消えた光点
それから十日が過ぎた。
見回りは続いていた。カイルたちは交代で張り込み、ゴルツは毎日欠かさず市場の裏へ立つ。湊も何度となく《マッピング》を開き、登録した光点を確かめる日々を送っていた。
新たな行方不明者は出ていない。
だが、犯人も見つからなかった。
夜。宿の窓から、バルムの灯りを眺める。
「動かんな」
寝台の上で、クロが尻尾を揺らした。
「ああ」
「見回りが効いているのだろう。だが、こちらも永遠には続けられん。カイルたちには本来の仕事がある」
分かっている。
湊は窓枠へ指を置いた。夜気で木が冷えていた。
「向こうは待てる」
「そうだな。こちらが先に疲れるのを待っているのかもしれん」
クロの金色の目が暗がりで細くなる。
「——あるいは、別の手を考えているか」
湊は答えず、もう一度を開いた。
離れたスラムに、ルゥの名が小さく光っていた。
*
翌朝、ギルドへ顔を出すと、受付の前にヨークがいた。
「おはよう、ミナト君」
いつもの穏やかな笑みだった。仕立てのいい麻の服も変わらない。
「行方不明者の件だけど、少し状況を聞かせてもらえないかな。ギルドとしても現状は把握しておきたい」
湊は一拍置いた。
「特に進展はありません。見回りを続けています。新しい被害も出てません」
「そうか。それは良いことだ。君たちの活動が抑止になっているんだろうね」
ヨークは頷いた。
「実は、私も少し協力できないかと思っている」
「協力?」
「明日、スラムの捜索に同行させてもらえないかな」
肩の上で、クロの耳がわずかに動いた。
「ギルドマスターが直接ですか」
「人手が足りないと言っていただろう。ギルドとして大きく動かすのは難しいが、私個人なら手伝える」
ヨークは困ったように笑った。
「先日の話が、ずっと気になっていてね」
《マッピング》を意識する。
ヨークの印は緑だった。
今も、湊へ敵意を向けていない。
「……分かりました。明日の昼、スラムの広場へ来てください」
「ありがとう。助かるよ」
ヨークは微笑み、二階へ戻っていった。
ギルドを出て、人通りの少ない路地へ入る。
そこでクロが囁いた。
「向こうから入ってきたな」
「ああ」
「善意ならありがたい。そうでなければ——」
「まだ分からない」
湊は足を止めなかった。
「断る理由もない。見てればいい」
クロがしばらく黙る。
「なら明日は、あの男の印を見失うな」
「ああ」
*
翌日の昼。
ヨークは約束どおりスラムへ来た。
今日は麻の服ではなく、使い込まれた革の上着を着ている。腰には短剣もあった。
「よろしく頼む」
広場の端ではゴルツが腕を組み、ヨークを見ていた。カイルたちの何人かも、少し離れたところから様子を窺っている。
湊は紙の地図を広げた。
「南門近くをお願いします。廃屋が多くて、人目が少ない場所です」
「分かった」
「一人で大丈夫ですか」
「これでも昔は冒険者だったんだ」
ヨークは笑い、そのまま南へ歩いていった。
湊は市場の裏手へ向かう。隣をゴルツが歩いた。
角を曲がったところで、《マッピング》を開く。
近くの路地と建物が淡く浮かび、その外にも登録した者たちの印が残っていた。
カイル。
ゴルツ。
セドル。
ミーラ。
ティナ。
ルゥ。
そして、ヨーク。
南門へ向かうヨークの印は、緑のままだった。
湊は歩きながら、ときどき地図へ意識を戻した。
ルゥの印が動いている。
スラムの広場を離れ、細い路地へ入った。
「……ルゥ」
一人で死角へ入るなとは、何度も言ってある。
だが、灰色の小さな光は止まらない。
南へ。
南門の方へ。
その先には、ヨークの緑の印があった。
二つの光が、少しずつ近づいていく。
湊の足が止まった。
「どうした」
ゴルツが振り返る。
「ゴルツ。ここを頼む」
「おい、湊?」
「少し見てくる」
走らない。
普段と変わらない足取りで市場の裏を離れた。
角を一つ曲がる。
人の目が切れたところで、《隠密》を使う。《音操》を重ね、足音を消した。
歩幅だけが大きくなる。
地図の中で、二つの光がさらに近づいた。
南門近くの廃屋。
裏手の細い路地。
人通りはない。
ヨークの緑。
ルゥの緑。
二つが重なった。
次の瞬間。
ルゥの光が消えた。
湊の心臓が、強く一度打った。
足が止まる。
地図を見直す。
いない。
登録した相手の印は、十キロほど離れても残る。南門の裏で、突然消えるはずがない。
ヨークの印だけが、同じ場所に残っていた。
緑のまま。
「……クロ」
「見えている」
肩の上から、低い声が返る。
「何をした」
分からない。
ルゥの姿は見ていない。
声も聞いていない。
ただ、二つの印が重なった直後に、ルゥだけが消えた。
ヨークが関わっている。
そこまでは、もう疑えなかった。
腹の底が熱くなる。
湊は壁へ背をつけ、一度だけ目を閉じた。
走るな。
まだ、何をしたのか分からない。
ルゥがどこにいるのかも分からない。
ヨークの印は、その場に留まっていた。
しばらくして、動く。
廃屋の裏を離れ、スラムを抜ける。
大通りへ。
向かう先は、冒険者ギルドだった。
「戻る気だな」
クロが言う。
「ああ」
「なら、まだ何かある」
湊は頷いた。
ヨークをここで押さえても、ルゥがどこへ消えたのか分からない。
追う。
その先を見る。
「クロ。ラグナを呼んできてくれ」
クロが肩から飛び降りた。
「シロ」
足元の小さな銀色が顔を上げる。
「カイルを呼んできてくれ。急いで」
——かいる? つれてくる?
「ああ」
——わかった。
シロが駆け出した。子犬ほどの銀色が路地の角へ消える。
クロはその場に残り、湊を見上げていた。
「お前は」
「ヨークを追う」
「一人で入る気か」
「先に中を見るだけだ。何か見つけても、皆が来るまで動かない」
金色の目が細くなる。
「……その言葉、忘れるなよ」
「ああ」
クロはまだ何か言いたそうだった。
それでも踵を返す。
黒い小さな体が、シロとは反対の路地へ走っていった。
二匹の足音が遠ざかる。
湊は一人、壁際に残った。
《マッピング》を開く。
ヨークの緑の印は、ギルドへ近づいていた。
湊も歩き出す。
気配を沈め、音を消す。
人の流れの端を縫うように、緑の光を追った。




