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崩壊

リーネの指が動いた。


湊は分身を根の陰から走らせた。六人の視線が一斉にそちらへ向き、前にいた二人が武器を抜く。魔術師の杖にも光が集まり、中央の男は伸ばしていた手を引いた。


「誰だ!」


オウルも振り返る。


その瞬間、湊は近くの影へ沈んだ。


外の音も景色も消える。《マッピング》でオウルの位置を捉え、その足元へ続く影を辿る。


次に全身を戻した時、目の前に黒い魔法袋があった。


オウルが息を呑む。


「湊、さん……?」


湊は答えず、無銘を振った。刃が肩紐だけを断ち、落ちかけた袋を左腕で抱える。


背後で魔力が膨らんだ。


湊はそのまま影へ沈む。


直後、さっきまでいた場所を火球が焼いた。



岩の窪地へ続く影から全身を戻した。


勢いを殺しきれず、片膝が地面へつく。腕の中には、黒い魔法袋があった。


シロが駆け寄る。


――みんな?


「たぶん、この中だ」


袋に目立った傷はない。


湊は治療担当へ差し出した。


「開けないでください。中身を戻す方法を確認するまで、このままで」


治療担当が両手で受け取る。シロはすぐにその前へ立ち、銀色の体で袋を隠した。アカも背から飛び降り、その横で羽根を広げる。


これで、十二人は戦場から離れた。


湊は《並列思考》のもう一方へ意識を向ける。分身はまだ動いていた。


「確保した!」


分身の声が夜の岩場へ響いた。



リーネが踏み込んだ。


一息で中央の男との距離を詰め、振り抜いた剣で手の中の通行標を弾く。そのまま返した刃が魔術師の杖を叩き落とした。


もう一人が詠唱を始める。


リーネは足元の石を蹴った。


乾いた音とともに石が額へ当たり、詠唱が途切れる。


「動かないで」


低い声だった。


六人が散って囲もうとする。だが、誰かが一歩入るたびに銀の剣が走り、剣や短槍、杖だけが地面へ落ちた。


ダリウスが盾を構え、オウルの前へ出る。


「オウル様。お下がりください」


エイラもふらつくオウルの腕を支えた。


オウルは、魔法袋のなくなった肩を押さえている。


「十二人を……」


視線が分身へ向いた。


焦りと怒りが浮かび、その奥で何かに戸惑うように瞳が揺れる。


「返せ」


掠れた声だった。


「返せ。あれがなければ……」


言葉が途切れた。


オウルが頭を押さえる。


「違う……僕は、何を……」


エイラの顔が強張った。


「オウル様」


「エイラ」


オウルは自分を支える手を見た。


「僕たちは、何をしている」


その声だけが、湊の知っているオウルに戻っていた。


エイラの唇が震える。


ダリウスも盾越しに振り返った。


クロが低く唸る。


「術式が揺れている」


オウルの首筋に、黒い筋が浮かんだ。細い根のようなものが皮膚の下を走り、エイラとダリウスも同時に息を詰まらせる。


三人の魔力が、引き合うように脈打った。


「リーネ。三人を離せ!」


クロの声に、リーネが踏み出す。


その時だった。


中央の男が、血の滲んだ手を自分の胸へ押し当てた。


鎧の隙間から濁った光が漏れる。


クロの毛が逆立った。


「伏せろ! そいつ、爆ぜるぞ!」



分身の視界に、膨らむ光が見えた。


湊は反射的に分身を走らせる。


男の肩へ手が届く。


その瞬間、濁った光が弾けた。


白い閃光が分身の視界を塗り潰し、《並列思考》の片側が強く途切れる。湊は頭を押さえ、膝をついた。


直後、森の向こうから爆音が届いた。


熱い風と土埃が岩の窪地まで押し寄せる。シロは治療担当と魔法袋の前へ体を入れ、アカも低く炎を広げた。


袋は無事だった。


湊は歯を食いしばって立ち上がる。


「ここを頼む」


シロが振り向いた。


――みなと。


「戻る」


湊は影へ沈んだ。



岩場へ戻ると、焦げた匂いが鼻を刺した。


熱を持った土から煙が立ち、細かな木片がまだ落ちている。受け渡しに来た六人の姿は、崩れた地面と煙の向こうへ消えていた。


リーネは少し離れた場所で膝をつき、腕の中にクロを抱えている。外套は裂け、頬に細い傷が走っていた。


「大丈夫か」


「あたしは平気」


リーネの声はかすれていた。


湊の視線が、その先へ動く。


大きな盾が地面へ突き立っていた。


ダリウスが、その後ろに立っている。


背中の鎧は砕け、盾を支える腕はもう動いていなかった。それでも体だけは最後まで、オウルの前に残っている。


さらに後ろでは、エイラがオウルへ覆いかぶさっていた。


片手が外套の袖を握っている。


爆発の瞬間、ダリウスの盾の後ろへ引いたのだと分かった。


「……エイラ」


オウルの手が、彼女の下から伸びた。


返事はない。


「ダリウス」


割れた盾も動かない。


オウルは二人を見た。何度も視線を往復させ、目の前の形を理解できないように唇を震わせる。


「なぜ……」


首筋の黒い筋が膨れた。


オウルの体が大きく跳ねる。


同時に、エイラとダリウスの体から黒い光が抜けた。二本の細い筋が宙を走り、オウルの胸へ吸い込まれる。


クロがリーネの腕から飛び降りた。


「従側が切れた。主へ戻っている」


紫色の魔力がオウルの体から噴き上がる。


周囲の根が軋み、土が震えた。


オウルが顔を上げる。


涙が頬を流れていた。


「殺す……」


声は低く、掠れている。


「全部……奪った者を……」


誰へ向けているのか分からない言葉だった。


湊の手が無銘へ伸びかけた。だが、そこで止める。


クロが、皮膚の下で蠢く黒い筋を見据える。


「湊。押さえろ」


「ああ」


「今度は、体ではない」


オウルの魔力が、さらに膨れ上がった。


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