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死角

翌朝。


湊はクロ、シロ、アカを連れて森の外縁へ向かった。昨日レーアから聞いた、行方不明者が最後に確認された場所を一つずつ見るためだ。


リーネは王宮に残っている。家族と話すこともあるし、レーアから事件についてもう少し詳しく聞いておくと言っていた。


森へ入ると、朝露の匂いが濃くなった。湿った土を踏むたび、靴の裏で柔らかな苔が沈む。



最初の場所は、森の南東側だった。


十一か月前。最初の一人が姿を消した場所だ。


細い道から数歩外れるだけで、太い幹と低い枝が視界を塞いだ。振り返っても、さっきまで歩いていた道が葉の向こうへ半分ほど隠れている。


湊は周囲を見回した。


「……見えないな」


肩のクロが耳を動かす。


「十歩も離れれば、道からはほとんど見えん。声も通りにくい」


風が吹く。葉擦れの音が重なり、少し先で落ちた小枝の音さえすぐに紛れた。


シロが地面へ鼻を寄せる。何度か場所を変えて匂いを探ったあと、顔を上げた。


――ない。


十一か月前だ。残っていなくてもおかしくない。


「次へ行こう」


そこから二つ目、三つ目と回った。


九か月前。七か月前。


どちらも道から少し外れた場所だった。木々が密集し、人の目が届かない。争った跡も、残された物もない。


さらに先へ進む。


五か月半前。四か月半前。三か月半前。


湊は歩きながら、頭の中で日付を並べていた。


「……間が短くなってる」


クロが答える。


「ああ」


三か月前。二か月半前。二か月前。


一か月半前。一か月前。


そして最後は、十日前。


最後の場所も、細い採取道からわずかに外れた窪地だった。頭上まで枝が重なり、昼前なのに薄暗い。


湊はしゃがみ、土へ指を触れた。


乾きかけた落ち葉が崩れるだけだった。血もない。引きずった跡もない。


「獣人国の時と似てる」


バルムでも、一人になった者が痕跡を残さず消えていた。


クロが地面を見下ろす。


「偶然にしては揃いすぎているな」


「一人になる場所。見られにくい場所」


「それに、次第に間隔が短くなっている」


湊は立ち上がった。


誰かが待っていたようにしか見えない。


どこで一人になるのか。どの道なら人目が切れるのか。


森の外から眺めているだけでは、ここまで都合よく選べない。


「……中を知ってる奴がいる」


クロはすぐには答えなかった。


やがて、尾の先が一度だけ揺れる。


「その可能性は考えておけ」


湊は頷いた。




十二か所を回り終える頃には、陽がかなり高くなっていた。


帰路につく前に、湊は世界樹の方角を見た。


昨夜から気になっていることがある。


「クロ。少しだけ近くを通っていいか」


「マナか」


「ああ」


世界樹へ近づくにつれ、肌に触れる空気が変わった。濃いマナが細かな熱のようにまとわりつく。


クロが肩の上で身を起こす。


しばらく黙ったまま、金色の目を細めた。


「……やはり偏っている」


「どっちへ?」


クロの鼻先がゆっくり北西へ向く。


「こちらだ。流れの一部が、北西へ引かれている」


湊もその方角を見る。


木々が重なっているだけで、その先までは見えない。


「場所まで分かる?」


「いや。ここからでは方角だけだ」


風が抜け、世界樹の葉が遥か上でざわめいた。


「見に行くか」


口にしてから、湊はもう一度北西を見る。


クロは少し考えた。


「先に戻れ。リーネたちへ話してからでも遅くない」


「そうだな」


行方不明者のこともある。勝手に森の奥へ踏み込むより、一度情報を合わせた方がいい。


湊は踵を返した。



王宮へ戻ると、リーネが客間にいた。


窓辺の椅子へ腰を下ろし、足元には飲みかけの茶が置かれている。


「おかえり。どうだった?」


「十二か所、全部見てきた」


湊は向かいへ座った。


「全部、人目が切れる場所だった。争った跡もほとんどない。獣人国の時と似てる。それと、消える間隔がだんだん短くなってる」


リーネの眉が寄る。


「最後は十日前だったね」


「ああ」


「……嫌な感じだね」


湊は続けて、世界樹の北西へマナの流れが偏っていたことも話した。


リーネは少し考えたあと、頷く。


「それもレーア姉さまに伝えよう。勝手に北西へ入るより、その方がいい」


「うん」


少し間が空いた。


リーネが茶の器へ手を伸ばしたが、飲まずに戻した。


「こっちも、一つ気になる話があった」


「何?」


「オウル兄さま」


湊は黙って続きを待った。


「最近、一人で出かけることが増えたんだって。前は側仕えや護衛を連れてたのに、気づくといないことがあるって」


「どこへ?」


「それが分からないみたい」


リーネの指が器の縁をなぞる。


「それだけなら、まあ兄さまも大人だしって思うんだけどさ。レーア姉さまは、他にも気にしてた」


「他にも?」


「昔より怒りっぽくなったって。エルフ以外の相手に、きついことを言う時もあるらしい」


紫の瞳が、少しだけ伏せられた。


「あたしが知ってるオウル兄さまは、そういう人じゃなかった」


クロが寝台の上から顔を上げる。


「昨日会った時は?」


「昔と変わらなかったよ」


答えは早かった。


そのあとで、リーネは小さく息を吐く。


「だからレーア姉さまも困ってるんだと思う。ずっとおかしいなら分かりやすいのに、普段は今まで通りなんだって」


部屋の外で、誰かの足音が通り過ぎた。


湊は昨日の食卓を思い出す。


妹の頭へ手を置いて笑ったオウル。行方不明者の調査に加わっていると言った声。


少なくとも、あの時は不自然には見えなかった。


「……分かった」


リーネも頷いた。


窓の外では、夕方の光が世界樹の葉を透けていた。


森の北西は、ここからでは見えなかった。


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