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王の裁き

ヨークは抵抗しなかった。


ラグナが近づいても、カイルが剣を向けても、逃げようとはしない。いつもの穏やかさを失った顔で、両手を前へ差し出した。


「縛れ」


ラグナが言った。


カイルが縄を取り出し、ヨークの手首を後ろで縛る。


壁際では、フードの男が手首を押さえて震えていた。湊の苦無が掠めた傷から、血が指を伝っている。


カイルの仲間の大盾使いが男を引き起こし、同じように拘束した。


ラグナが顎を向ける。


「こいつは」


「ヨークからルゥを受け取ろうとしてた」


湊が答えた。


「攫った獣人を、ここで引き渡してたんだと思う」


琥珀色の目が男へ向く。


「ひっ……俺は、言われた通りにしただけだ——」


「黙れ」


低い一言だった。


男の口が閉じた。



ルゥは、まだ湊の服を掴んでいた。


薬が残っているのか、腕にも脚にもほとんど力が入っていない。灰色の耳は伏せられ、細い体が小刻みに震えている。


「にいちゃん……こわかった。なにも、みえなくて……」


「もう終わった」


湊は頭を撫でた。


手のひらの下で、小さな耳がさらに伏せられる。


「大丈夫だ」


足元ではクロが黙ってルゥを見ていた。


——間に合ったな。


——ああ。


シロが顔を寄せ、涙で濡れた頬を舐めた。


「くすぐったい……」


ルゥの口元が、ほんの少しだけ動いた。


それを見てから、湊は息を吐いた。



ヨークたちを連れて地下から上がると、ギルドの一階は騒然としていた。


正面扉は壊れたまま大きく開き、冒険者たちは壁際へ寄っている。受付の職員たちも、拘束されたギルドマスターを声もなく見ていた。


ラグナがヨークを床へ座らせる。


「お前には聞くことがある。だが、ここじゃねえ」


それからカイルを見る。


「城に使いを出せ。サダムに伝えろ。騎士団を動かす」


「分かりました」


カイルが走り出した。


ラグナは、今度はフードの男の前へしゃがむ。


「お前も、詳しい話は牢で聞く」


男の肩が跳ねた。


「ただし、一つだけ今答えろ」


琥珀色の目が、まっすぐ男を射抜く。


「攫った奴らはどこにいる」


男の目が泳いだ。


ラグナの手が襟首を掴む。


「もう一度だけ聞く。どこだ」


「……南門の外……」


声が掠れた。


「街道沿いの、廃農場だ……地下に部屋がある。そこに……」


ラグナは手を離した。


立ち上がる。


「聞いたか」


「ああ」


「来るか」


湊は腕の中を見る。


ルゥが、まだ服を握っていた。


「……ルゥ。少しだけ離れる」


「やだ」


即答だった。


湊はしゃがみ、目線を合わせる。


「すぐ戻る」


「……ほんと?」


「ああ」


小さな指が、ゆっくり服から離れた。


シロがルゥの横へ寄り添う。子犬ほどの銀色の体を、ぴたりと脚へつけた。


——しろが、いる。だいじょうぶ。


ルゥはシロの毛へ顔を埋めた。


湊はその頭を一度撫でてから立ち上がった。



騎士団が動いたのは、その日の夕刻だった。


サダムの手配は速かった。南門には精鋭二十人が集まり、ラグナ自身が先頭に立つ。


街道を南へ進む。


古い柵と、崩れかけた納屋が見え始めたところで、湊は《マッピング》を開いた。


近くの地形が半透明に浮かぶ。


納屋。


その床下へ続く階段。


地下には、地上より広い空間があった。


「地下がある。入口は納屋の中」


「人は」


意識を寄せる。


地下の奥に、七つの光点が固まっていた。ほとんど動いていない。


入口の近くには、別に三つ。


名前のない光点だった。


「奥に七人。ほとんど動いてない。入口近くに三人いる」


ラグナの顔から笑みが消えた。


「囲め」


騎士たちが散る。


足音を抑え、廃農場を包むように配置についた。


「行くぞ」


ラグナが納屋の扉を蹴り開けた。


乾いた板が割れ、古い干し草とかびの匂いが流れ出す。


床の一部が開き、地下へ続く階段が露出していた。


中から男たちが飛び出してくる。


「何者——」


最後まで言わせなかった。


ラグナが一歩踏み込む。


空気が押されたように感じた。


一人の膝が落ちる。


二人目が剣を振り上げたが、先頭の騎士が受け流した。そのまま斬り伏せられ、男は石床へ倒れる。


三人目は背を向けた。


すぐに別の騎士が追いつき、地面へ組み伏せた。


短い抵抗だった。


「奥だ」


ラグナが階段を下りる。


湊も続いた。



地下には、石造りの部屋が三つあった。


鉄格子で区切られている。


その向こうに、人影があった。


獣人たちだった。


七人。


男も女もいる。年寄りも、子供もいた。


全員が痩せていた。


目には力がなく、手足には枷が嵌められている。服は汚れ、毛並みは荒れ、露出した腕や脚には痣が残っていた。


湊は足を止めた。


湿った石と、古い汗の匂いが鼻につく。


誰も、すぐにはこちらへ反応しなかった。


拳が勝手に固くなる。


ラグナが鉄格子の前へ立つ。


鍵を探さなかった。


両手で二本の鉄棒を掴む。


金属が軋んだ。


腕に力が入り、太い格子が外側へ曲がっていく。


やがて、人一人が通れる隙間が開いた。


「出ろ」


中にいた何人かが、ゆっくり顔を上げる。


ラグナの声が少しだけ低くなった。


「もう終わりだ」


「……ラグナ、様……?」


老いた鹿族の女性が、掠れた声を漏らした。


「ああ」


ラグナが答える。


「迎えに来た。——遅くなった」


声が、わずかに震えていた。


騎士たちが中へ入り、枷を外していく。


立てない者は背負った。


泣き出す者がいた。


声も出さず、騎士の腕へ崩れ落ちる者もいた。


部屋の奥に、大きな体が横たわっている。


熊族の老婆だった。


体はひどく痩せ、毛並みも灰色に褪せている。


それでも、胸は動いていた。


ラグナが膝をつく。


「……こいつ」


湊も気づいた。


「前のギルドマスターだ」


カイルから聞いた話を思い出す。


「半年前、本部に呼ばれたってことになってた人」


ラグナが老婆の顔を覗き込んだ。


薄く、瞼が開く。


「……おう、さま……」


「喋るな」


ラグナの太い腕が、老婆の体を抱き上げた。


「今は休め」


大柄なはずの熊族の体が、その腕の中では軽すぎて見えた。



廃農場から、七人の獣人が運び出された。


担架に乗せられた者。


騎士に背負われた者。


支えられながら、自分の足で歩いた者。


一人ずつ、夕暮れの街道へ出ていく。


湊は農場の前に立ち、最後の担架が南門の方角へ進むのを見送った。


肩の上で、クロが静かに言う。


「七人。全員生きていた」


「ああ」


「だが、これで終わりではない」


湊も分かっていた。


半年の間に消えた獣人は、もっと多い。


ここにいなかった者たちは、もう別の場所へ運ばれている。


どこへ。


誰のところへ。


まだ何も分からない。


「……まず、ヨークだ」


「ああ」


「あいつから聞く」


夕日が、崩れた納屋を赤く染めていた。


道の先では、七人を乗せた一団がバルムへ帰っていく。


湊は、その姿が見えなくなるまで立っていた。


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