便利グッズ、色々
宿へ戻ったのは昼過ぎだった。
市場で一番安い端肉を買うと、シロは部屋の隅で骨ごと噛み砕いた。ごり、と硬い音がするたび、銀の尻尾が床を掃く。
——おいしい。
「よかったな」
——もっと。
「……一つでいい」
シロは不満そうに鼻を鳴らし、残った骨の欠片を舐め始めた。
湊は床へ座り、革袋を開いた。残っているのは銀貨二枚だった。指先で二枚を転がし、袋へ戻す。
「金が要る」
窓枠にいたクロが振り返った。
「当然だ。従魔が増えれば食費も増える。——あの狼、よく食う」
シロの耳がぴくりと動く。
——シロ、すこし、たべる。
「少しではない」
——すこし。
クロが溜息をついた。
夕方、湊は寝台へ横になった。
何日も街道を歩き、銀狼を追い、グラーツへ入り、昨日は鍛冶通りまで歩き回った。足の裏が熱を持ち、肩の奥には鈍い重さが残っている。
右手の甲が、淡く光った。
ここ数日は、引けなかった日もあった。シロをテイムした翌日は疲れて寝落ちし、朝になってから紋様が消えていることに気づいた。
湊は光へ意識を向けた。
何も現れなかった。
代わりに、温かなものが足先から体を駆け上がった。足裏の痛みが薄れ、肩の凝りがほどける。筋肉の奥に溜まっていた重さまで、ゆっくり消えていった。
湊は手を握り、開いた。
「何が出た」
クロが窓枠から振り返る。
「何も。でも、体が治った」
「治った?」
「足も肩も、もう痛くない」
クロが寝台へ飛び乗り、湊の腕へ鼻先を寄せた。
「……物ではなく、直接効いたのか。そういう出方もあるらしいな」
「初めてだ」
シロも寝台の横へ来て、湊の手を鼻で押した。
——みなと、げんき?
「ああ。元気になった」
——よかった。
大きな頭が寝台の縁へ乗る。シロはそのまま目を閉じた。
翌朝、また紋様が光った。
今度は、手の中に硝子の小瓶が現れた。中の液体は深い青色をしている。以前に出た回復薬より、ずっと濃い。
触れると意味が流れ込んだ。
上級回復薬。裂傷、打撲、出血に加え、骨折まで回復する。
「前のより上か」
クロが瓶を覗き込む。
「骨まで治すなら、かなりの品だ。市場なら銀貨十枚は下らんぞ」
「売らない」
「分かっている。ただ、自分が何を持っているかは覚えておけ」
湊は小瓶を荷物へしまった。
翌日の昼過ぎ。
紋様の光が消えたあと、掌に小さな革袋が残った。茶色い革に紐が一本。見た目だけなら、硬貨を入れる袋と変わらない。
意味が流れ込む。
——マジックバッグ。
湊は口を開き、中を覗いた。
暗い。底が見えない。
試しに腕当てを入れる。袋の口より大きいはずなのに、革が引っかかることもなく、するりと奥へ消えた。持ち上げても重さは変わらない。
手を入れると、すぐ指先に腕当てが触れた。引けば、そのまま出てくる。
「魔法袋か」
クロが目を丸くし、袋の口へ顔を寄せた。
「……いや。普通のものより、ずいぶん入るな」
湊は胸当てと脛当ても入れてみた。全部入った。それでも袋は手のひらに収まり、重さも変わらない。
「大人一人分の荷物くらいは入りそうだ」
「市販の魔法袋なら、靴が二足も入れば上等だぞ」
湊はマジックバッグの紐を腰帯へ結んだ。
シロがすぐに鼻を寄せる。
——ちいさい。でも、おおきい。へん。
「そういうものらしい」
——にく、はいる?
