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仮面

三日目。湊は広場へ出ていた。


世界樹の森の中にも、人の暮らしが集まる場所はある。木々の間に開けた広場へ、果実や薬草、織物を並べた露店が続いていた。人間の街ほど声は飛び交わないが、品を選ぶ会話や布の擦れる音が静かに重なっている。


端の方には、他種族の商人もいた。鉱石を積んだドワーフの荷車。香辛料を並べる人間の行商人。数は多くない。


湊はクロ、シロ、アカを連れて、その間を歩いた。昨日見た消失地点が頭に残っている。森の中で誰がどう動き、外から来た者がどこまで入り込めるのか。少しでも普段の様子を見ておきたかった。


肩の上で、クロの耳が動いた。


「オウルだ」


広場の向こうに、銀髪の青年がいた。側仕えも護衛もいない。一人で露店を回り、店主と言葉を交わしている。


果実を手に取って何か尋ね、年老いた店主の返事に笑う。通りすがりの子供に呼び止められれば、足を止めて目線を合わせた。昨日の食卓にいたオウルと変わらない。


湊は歩く速度を落とした。



鉱石を積んだ荷車が広場へ入ってきた。三人のドワーフが慣れた様子で荷を下ろし始める。


オウルがそちらを見た。ほんの一瞬、笑みが消える。細められた目が荷車を追った。


先頭のドワーフが気づいて頭を下げると、オウルはすぐに柔らかな笑みを戻し、同じように会釈を返した。ほんの一瞬の違和感。


少し先では、人間の行商人が箱を抱え直した拍子に、小さな包みを落とした。オウルの足元まで転がっていく。


「申し訳ありません、王子殿下」


行商人が慌てて駆け寄る。


「構わないよ。気をつけて」


オウルは穏やかに答え、一歩だけ足を引いた。行商人が包みを拾い、何度も頭を下げて去っていく。


オウルはその背を見送った。口元は笑ったままだったが、指先が衣の裾を払う。


リーネから聞いた言葉が蘇る。昔より怒りっぽくなった。エルフ以外の相手に、きついことを言う時がある、と。



小さな羽音がした。淡い光をまとった妖精が、一匹、広場を横切ってくる。


オウルの肩を掠め、妖精が空中で体勢を崩した。


「あっ」


オウルはすぐに手を差し出す。


「大丈夫か。怪我はない?」


妖精がその指へ一度だけ止まった。オウルは笑っている。


小さく鳴いた妖精は再び飛び上がり、光の粒を残して世界樹の方へ消えていった。


「よかった」


その声も優しかった。


オウルが歩き出す。ちょうど湊のいる露店の前を横切った。距離は数歩しかない。


その時、唇が動いた。


「……忌々しい、羽虫どもが」


低い声だった。湊の足が止まる。


オウルはそのまま歩いていき、すれ違ったエルフに呼びかけられると、また穏やかに笑った。さっき妖精へ伸ばした手も、今の言葉も、どちらもひどく自然だった。


シロが湊の脚へ体を寄せる。不安がパスを通じて伝わってきた。


――みなと?


――大丈夫。


湊はオウルの背中を見た。


「クロ」


「ああ」


「今の、どう思う」


肩の黒猫も同じ背中を見ていた。少しして、金色の目が細くなる。


「近くを通った時に感じた。精神へ触れている術式がある」


「オウルに?」


「ああ。本人の魔力とは馴染み方が違う。外から食い込んだ痕がある」


湊は、妖精へ差し伸べられた手を思い出した。


「優しい方も、作ってるようには見えなかった」


「私にもそう見えた」


クロの尾が肩へ触れる。


「術式は深く絡んでいる。無理に剥がせば本人を傷つける」


「外せる?」


「ここからでは無理だ」


オウルの姿が木々の向こうへ消えた。湊はしばらく、その場所を見ていた。



王宮へ戻る頃には、広場のざわめきが遠くなっていた。


廊下を歩き、リーネの部屋の前で足を止める。扉を叩いた。


「はい?」


中から声が返る。


「リーネさん。話がある」


少し間があった。


「入って」


湊は扉を開けた。


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