白き都
門は白かった。
石灰岩を積み上げた城壁は十メートルを超え、その中央に大きな門が開いている。上部には金色の太陽の紋章が掲げられ、その周囲を細かな文字が囲んでいた。
肩のクロが見上げた。
「聖典の一節だ。『光は全てを照らし、闇は光の前に退く』」
「読めるのか」
「古い言葉だがな」
門の前には、白い鎧を着た衛兵が四人立っていた。胸当てにも同じ金の太陽が刻まれている。商隊の隊長が荷馬車を止め、後ろを振り返った。
「入国審査だ。冒険者ならギルド証があれば問題ないはずだ」
湊は頷き、順番を待った。やがて衛兵が来る。差し出した銀色のギルド証を確認すると、鋭かった目元が少しだけ緩んだ。
「銀級三つ星。入国目的は?」
「聖典庫の閲覧です。アルカディアのローギュスト主席から紹介状を預かっています」
封蝋のついた書簡を見せると、衛兵は一度目を見開いた。
「少々お待ちください」
門の内側へ消え、代わりに金の肩章をつけた男を連れて戻ってくる。門衛の隊長らしい。
「紹介状は確認しました。聖典庫の閲覧については、管理官へ直接申請してください。大聖堂の東棟です」
「ありがとうございます」
「管理官がおられるのは午前中です。宿がまだでしたら、中央通りに冒険者向けの宿があります」
湊が礼を言うと、男の視線が後ろへ移った。リーネを見たまま何度か瞬きをする。
「……失礼ですが、白銀の剣聖、リーネ殿でいらっしゃいますか」
「そうだけど」
門衛の隊長の背筋が伸びた。
「勇者と共に魔王を討った剣聖殿。ようこそ、聖教国へ。三十年前の御恩は、今も語り継がれております」
「そんなに畏まらなくていいよ。通してもらえる?」
リーネが少し困ったように笑うと、隊長もようやく表情を緩めた。
「もちろんです。どうぞ」
重い門の向こうから、白い街が見えた。
*
門を抜けると、広い石畳の広場に出た。何台もの荷馬車が停まり、荷下ろしをする人の声や馬の嘶きが重なっている。
商隊の隊長が御者台から降りてきた。
「ここまでだな。道中、助かったよ。魔物が出ても落ち着いて対処してくれたし、安心して走れた」
「こちらこそ。乗せてもらえて助かりました」
握手を交わすと、隊長が小さな革袋を差し出した。
「これは追加分だ。何度も助けてもらったからな」
「ありがとうございます」
商隊と別れ、湊たちは中央通りへ向かった。白い石壁と白い漆喰の建物が並び、陽を受けた道まで明るく見える。
「本当に白いな」
「三十年前より増えた気がする」
「建物が?」
「建物も。信徒もかな」
リーネも辺りを見回していた。通りを行く人の多くは白い衣を身につけ、胸元に金の太陽を刺繍している。すれ違う時に軽く頭を下げる人も多く、何度か見ているうちに、太陽の紋章へ触れてから頭を下げていることに気づいた。
商人も職人も、子供まで同じ所作をしていた。
「生活の中にあるんだな」
「そういう国だからね」
リーネの声には、懐かしさより観察するような響きがあった。
肩のクロが少し身を縮める。
「……居心地が悪い」
「大丈夫か?」
「ああ。ただ、街へ入ってからずっと薄く押されている感じがする」
「結界か何か?」
「おそらくな。今の私なら、これ以上のことはない」
クロは耳を伏せ、白い街並みを見ていた。足元ではシロも鼻をひくつかせ、青い目を落ち着かなげに動かしている。やがて湊の脚へ少し近づいてきた。
——へん。なにか、ある。
湊は歩きながら、その頭へ手を置いた。
「大丈夫。ここにいる」
シロの耳が少し戻る。対してアカは、リーネの肩の上で忙しなく首を動かし、白い塔を見つけるたびに、ぴぃ、と小さく鳴いた。
