夜明け
リーネが戻ってきた。
その腕にはエイラが抱かれていた。少し遅れて、二人の兵がダリウスを運んでくる。割れた盾も一緒だった。
二人の体が布の上へ並べられる。
治療担当が脈を確かめ、首を振った。
分かっていた。それでも、リーネは目を逸らさなかった。
エイラの指は固く曲がり、最後までオウルの袖を掴んでいた形のままだった。ダリウスの腕にも、盾の革紐が深く食い込んでいる。
「二人とも、オウルさんを守った」
湊が言うと、リーネは短く頷いた。
「うん」
兵が二人へ白い布をかける。夜風に端が小さく揺れた。
*
爆発した岩場の捜索は、夜のうちに続けられた。
外部班が持っていた半分の通行標。オウルが持っていたもう半分。砕けた魔道具や武器の残骸も、一つずつ箱へ収められていく。
湊は並べられた二枚の札を見た。
切断面はぴたりと合っている。あの場で重ねられた時と同じ形だった。
クロが隣の箱へ前足をかける。
「向こうは、最初からオウルたちを待っていたわけだ」
「ああ」
「だが、誰の命令で来たのかまでは残らなかったな」
爆心に近かった六人は、生きて捕らえられなかった。
湊の視線が別の箱へ移る。
中には、煤にまみれた黒い破片が入っていた。爆ぜる直前、中央の男の胸元で光っていた物の一部らしい。
クロが鼻先を寄せ、金色の目を細める。
「触るな」
湊は伸ばしかけた手を止めた。
クロは破片の周囲をゆっくり回った。表面に残った細い溝を追い、しばらく黙る。
「魔力を内側で崩して、一気に外へ吐き出す術式だな」
「自爆用?」
「そう見える。起動すれば、持ち主ごと周囲を巻き込む」
クロが尾を一度振った。
「記録するなら……《魔力崩壊核》とでも呼ぶか」
湊は黒い破片を見る。
「仮の名前?」
「ああ。作った連中が何と呼んでいるかは知らん」
箱の蓋が閉じられた。
対になった通行標と、爆発した黒い魔道具。秘匿牢も、十二人の記録も残っている。
まだ繋がっていない場所はある。
けれど、消えずに残ったものもあった。
クロの足元がふらついた。
湊はすぐ両手で抱き上げる。
「寝た方がいい」
「まだ見る物がある」
「ここから見ればいいだろ」
外套の内側へ入れると、黒い頭だけが胸元から出た。
クロが耳を伏せる。
「……子供扱いするな」
「してないよ」
そう答えると、クロは鼻を鳴らした。出ようとはしなかった。
*
夜は長かった。
十二人には毛布がかけられ、治療担当が絶えず行き来していた。水を含ませ、呼吸と脈を確かめる。意識を取り戻した者もいたが、ここが安全だとだけ伝え、事情は聞かずに休ませた。
オウルは眠ったままだった。
時折、眉が寄る。何かから逃げるように指が動くたび、リーネが寝台の横へ座った。
触れはしない。
ただ、そこにいた。
シロは十二人のそばを離れず、大きな体を丸めて冷たい風を遮っている。アカはその背に乗り、炎を小さく灯していた。
――あさ、まだ?
――もう少しだ。
――みんな、かえる?
湊は暗い森を見る。
――帰る。
*
東の空が薄くなった。
黒かった木々の輪郭が少しずつ青へ変わる。地面の下から低い震えが伝わり、世界樹の葉が一斉に鳴った。
一夜にわたり国を閉じていた力が、根へ戻っていく。
透明な壁がゆっくりとほどけ、張り詰めていた空気が緩んだ。同時に森の光が弱まり、枝先から何枚か葉が落ちる。
妖精族の長が告げていた代償だった。
リーネが立ち上がる。
「道が戻った」
兵たちが十二人の寝台を持ち上げた。オウルも別の寝台へ移され、その後ろには白い布をかけられたエイラとダリウスが続く。
列は静かに森へ入った。
*
国境の内側で、国王たちが待っていた。
フェルナンドとレーア。妖精族の長。その後ろには兵と治療担当が控えている。
レーアが駆け寄った。
最初に十二人の寝台を一つずつ見て、顔を確かめていく。
「全員ですか」
「はい」
湊が答えた。
「十二人全員、生きています」
レーアが長く息を吐いた。両手で口元を覆い、すぐに顔を上げる。
「治療棟へ。家族には、生存したことを先に伝えてください。事情を聞くのは、体が戻ってからです」
フェルナンドが続けて指示を出し、十二人の寝台が王宮へ運ばれていく。
レーアは最後までそれを見送った。
そのあとで、オウルの寝台へ近づく。
足が途中で止まった。
オウルの顔は白く、首筋には薄い黒い筋が残っている。
レーアは震える指を伸ばし、そっと手へ触れた。
「温かい……」
国王は何も言わず、眠るオウルを見つめていた。
やがて視線が後ろへ移る。
二つの白い布。
「エイラと、ダリウスか」
「はい」
リーネが答えた。
「二人がオウル兄さまを守った」
国王の目が閉じられた。
しばらく沈黙が落ちる。
「二人も王宮へ」
低い声だった。
「行ったことも、最後にしたことも、調べる。どちらも消してはならない」
フェルナンドが頷く。
「承知しました」
*
オウルの寝台が動き始めた、その時だった。
瞼がわずかに開く。
「……姉上」
レーアがすぐ身を屈めた。
「ここにいます」
オウルの目がゆっくり周囲を探る。
国王。フェルナンド。リーネ。湊。
そして、その後ろに続く二つの白い布。
紫の瞳が揺れた。
「十二人は」
「全員、生きています」
レーアが答える。
オウルは目を閉じた。
頬を一筋だけ涙が流れる。
「父上」
国王が寝台の横へ立つ。
「聞いている」
「僕は……」
声が途切れた。
オウルは浅く息を整え、もう一度目を開いた。
「全部、話します」
国王はすぐには答えなかった。
しばらくオウルの顔を見下ろし、やがて短く言う。
「まず生きろ」
オウルの瞳が揺れる。
「話すのは、その後だ」
瞼が閉じる。
寝台は再び王宮へ向かって動き出した。
朝の光が、弱った森へ差し込んでいた。葉の間を抜けた淡い光が、静かに列を照らしていた。




