表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/64

残された輪

ヨークたちが死に、追えるはずだった糸は切れた。


救出された獣人たちが家族のもとへ戻り、スラムにも少しずつ日常が戻っている。それでも、ルゥの両親を含め、すでに国外へ運ばれた者たちの行方は分からないままだった。


湊は廃農場へもう一度向かった。


「何か残っているかもしれない」


騎士団も地下を改めて調べていた。枷。鎖。汚れた毛布。水差し。人を閉じ込めていた痕跡が、湿った石の匂いの中にまだ残っている。


湊は《マッピング》で近くの空間を確かめながら、その後ろを歩いた。新しい部屋や抜け道は見つからない。


奥の部屋へ入ったところで、シロが足を止めた。


瓦礫の前へ鼻を寄せ、何度か匂いを嗅ぐ。それから前脚で石を掻いた。


「どうした」


湊がしゃがむと、シロは瓦礫の隙間へ鼻先を突っ込み、何かを咥えて引き出した。


黒ずんだ金属の輪だった。手のひらに乗るほどの大きさで、表面には細かな紋様が刻まれている。一部が歪み、亀裂も走っていた。


「……魔道具か?」


肩のクロが身を乗り出す。


「そうだな。だが、壊れている。魔力の流れが完全に途切れている」


「何の道具だ」


「分からん。見覚えのない刻み方だ」


湊は輪を裏返した。亀裂の奥に、焼けたような黒い跡が見える。


「持って帰る」


布で包み、マジックバッグへしまった。



城へ戻ると、ラグナとサダムが待っていた。


机の上へ布を広げる。ラグナは金属の輪を持ち上げ、しばらく眺めてからサダムへ渡した。


「見たことあるか」


「同じものはございません。ただ……」


サダムの指が、刻まれた紋様をゆっくりなぞる。


「この刻み方には覚えがあります。グランデル系の錬金技術に近い。断定はできませんが」


ラグナの眉間に皺が寄った。


「またグランデルか」


「まだ決めつけない方がいい」


湊が言うと、ラグナは短く息を吐いた。


「分かってる。——救出した奴らにも見せるぞ」



スラムの長屋には、救出された獣人たちが数人集まっていた。


顔色はまだ悪い。それでも、廃農場で見た時より目に力が戻っている。


サダムが布を開いた瞬間、鹿族の老婆の肩が強張った。


「……それは」


湊はその反応を見る。


「知ってる?」


「手足につけられていたものです」


老婆は自分の手首へ触れた。指先がわずかに震えている。


「同じような輪を、手首と足首に。つけられている間、ずっと体から力が抜けていきました。眠っても、起きても、戻らないんです」


隣の狐族の女性も頷いた。


「外そうとしても外れませんでした。人間たちが時々来て、輪を見ていました。光っている時と、光っていない時があって……」


「何をされていたか、分かる?」


老婆は首を振った。


「分かりません。ただ、あれをつけられている間は魔力が使えなかった。起き上がる力まで吸い取られていくみたいで……」


ラグナの顔から表情が消えた。


「魔力を吸う道具か」


サダムは壊れた輪をもう一度見た。


「少なくとも、そのための装具の一部でしょう。これだけ故障して、瓦礫の中に取り残されたのかもしれません」


「直せるか」


「我が国では難しいかと。術式の系統が違いすぎます」


部屋が静かになった。


湊は布の上の輪を見る。黒い金属は何も答えない。


それでも、昨日までなかったものが一つ残った。


手がかりだった。



城へ戻ったあと、ラグナが湊へ尋ねた。


「それで、どうする」


湊は机の上の輪を見た。


「これが何なのか調べたいです。何のために魔力を吸っていたのか。それが分かれば、連れ出された人たちを追う手がかりになるかもしれない」


ラグナは頷いた。


「なら、行く先は一つだ。アルカディア」


「魔道都市国家」


「ああ。大陸の南東にある。魔道具のことなら、あそこ以上の場所はねえ。壊れた術式を読める奴もいるはずだ」


湊は輪を布で包み直した。


次の行き先が決まった。


出発は三日後になった。



その日の夕方、湊はルゥのところへ行った。


路地の壁際に座るルゥの隣では、小さなシロが丸くなっている。湊が近づくと、灰色の耳が動いた。


「にいちゃん」


「ルゥ。話がある」


湊は前へしゃがみ、目線を合わせた。


「三日後、この街を出る」


ルゥの目が見開かれる。


「……おれも、いく」


「駄目だ」


「なんで」


「危ないからだ。行く先で何があるか、俺にも分からない。お前を連れていける旅じゃない」


灰色の耳が伏せられた。


「……にいちゃんが行ったら、おれ……」


「セドルさんたちがいる。ラグナ陛下にも頼んである」


ルゥは俯いたまま、膝の上で指を握る。


湊はその頭へ手を置いた。


「俺は、父ちゃんと母ちゃんを必ず連れて帰るとは言えない」


ルゥが顔を上げた。目に涙が溜まっている。


「まだ、何があったのか分からないから」


湊は手を離さなかった。


「でも、探す。何があったのか分かるまで、やめない」


「……ほんと?」


「ああ。約束する」


涙が一粒落ちた。


ルゥはそれを拭わず、唇を噛んで頷く。


シロが膝へ頭を乗せた。小さな尾が、土の上をゆっくり掃く。


クロは肩の上で何も言わなかった。



出発の朝、宿の前にはカイルたち五人がいた。


カイルがいつもの調子で片手を上げる。大盾の男、二人の魔術師、フード姿の斥候も揃っていた。


「見送りか」


「まあな。次はどこだ?」


「アルカディア」


「遠いな」


カイルは笑った。


「まあ、お前なら着くだろ」


湊も少しだけ笑う。


差し出された手を握った。


「またどこかで」


「ああ。またどこかで」


それだけで十分だった。


ほかの四人にも短く別れを告げ、湊は宿を離れた。



街を出る前に、ラグナが待っていた。


隣にはサダムと数人の近衛兵がいる。


「来たか」


「陛下。世話になりました」


「堅いこと言うな」


ラグナは懐から革袋を取り出し、湊へ押しつけた。受け取る前から、硬貨の重さが分かる。


「報酬だ」


「いりません。依頼を受けたわけじゃないので」


「馬鹿言え。お前がいなきゃ、助からなかった奴がいる。受け取れ。俺の顔を立てろ」


「でも」


革袋が胸へ押しつけられた。


「王の命令だ」


湊は少しだけ息を吐き、受け取った。


「……ありがとうございます」


「最初からそうしろ」


ラグナは笑い、大きな手で湊の肩を叩いた。


「また来い。今度はゆっくり酒でも飲もう」


「はい」


隣でサダムが深く頭を下げる。


「道中、ご無事で」


「ありがとうございます」


湊も頭を下げ、荷物を背負い直した。クロが肩の上で欠伸をし、シロが足元で尾を振る。


「行くぞ」


「ああ」


街を抜ける。


バルムの建物が少しずつ遠ざかり、やがて草原の道だけが前へ伸びた。風が吹くたび、青い草の匂いが流れてくる。


荷物の奥には、布に包んだ壊れた輪がある。


湊は前を向いたまま、アルカディアへ続く道を歩いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