「入る」
——いっぱい、いれて。
「入れない」
銀の耳が倒れた。
さらに翌日。
出てきたのは、琥珀色の液体が入った小瓶だった。
解毒薬。
触れた瞬間、毒を中和するものだと分かった。湊は上級回復薬と並べてマジックバッグへ入れる。
クロがその様子を見ていた。
「回復薬で治せないものまで出たか」
「ああ」
「妙に出来すぎているな」
湊は小さな袋の口を閉じた。理由は分からない。それでも、旅で使えるものが増えたのは確かだった。
荷物もほとんど腰の袋へ収まった。今まで肩へ食い込んでいた革袋の重さがなくなり、立ち上がるだけでも体が軽い。
「旅が楽になる」
「ああ。それに、素材も運べる」
「素材?」
クロが尻尾を揺らす。
「ここは鍛冶の街だ。魔物の素材、鉱石、薬草。持ち帰れる量が増えれば、それだけ金になる」
湊は腰のマジックバッグへ目を落とした。
「……なるほど」
「金が要ると言ったのはお前だろう」
その日の昼前、湊は鍛冶通りへ向かった。
ガルドの店では、昨日と同じように槌の音が響いていた。
湊が入っても、ガルドはすぐには手を止めない。赤く熱した鉄を叩き終え、水へ沈める。白い蒸気が上がってから、ようやくこちらを見た。
「また来たのか」
「聞きたいことがある」
「何だ」
「素材は足りてるか」
ガルドの目がわずかに動いた。
「……なぜ聞く」
「鍛冶師は素材がないと打てない。足りないものがあるなら、取ってくる」
しばらく見つめられた。
やがてガルドが、店の奥を顎で示す。
「座れ」
木の椅子へ腰を下ろす。シロは湊の足元へ伏せ、クロは肩の上に残った。
ガルドも向かいへ座る。
「蒼鉄鉱を知っているか」
「知らない」
「青みがかった鉄鉱石だ。普通の鉄より硬くて軽い。熱の通りもいい。鍛冶師なら欲しがるが、採れる場所が少ない」
「どこにある」
「グラーツの北東。ヴェルム鉱山だ。三年前まではそこで採れた」
「今は?」
「岩蜥蜴が棲みついた」
ガルドは腕を組んだ。
「鱗が硬く、普通の武器じゃ通らん。しかも群れで動く。ギルドにも討伐依頼は出てるが、鉱山の奥まで入らなきゃ蒼鉄鉱は採れんし、その途中に巣がある。割に合わんと、誰も寄りつかなくなった」
「報酬が安いのか」
「ああ」
ガルドの視線が、湊の腰の短剣へ落ちる。
「お前。その刃で岩蜥蜴を斬れるか」
湊も短剣へ手を置いた。
「やってみないと分からない」
「正直だな」
「嘘をついても仕方ない」
ガルドが鼻を鳴らした。
「なら、俺から頼む。蒼鉄鉱を持ち帰れ」
「報酬は?」
「銀貨二十枚。それと、持ち帰った鉱石でお前に合う装備を一つ打つ。何を作るかは俺が決める」
クロの耳が動いた。
湊は少しだけ考えた。
「受ける」
ガルドは立ち上がり、棚から短い鶴嘴を取り出した。
「採掘用だ。蒼鉄鉱は青い筋が入ってる。間違えるな」
受け取った鶴嘴を、湊はマジックバッグへ入れた。
ガルドの眉が上がる。
「魔法袋まで持ってるのか」
「最近手に入れた」
「なら話が早い。蒼鉄鉱は重い。普通なら背負子が要る」
ガルドは炉へ戻った。
槌を手に取りながら、背中を向けたまま言う。
「死ぬなよ。せっかくの客だ」
湊は店を出た。
鍛冶通りの外へ出ると、シロが見上げてきた。
——やま、いく?
「ああ。鉱山に行く」
——いわ、とかげ?
「岩蜥蜴。硬いらしい」
シロが鼻を鳴らした。
——シロ、かむ。かたくても、かむ。
「頼もしいな」
肩の上で、クロの尻尾がゆっくり揺れた。
「鉱山か。——面白くなってきた」
一人と二匹で、北東の道に向かった。




