仮面
三日目。湊は広場へ出ていた。
世界樹の森の中にも、人の暮らしが集まる場所はある。木々の間に開けた広場へ、果実や薬草、織物を並べた露店が続いていた。人間の街ほど声は飛び交わないが、品を選ぶ会話や布の擦れる音が静かに重なっている。
端の方には、他種族の商人もいた。鉱石を積んだドワーフの荷車。香辛料を並べる人間の行商人。数は多くない。
湊はクロ、シロ、アカを連れて、その間を歩いた。昨日見た消失地点が頭に残っている。森の中で誰がどう動き、外から来た者がどこまで入り込めるのか。少しでも普段の様子を見ておきたかった。
肩の上で、クロの耳が動いた。
「オウルだ」
広場の向こうに、銀髪の青年がいた。側仕えも護衛もいない。一人で露店を回り、店主と言葉を交わしている。
果実を手に取って何か尋ね、年老いた店主の返事に笑う。通りすがりの子供に呼び止められれば、足を止めて目線を合わせた。昨日の食卓にいたオウルと変わらない。
湊は歩く速度を落とした。
*
鉱石を積んだ荷車が広場へ入ってきた。三人のドワーフが慣れた様子で荷を下ろし始める。
オウルがそちらを見た。ほんの一瞬、笑みが消える。細められた目が荷車を追った。
先頭のドワーフが気づいて頭を下げると、オウルはすぐに柔らかな笑みを戻し、同じように会釈を返した。ほんの一瞬の違和感。
少し先では、人間の行商人が箱を抱え直した拍子に、小さな包みを落とした。オウルの足元まで転がっていく。
「申し訳ありません、王子殿下」
行商人が慌てて駆け寄る。
「構わないよ。気をつけて」
オウルは穏やかに答え、一歩だけ足を引いた。行商人が包みを拾い、何度も頭を下げて去っていく。
オウルはその背を見送った。口元は笑ったままだったが、指先が衣の裾を払う。
リーネから聞いた言葉が蘇る。昔より怒りっぽくなった。エルフ以外の相手に、きついことを言う時がある、と。
*
小さな羽音がした。淡い光をまとった妖精が、一匹、広場を横切ってくる。
オウルの肩を掠め、妖精が空中で体勢を崩した。
「あっ」
オウルはすぐに手を差し出す。
「大丈夫か。怪我はない?」
妖精がその指へ一度だけ止まった。オウルは笑っている。
小さく鳴いた妖精は再び飛び上がり、光の粒を残して世界樹の方へ消えていった。
「よかった」
その声も優しかった。
オウルが歩き出す。ちょうど湊のいる露店の前を横切った。距離は数歩しかない。
その時、唇が動いた。
「……忌々しい、羽虫どもが」
低い声だった。湊の足が止まる。
オウルはそのまま歩いていき、すれ違ったエルフに呼びかけられると、また穏やかに笑った。さっき妖精へ伸ばした手も、今の言葉も、どちらもひどく自然だった。
シロが湊の脚へ体を寄せる。不安がパスを通じて伝わってきた。
――みなと?
――大丈夫。
湊はオウルの背中を見た。
「クロ」
「ああ」
「今の、どう思う」
肩の黒猫も同じ背中を見ていた。少しして、金色の目が細くなる。
「近くを通った時に感じた。精神へ触れている術式がある」
「オウルに?」
「ああ。本人の魔力とは馴染み方が違う。外から食い込んだ痕がある」
湊は、妖精へ差し伸べられた手を思い出した。
「優しい方も、作ってるようには見えなかった」
「私にもそう見えた」
クロの尾が肩へ触れる。
「術式は深く絡んでいる。無理に剥がせば本人を傷つける」
「外せる?」
「ここからでは無理だ」
オウルの姿が木々の向こうへ消えた。湊はしばらく、その場所を見ていた。
*
王宮へ戻る頃には、広場のざわめきが遠くなっていた。
廊下を歩き、リーネの部屋の前で足を止める。扉を叩いた。
「はい?」
中から声が返る。
「リーネさん。話がある」
少し間があった。
「入って」
湊は扉を開けた。




