖精族の長は何も言わず、淡い光を揺らした。


「兄上には、国を導く力がある。レーア姉上は誰からも信頼されている。リーネは、誰にも縛られず外で生きていける強さを持っている」


リーネは黙って聞いていた。


「僕には、何もないと思っていました。《物品化》しかない。優しくしていればいい。難しいことは、ほかの者が決める。皆に、そう思われている気がしていた」


オウルは笑おうとした。けれど、口元はうまく形にならなかった。


国王が目を伏せる。


「それを、誰かに植えつけられたわけじゃありません」


オウルの手が首筋へ伸びかけ、途中で止まった。


「元から、僕の中にあった」


クロの尾がゆっくり動く。


「術式は、それを膨らませた。疑いを敵意へ、劣等感を支配したい気持ちへ寄せていった」


オウルはしばらく黙ったあと、頷いた。


「それでも、元がなければ生まれなかった」


自分の胸へ視線を落とす。


「僕のものです」



フェルナンドが記録板をめくった。


「北西の根へ運んだ魔物について聞きます。湊さんたちがニーズヘッグと呼んでいたものです」


オウルの顔から血の気が引いた。


「……はい」


「北西の根へ運んだのは、あなたですか」


長い沈黙のあと、オウルが頷いた。


「僕です」


指先が震える。


「大きな魔法袋を渡されました。中に何かが入っていた」


「中身は見ましたか」


「見ないようにしました」


オウルの呼吸がまた浅くなる。


「十二人を運んだ時と同じです。見れば、自分が何をしているか分かってしまうから」


目を閉じる。


「北西の根まで運んで、袋の中身を《物品化》から戻しました。黒い幼体が出てきて、そのまま根へ潜っていった」


湊の鼻の奥に、腐った根と毒の匂いが蘇った。


「額にあった術式について、何か知っていますか」


「知りません。僕が受け取った時には、もう刻まれていたと思います」


「誰から受け取りましたか」


オウルの目が開いた。


すぐには答えず、記憶を探るように眉を寄せる。


「最初に、僕へ近づいた男がいます」


部屋の空気が張った。


フェルナンドが尋ねる。


「名前は何と?」


オウルは一度、湊を見た。


「ヴェルナー・グレイス」


湊の指先が冷えた。


王城地下で、自分を見下ろしていた男の顔が浮かぶ。


レーアが息を呑み、国王の指が椅子の肘掛けの上で止まった。


「彼がこの国を訪れた時、僕とエイラ、ダリウスに近づきました。僕の考えを理解すると言った。僕なら、古い国を変えられると」


「術式を施された時の記憶はありますか」


「ありません」


オウルは首を振る。


「いつ、どうやってされたのかも分からない。ただ、彼と会ってから、あの夢が増えました」


フェルナンドは少し間を置いた。


「今回の回収班も、ヴェルナーが送った者だと思いますか」


「分かりません」


答えは早かった。


「僕が聞いていたのは、十二人を南方諸島へ渡すことだけです。あの六人が誰に仕えていたのかは知りません」


記録板へ筆が走る音だけがした。


湊も口を挟まなかった。


ヴェルナーの名は出た。


けれど、あの六人まで直接繋がったわけではない。



最後に、国王が口を開いた。


「オウル」


「はい」


「お前は、あの術式を受けた側でもある」


オウルの目が揺れる。


「だが、十二人を攫い、世界樹を傷つけた王族でもある」


「はい」


「治療を受けろ」


国王は短く言った。


「生きて、話せることを全て話せ。その後で裁きを受けよ」


オウルの唇が震えた。


「僕に、生きろと?」


「そう言った」


「エイラとダリウスは死んだのに」


レーアが立ち上がり、寝台のそばへ歩み寄った。


両手でオウルの手を包む。


「だからです」


柔らかな声だった。


「二人の死を理由に、あなたまでいなくならないでください」


「姉上……」


「償うことから逃げないで」


オウルの目から涙が落ちた。


握られた手を見たまま、かすれた声を出す。


「二人は……あの術式に動かされて、僕を庇ったんですか」


誰もすぐには答えなかった。


クロがオウルの首筋を見上げる。


「少なくとも、最後の瞬間は違う」


オウルの呼吸が止まる。


「盾を構えた時も、お前の袖を引いた時も、術式が二人を押した魔力の動きはなかった」


クロの声は静かだった。


「あれは、ダリウスとエイラ自身が選んだ動きだ」


オウルの顔が崩れた。


声は出ない。


レーアは手を離さなかった。


窓の外で、世界樹の葉が鳴る。


湿った風が部屋へ入り、薬草の匂いを少しだけ薄めた。


オウルは俯いたまま、長く泣いていた。


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