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消えた光点

それから十日が過ぎた。


見回りは続いていた。カイルたちは交代で張り込み、ゴルツは毎日欠かさず市場の裏へ立つ。湊も何度となく《マッピング》を開き、登録した光点を確かめる日々を送っていた。


新たな行方不明者は出ていない。


だが、犯人も見つからなかった。


夜。宿の窓から、バルムの灯りを眺める。


「動かんな」


寝台の上で、クロが尻尾を揺らした。


「ああ」


「見回りが効いているのだろう。だが、こちらも永遠には続けられん。カイルたちには本来の仕事がある」


分かっている。


湊は窓枠へ指を置いた。夜気で木が冷えていた。


「向こうは待てる」


「そうだな。こちらが先に疲れるのを待っているのかもしれん」


クロの金色の目が暗がりで細くなる。


「——あるいは、別の手を考えているか」


湊は答えず、もう一度マッピングを開いた。


離れたスラムに、ルゥの名が小さく光っていた。





翌朝、ギルドへ顔を出すと、受付の前にヨークがいた。


「おはよう、ミナト君」


いつもの穏やかな笑みだった。仕立てのいい麻の服も変わらない。


「行方不明者の件だけど、少し状況を聞かせてもらえないかな。ギルドとしても現状は把握しておきたい」


湊は一拍置いた。


「特に進展はありません。見回りを続けています。新しい被害も出てません」



「そうか。それは良いことだ。君たちの活動が抑止になっているんだろうね」


ヨークは頷いた。


「実は、私も少し協力できないかと思っている」


「協力?」


「明日、スラムの捜索に同行させてもらえないかな」


肩の上で、クロの耳がわずかに動いた。


「ギルドマスターが直接ですか」


「人手が足りないと言っていただろう。ギルドとして大きく動かすのは難しいが、私個人なら手伝える」


ヨークは困ったように笑った。


「先日の話が、ずっと気になっていてね」


《マッピング》を意識する。


ヨークの印は緑だった。


今も、湊へ敵意を向けていない。


「……分かりました。明日の昼、スラムの広場へ来てください」


「ありがとう。助かるよ」


ヨークは微笑み、二階へ戻っていった。


ギルドを出て、人通りの少ない路地へ入る。


そこでクロが囁いた。


「向こうから入ってきたな」


「ああ」


「善意ならありがたい。そうでなければ——」


「まだ分からない」


湊は足を止めなかった。


「断る理由もない。見てればいい」


クロがしばらく黙る。


「なら明日は、あの男の印を見失うな」


「ああ」





翌日の昼。


ヨークは約束どおりスラムへ来た。


今日は麻の服ではなく、使い込まれた革の上着を着ている。腰には短剣もあった。


「よろしく頼む」


広場の端ではゴルツが腕を組み、ヨークを見ていた。カイルたちの何人かも、少し離れたところから様子を窺っている。


湊は紙の地図を広げた。


「南門近くをお願いします。廃屋が多くて、人目が少ない場所です」


「分かった」


「一人で大丈夫ですか」


「これでも昔は冒険者だったんだ」


ヨークは笑い、そのまま南へ歩いていった。


湊は市場の裏手へ向かう。隣をゴルツが歩いた。


角を曲がったところで、《マッピング》を開く。


近くの路地と建物が淡く浮かび、その外にも登録した者たちの印が残っていた。


カイル。


ゴルツ。


セドル。


ミーラ。


ティナ。


ルゥ。


そして、ヨーク。


南門へ向かうヨークの印は、緑のままだった。


湊は歩きながら、ときどき地図へ意識を戻した。


ルゥの印が動いている。


スラムの広場を離れ、細い路地へ入った。


「……ルゥ」


一人で死角へ入るなとは、何度も言ってある。


だが、灰色の小さな光は止まらない。


南へ。


南門の方へ。


その先には、ヨークの緑の印があった。


二つの光が、少しずつ近づいていく。


湊の足が止まった。


「どうした」


ゴルツが振り返る。


「ゴルツ。ここを頼む」


「おい、湊?」


「少し見てくる」


走らない。


普段と変わらない足取りで市場の裏を離れた。


角を一つ曲がる。


人の目が切れたところで、《隠密》を使う。《音操》を重ね、足音を消した。


歩幅だけが大きくなる。


地図の中で、二つの光がさらに近づいた。


南門近くの廃屋。


裏手の細い路地。


人通りはない。


ヨークの緑。


ルゥの緑。


二つが重なった。


次の瞬間。


ルゥの光が消えた。


湊の心臓が、強く一度打った。


足が止まる。


地図を見直す。


いない。


登録した相手の印は、十キロほど離れても残る。南門の裏で、突然消えるはずがない。


ヨークの印だけが、同じ場所に残っていた。


緑のまま。


「……クロ」


「見えている」


肩の上から、低い声が返る。


「何をした」


分からない。


ルゥの姿は見ていない。


声も聞いていない。


ただ、二つの印が重なった直後に、ルゥだけが消えた。


ヨークが関わっている。


そこまでは、もう疑えなかった。


腹の底が熱くなる。


湊は壁へ背をつけ、一度だけ目を閉じた。


走るな。


まだ、何をしたのか分からない。


ルゥがどこにいるのかも分からない。


ヨークの印は、その場に留まっていた。


しばらくして、動く。


廃屋の裏を離れ、スラムを抜ける。


大通りへ。


向かう先は、冒険者ギルドだった。


「戻る気だな」


クロが言う。


「ああ」


「なら、まだ何かある」


湊は頷いた。


ヨークをここで押さえても、ルゥがどこへ消えたのか分からない。


追う。


その先を見る。


「クロ。ラグナを呼んできてくれ」


クロが肩から飛び降りた。


「シロ」


足元の小さな銀色が顔を上げる。


「カイルを呼んできてくれ。急いで」


——かいる? つれてくる?


「ああ」


——わかった。


シロが駆け出した。子犬ほどの銀色が路地の角へ消える。


クロはその場に残り、湊を見上げていた。


「お前は」


「ヨークを追う」


「一人で入る気か」


「先に中を見るだけだ。何か見つけても、皆が来るまで動かない」


金色の目が細くなる。


「……その言葉、忘れるなよ」


「ああ」


クロはまだ何か言いたそうだった。


それでも踵を返す。


黒い小さな体が、シロとは反対の路地へ走っていった。


二匹の足音が遠ざかる。


湊は一人、壁際に残った。


《マッピング》を開く。


ヨークの緑の印は、ギルドへ近づいていた。


湊も歩き出す。


気配を沈め、音を消す。


人の流れの端を縫うように、緑の光を追った。


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