「アカは平気そうだね」
「いつも通りですね」
「その図太さ、少し分けてほしい」
クロがぼそりと言い、湊とリーネが笑った。
*
大聖堂へ向かう途中、冒険者ギルドの支部へ寄った。白い石造りの建物だったが、扉の上には見慣れた剣と盾の紋章があり、その横に金の太陽も並んでいる。
受付で商隊護衛の完了報告を済ませ、受領証を渡す。報酬を受け取ったところで、湊は聖典庫について尋ねた。
「管理官のラターシュ司書官ですね。午後は庫が閉まりますので、明日の朝に大聖堂の東棟を訪ねてください」
「分かりました。ありがとうございます」
ギルドを出て再び中央通りを歩く。街の中心へ近づくほど建物は大きくなり、布屋や薬屋、食堂、武具店が軒を連ねていた。交易の街らしく品物も人も多い。それでも、どの店先にも金の太陽がある。
「全部についてるな」
「太陽の紋章?」
「うん。掲げないと駄目なのかな」
「決まりじゃなかったはずだよ。少なくとも昔はね」
リーネは少し先の店へ目を向けた。
「でも、みんなが掲げてる中で一軒だけ無かったら、入りづらいって思う人はいるだろうね」
湊はもう一度、並ぶ紋章を見た。誰かに命じられなくても、揃っていくものはある。
通りの奥に、ひときわ大きな白い建物が見えてきた。高い尖塔に金の太陽。色ガラスの窓へ光が差し、地面へ淡い色を落としている。
大聖堂だった。
「でかいな」
「三十年前より大きいよ。増築したんだろうね」
その前の広場には多くの信徒が集まり、中央に一体の石像が立っていた。剣を掲げた若い男。台座には、三十年前に魔王を討った勇者を讃える言葉が刻まれている。
「勇者か」
隣で、リーネが小さく息を吐いた。
「似てないね」
「そうなんですか?」
「もっと普通の顔だったよ。笑うと目尻に皺ができてさ。剣を構える時だけ、急に別人みたいな目をするんだ」
石像はまっすぐ前を向き、迷いなど知らない顔で剣を掲げていた。リーネが知っている男は、きっとあれとは違ったのだろう。
湊は何も言わなかった。クロも黙っている。
しばらく見上げたあと、リーネが先に歩き出した。
「宿、探そうか。聖典庫は明日の朝だし」
「はい」
*
中央通りから一本入ったところに、『白鳩亭』という宿があった。三階建ての石造りで、看板には白い鳩が描かれている。
部屋を二つ取り、湊はクロ、シロ、アカと一緒に自分の部屋へ入った。窓からは大聖堂の尖塔が見える。荷物を置くとシロはすぐベッドの脇へ丸くなり、アカは窓枠へ飛んだ。クロは枕の上へ座る。
「明日は聖典庫だな」
「ああ。少しでも手がかりがあればいいけど」
「記録を重んじる国だ。アルカディアで追えなかったものが残っている可能性はある」
湊は窓辺に立った。ルゥの両親へ繋がるものも、ヴェルナーの足取りも、まだ何一つ掴めていない。ここまで来たからといって、見つかる保証はなかった。
それでも、探すしかない。
「約束したからな」
「……そうだな」
その時、街中へ鐘の音が広がった。通りを歩いていた人たちが次々と足を止め、皆が大聖堂の方角へ向き、胸元の太陽へ触れて頭を下げる。
白い壁は夕陽に染まり、橙色へ変わっていく。その中で金の太陽だけが赤く光った。
湊は窓枠へ手を置いた。綺麗な街だと思う。同時に、門をくぐった時から感じていたものが、少しだけ形になった気もした。
誰も声をかけていないのに、鐘が鳴れば皆が同じ方を向く。
肩へ飛び乗ってきたクロが、小さく息を吐いた。
「気をつけろ、湊」
「うん」
「ここは、光が強すぎる」
鐘の余韻が、白い街の上を長く流れていった。




