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十二人

湊は扉を開いた。


夜の廊下に人影はない。世界樹の根から漏れる淡い光が、床へ細長い影を落としていた。


「シロ、アカ。ここにいてくれ」


シロの耳が立つ。


――いっしょ、いく。


「今は隠れて動きたい。頼む」


しばらく湊を見上げていたシロが、やがて耳を伏せた。アカも肩へ飛ぼうとしたが、クロの前足に止められる。


「お前もだ。炎を纏った鳥が隠密に向くと思うか」


「ぴぃ……」


アカが不満そうに羽根を膨らませた。


湊はクロを見る。


「行ってくる」


「《影渡り》では私はついていけん。見つけても、今夜は動くな。命に関わるなら別だ」


「ああ」


クロの金色の目が細くなる。


「戻ってこい」


「うん」



《マッピング》を展開する。


エイラのピンは、存在しない壁の奥で止まっていた。オウルは自室。ダリウスは詰所を離れ、エイラのいる場所へ近づいている。


湊は廊下を進んだ。《隠密》と《音操》を重ね、壁際の影へ沈む。


外の姿も音も消える。


頼れるのは《マッピング》と、影同士がつながる感覚だけだった。


ダリウスのピンが、根の壁の前で止まる。その周囲にいた光点が、一つは階段へ、二つは反対側の回廊へ離れていった。


巡回が外れていく。


湊は壁に近い影まで渡り、そこで止まった。


《認識阻害》を重ねる。


三つ同時なら、長くは持たない。


影から全身を出した。


太い根の陰。数歩先にはダリウスが立ち、記録板へ何かを書き込みながら左右を見ている。


ほどなく、壁の奥から硬い音がした。


絡み合っていた根がゆっくり左右へ分かれ、冷たい空気が流れ出す。薬草と古い金属の匂いが混じっていた。


隙間からエイラが現れた。


手には木の盆。空の水差しと汚れた布、小さな薬瓶が載っている。


「全員、変わりありません」


「新月までは?」


「保たせます」


ダリウスが記録板を閉じる。


「明日も同じ時刻に巡回を外す」


「お願いします」


二人が離れていく。


根の扉が閉じ始めた。


湊は息を止め、狭くなる隙間へ体を滑り込ませた。


背後で根が噛み合う。


三重の能力を使い始めてから、まだ一分も経っていない。



扉が閉じると、《マッピング》から周囲の構造が抜け落ちた。


匿名の光点もない。


そこに空間があるはずなのに、能力の中では根の塊にしか見えなかった。


湊は《認識阻害》を解き、《隠密》と《音操》だけを残した。


青白い魔石灯の下に、細い通路が伸びている。壁は絡み合った世界樹の根で作られ、奥には古い治療台、水を引く溝、薬の棚が並んでいた。


さらに先に、白い根で編まれた牢がある。


人がいた。


寝台に横たわる者。壁にもたれて眠る者。意識を失ったように動かない者。手首と足首には、淡く光る拘束具が嵌められている。


湊は牢の前を進んだ。


一人目。


胸が上下している。


二人目も、三人目も。


牢の根には名前を記した木札が差し込まれ、枕元には水と薬、新しい布が置かれていた。


懐から名簿を出し、一枚ずつ照らし合わせる。


六人目は呼吸が浅かった。湊は足を止めたが、胸はゆっくり上下している。


七人。八人。九人。


最後の牢まで進んだ。


十二人。


全ての名が一致した。


全員、生きている。


湊の肩から力が抜けかけた、その時だった。


牢の中で誰かの瞼が揺れた。


苦しそうな息が漏れる。


呼びかければ届く距離だった。


手が動きかける。


明日もエイラはここへ来る。


湊は指を握り込んだ。


声をかけず、触れず、牢の配置と拘束具、薬、水の状態を目に焼きつける。呼吸の浅い者の位置も覚えた。


それから名簿を懐へ戻し、来た道を引き返した。



根の扉の前まで戻る。


内側から開く仕組みは見当たらない。


湊は足元に落ちる細い影へ沈んだ。


また、外の姿と音が消える。《マッピング》も防諜術式に遮られたままだ。


影のつながりだけを探る。


一度、方向が曖昧になった。


焦らず止まる。


冷たい闇の向こうに、外の廊下へ続く影の感触があった。そこへ渡る。


次に全身を戻した時、湊は誰もいない廊下に立っていた。


《マッピング》が一気に戻る。


エイラはオウルの自室近く。ダリウスは詰所へ戻っている。


湊は来た道を急いだ。



客室の扉を閉めると、クロが正面に座っていた。シロとアカも起きている。


「いたか」


「ああ」


「何人だ」


「十二人。全員、名簿と一致した」


シロが立ち上がる。


――いきてる?


「全員、生きてる」


小さな尾が大きく揺れた。


クロは湊の手を見る。


「何もしなかったな」


「ああ」


握っていた掌には、爪の跡が残っていた。


「一人、呼吸が浅かった。でも、薬も水もある。エイラが明日も来るって話してた」


クロの尾が、湊の膝へ触れる。


「よく戻った」


湊は椅子へ腰を下ろした。


「エイラが中を管理してる。ダリウスは周辺の巡回を外してた。二人で時間を合わせてる」


「オウルは」


「牢では見てない」


湊は首を振る。


「入口は世界樹の根に隠されてた。《マッピング》も中の構造を拾えなかった」


クロが目を細めた。


「まずは十分だ」



同じ夜、中枢班が集められた。


国王、フェルナンド、レーア、リーネ、妖精族の長。湊は秘匿された部屋で、自分が見たものを順に話した。


十二人全員の生存。名簿との一致。魔力を封じる拘束具。給水と薬。エイラの管理。そして、ダリウスが秘匿牢の周囲から巡回を外していたこと。


報告が終わると、リーネが剣の柄へ手を置いた。


「今なら助けられる?」


「牢の場所は分かった。助けられる」


湊は答えた。


「でも、今夜動けばエイラとダリウスには気づかれる」


「……うん」


リーネの指に力が入る。


妖精族の長が淡い光を揺らした。


「場所が分かったなら、周囲の根から水とマナの流れを見よう。大きな乱れがあれば知らせる」


フェルナンドも地図へ目を落とす。


「近くへ兵と治療担当を置きます。牢の存在までは知らせません」


国王はしばらく黙っていた。


やがて口を開く。


「監視を続ける。十二人の命に危険が出た時は、作戦を捨てて救出する」


「はい」


湊は頷いた。


リーネの手が、ゆっくり剣から離れた。


新月まで、あと三日。


十二人の居場所は分かった。


閉じた根の向こうに残した浅い呼吸が、まだ耳の奥に残っていた。


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