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白い嘘

翌朝、湊たちはもう一度、聖典庫を訪ねた。


東棟の入口には昨日と同じ衛兵が立っている。湊がラターシュ司書官に会いたいと告げると、衛兵は少しだけ困った顔をした。


「ラターシュ司書官は本日、不在です。朝早く教会本部へ向かわれました。ただ、昨日の閲覧者が来たら渡してほしいと、こちらを預かっています」


差し出された白い封筒には、几帳面な文字で『冒険者殿』と書かれていた。


湊は礼を言い、大聖堂前の広場へ戻ってから封を切った。リーネとクロが横から覗き込む。


『冒険者殿


昨日の調査について、教会本部へ報告に参ります。


十五年前、ヴェルナー・グレイスが召喚術に関する文献を集中的に閲覧していたこと、また交易台帳に不審な取引が残されていることは、聖教国として確認すべき内容だと考えています。


報告後にお伝えしたいことがあります。本日の第六鐘、大聖堂南棟の記録保管室でお待ちしております。


入口の衛兵には私から話を通しておきます。


ラターシュ』


「律儀な人だね」


リーネが手紙を見ながら言った。


「昨日も、もう少し調べるって言ってたし」


クロは湊の肩で、白い紙をじっと見ていた。


「正規の手順で上へ報告したか」


「何か気になる?」


「昨日見つけた記録には、聖教国の内側で止められた荷もあった。誰が関わっているかは、まだ分からん」


それだけ言って、クロは大聖堂を見上げた。


湊は《マッピング》を開き、ラターシュの名を探した。大聖堂の奥に名前付きのピンがあり、ゆっくりと位置を変えていた。


「中にはいる」


「なら、夕方まで待とう」


湊は頷き、手紙を革袋へしまった。



昼間は街を歩いた。


白い壁も、店先の金の太陽も昨日と変わらない。鐘が鳴れば人々が足を止め、祈りが終わればまた商売や仕事へ戻っていく。


湊は何度か《マッピング》を確かめた。ラターシュのピンは大聖堂の中を移動し、午後になると南棟の方へ入っていった。


「南棟に移った」


リーネが空を見上げる。


「そろそろ約束の時間だね」


まだ第六鐘には少し早い。


二人と三匹は宿へ一度戻り、必要なものだけを持ってから大聖堂へ向かった。



第六鐘が鳴った。


夕陽を受けた大聖堂の尖塔が、白から金へ色を変えている。


南棟は本棟の裏手にあり、東棟よりさらに飾り気がなかった。窓は小さく、人の出入りもほとんどない。入口の衛兵へラターシュの名を告げると、すぐに頷いた。


「伺っております。記録保管室は二階の一番奥です」


石造りの廊下へ入る。足音が薄く反響した。


二階は魔石灯も少なく、外から差し込む夕陽だけが床を細く照らしている。突き当たりまで進むと、一枚の扉が半分ほど開いていた。


湊は足を止めた。


「ラターシュさん?」


返事はない。


肩のクロの耳が立つ。リーネの手が剣の柄へ近づいた。


湊は扉を押した。


床に、人が倒れていた。


薄茶色の髪。灰色の上着。少し離れた場所には銀縁の眼鏡が落ちている。


「ラターシュさん!」


駆け寄って膝をつく。首筋へ指を当てたが、脈はなかった。


肌が冷たい。


「……死んでる」


声がうまく出なかった。


リーネは入口へ背を向けず、部屋の中を見回している。クロは湊の肩から降り、ラターシュのそばへ近づいた。


外傷は見えない。血の匂いもない。


クロが鼻先を寄せ、目を細める。


「魔力が、ほとんど残っていない」


湊の視線がラターシュの左手へ落ちた。


細い銀色の腕輪が巻かれていた。


昨日までなかったものだ。


触れると、指先に微かなざらつきのような魔力の残滓が伝わる。獣人国から持ち帰った壊れた輪を思い出した。


「これ……」


湊が手を伸ばす。


その時、リーネが振り返った。


「湊。来る」


階段の方から足音が上がってくる。


一人や二人ではない。金属が擦れる音まで混じっていた。


湊は腕輪の留め具を探した。だが継ぎ目が見えない。


足音はもう扉の前まで来ている。


白い鎧が見えた。


教会騎士が五人。抜いた剣の切っ先が一斉にこちらへ向く。


「動くな」


先頭の騎士は、床のラターシュと、その横に膝をつく湊を見た。


「ラターシュ司書官殺害の容疑で、貴殿らを拘束する」


「違う。俺たちは呼ばれて――」


「証言は審問で聞く。武器を置け」


背後でも窓枠が鳴った。


別の騎士が二人、外から部屋へ入ってくる。退路まで塞がれた。


湊はリーネを見た。


紫の瞳が静かに返ってくる。


七人。


抜けようと思えば、できるかもしれない。


クロが足元で低く言った。


「従え。ここで剣を抜けば、それまでだ」


湊は奥歯を噛んだ。


無銘を鞘ごと腰から外し、苦無も床へ置く。リーネも何も言わず、剣を鞘ごと差し出した。


手首に冷たい枷が嵌まる。


二人の騎士が湊とリーネを扉へ向かわせた。残った騎士たちはラターシュの周囲へ集まる。


湊は一度だけ振り返った。


騎士の一人がラターシュの左手首を取った。脈を確かめるような動きのまま、指が銀の腕輪へ滑る。


一瞬だった。


腕輪が外れ、そのまま白い手袋の中へ消えた。


湊の足が止まりかける。


背中を押された。


声は出さなかった。


クロも同じ騎士を見ていた。金色の目が細くなる。


同じものを見ていた。


廊下へ出る直前、床に落ちた銀縁の眼鏡が目に入った。


昨日、あの眼鏡の奥でラターシュは笑っていた。


正しい手順で報告すると言っていた。


夕陽が細い窓から差し込み、白い壁を橙色に染めている。


その光の中を、湊たちは連行されていった。


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