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翌日。新月まで、あと二日。


結界術師が根の節点を整え、守備隊が国境へ向かった。オウルも、エイラも、ダリウスも働き続けている。


秘匿牢には薬と水が運ばれた。妖精族の長が周囲の根から流れを見張り、湊もエイラの位置を追ったが、十二人の命に大きな変化はなかった。


その日は、それだけで終わった。


さらに翌朝。


新月まで、あと一日。


王族による最終確認が始まった。



湊は王宮の作業所に立っていた。


机の上には区画ごとの確認記録が積まれ、結界術師が印を確かめ、守備隊が人員を照合している。最後に担当する王族が根の節点を確認し、魔力印を残す手順だった。


フェルナンドが地図へ指を置く。


「私とレーアは東側。リーネは北側を担当します」


残った区画へ指先が移った。


「オウルは南西側です」


湊は色分けされた地図を見る。個々の節点までは描かれていない。


「非常避難路も南西側に?」


「あります。正確な場所は担当者と同行する結界術師にだけ伝えます」


予定どおりだった。


そこへレーアが入ってきた。後ろにはオウル、エイラ、ダリウスもいる。


「兄上。担当区画の記録を受け取りに来ました」


フェルナンドが木札と巻物を渡す。


「結界術師二人が同行します。確認順は記録のとおりに」


オウルは巻物へ目を通した。途中で一度だけ指が止まる。


「非常避難路は最後ですか」


「その予定です」


「分かりました」


巻物を閉じたオウルへ、レーアが近づいた。外套の襟を直す。


「無理をしないで」


「姉上こそ」


オウルが笑い、レーアも微笑み返した。


昨日までと変わらない姉弟だった。



オウルたちが王宮を出てから、湊も時間を置いて森へ入った。


クロと妖精族の長は別の経路から南西へ向かっている。リーネは北側の担当へ出たように見せ、そのまま待機する制圧班へ合流する手筈だった。


《マッピング》を開く。


オウル。エイラ。ダリウス。


三つの名前付きピンが南西へ進んでいた。その近くには、同行する結界術師二人の光点もある。


湊は距離を取り、別区画の点検を手伝いながら動きを追った。


一つ目。


二つ目。


三つ目。


決められた順番で確認が進む。


昼を過ぎた頃、オウルの一行が小さな休憩所へ入った。少しして、ダリウスだけが外へ出る。


近くの守備隊と何か話し、兵を別の節点へ向かわせた。


《マッピング》の光点が動く。


確認順が変わった。


ダリウスが休憩所へ戻り、ほどなくオウルたちが再び出てきた。同行していた結界術師は一人になっている。もう一人は、離れた区画へ向かっていた。


オウル、エイラ、ダリウス。それに結界術師が一人。


四人は森の奥へ進んでいった。


湊も歩き出した。



根が幾重にも重なる場所だった。


淡い霧が地面を這い、湿った空気が肌へまとわりつく。太い根の間には古い石柱が一本立ち、その表面に消えかけた術式が刻まれていた。


非常避難路の節点。


《マッピング》では、ただの根と石柱にしか見えない。通行許可も、登録された内容も映らなかった。


湊は離れた木陰の影へ沈んだ。


外の姿も音も消える。


影のつながりと《マッピング》を頼りに、石柱の近くまで渡る。同行していた結界術師の光点がオウルたちから離れ、少し先の根へ移った。


ダリウスは石柱へ近づく道に立っている。


湊は石柱の裏へつながる影で止まった。


《隠密》《音操》《認識阻害》。


三つを重ね、全身を影の外へ戻す。


湿った森の匂いと音が一気に戻った。石柱を挟んだ向こう側に、三人がいる。


「今のうちに」


ダリウスの声だった。


エイラが懐から硬い札を取り出し、石柱の窪みへ差し込む。淡い光が走り、周囲の根が低く脈打った。


オウルが右手を石柱へ置く。


紫色の魔力が指の間から流れ込んだ。


石柱の表面へ文字が浮かぶ。


通行対象――オウル・ファルシオン。


護衛二人。


携行物。


その下に、新月の夜を示す時刻が刻まれていく。


評議で示された非常時の使用予定とは違う。


オウルの魔力が最後の線を描き、紫色の印となって石柱へ沈んだ。


「これで通れる」


声は静かだった。


エイラが通行札を抜き取る。


「誰にも気づかれておりません」


「記録も直してあります」


ダリウスが周囲を見た。


「この節点は、正規の確認済みとして処理されます」


オウルの右手が石柱から離れた。


指先が小さく震えている。


「十二人を……外へ」


呟きが途中で切れた。


オウルは眉間を押さえた。


「オウル様?」


エイラが一歩寄る。


「大丈夫だ」


ゆっくり顔を上げる。


そこには、いつもの穏やかな表情が戻っていた。


「少し疲れただけだよ」


湊の指が無銘の柄へ触れた。


今なら三人とも近い。


だが、閉じた根の奥には十二人が残っている。


柄から手を離した。


長居はできない。


湊は再び影へ沈んだ。


少しして、離れていた結界術師の光点が戻ってくる。


「確認が終わりました」


「こちらも問題ありません」


オウルの声が返った。



節点から十分に離れてから、湊はクロへ念話を送った。


――見た。


王族の魔力印。


新月の夜。


オウル本人、護衛二人、携行物。


短く区切って伝える。


――確認する。


返ってきたクロの声は硬かった。


指定された場所で待つと、やがてクロと妖精族の長が現れた。


三人で節点へ戻る。


妖精族の長は石柱の前へ立ち、細い手を根へ触れた。目を閉じると、腕から淡い金色の光が流れ込んでいく。


しばらくして、翠の目が開いた。


「残っている」


長の声が低い。


「未承認の王族印。時刻は新月の夜。通行対象は王族一人、護衛二人、携行物」


クロが湊を見る。


「一致したな」


「ああ」


「評議の承認にはない」


妖精族の長が石柱から手を離した。


三人の間を、湿った風が抜ける。


湊は石柱を見た。


この許可を消せば、オウルたちは別の動きをする。


牢にいる十二人を連れて、ここを通るつもりなら。


「このまま残せますか」


妖精族の長を見る。


「できる。こちらから流れを見張ることもな」


「お願いします」


長は静かに頷いた。


クロが尾を揺らす。


「配置を変えるぞ。向こうが来る前に、こちらが先に待つ」


「ああ」


森の奥では、オウルたちのピンが王宮へ向かっていた。


湊はそのうちの一つを見つめる。


広場で妖精へ手を差し伸べた手。


十二人の名簿を抱えていた手。


今、その同じ手が石柱へ紫の印を刻んだ。


新月まで、あと一日。


閉じるはずの森に、一つだけ道が残った。


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