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9話「メガネ」

9話「メガネ」


「夜湖くん」


 私は新学期の廊下で弟の彼女の弟と会う。

 時間がなかったので、ちょっと立ち話しただけだけれど、少し前まではまだあどけない顔をしていたのに、制服ライクに身を包むと、もう結構かっこいい。


 細身でメガネをかけていて、メガネがいいなと思ったので、私もメガネをかけてみる。

 参考にしたのは、韓国ではなく中国の歌手Jane Zhang。

 迅くんは、謎に中国語を勉強していて、たまに歌手情報をLINEに投げてくる。


 それが私に刺さること刺さること。

 韓国系の演技的可愛さとは違う、桃源郷的な雰囲気の中国系のファッションは、試してみようとはあまり思わないけど、実に可愛い。


 でも、よくよく考えると、中国系に傾倒しているのは、中国系のファッションを見せてくれた糸葉ちゃんに影響を受けてのことかもしれない。


 だって、日本には韓国系の文化は流入してくるのに、中国系っていうのはあまり見ないから。

 と思うとちょっとジェラシーを感じる。


「お前、公佳か?」


 数学の先生が、私を呼び止めてしげしげと眺める。「お前すごいな」とだけ言って去っていく。そういう先生のさりげなく気づいてくれるところが、なんとなく好き。


 メガネをかけると、男子は、私だと気づかないことがある。「あれ? こんな女子いたっけ?」という顔をしている。


 へえー、みたいな顔で私のツラをためつすがめつ眺めると、誰がメガネを褒めにいくかで、ちょっとした議論になっている。


「メガネ、可愛いね」


 若い女性の英語の先生が、私に音読するよう指名してから、にっこりした。


「ありがとうございます」


 少し男子が沸く。


「あ、もしかして、公佳ちゃんのイメチェンに気づかなかったのかな?」


 先生は私の音読の後に、クラスを煽った。


「私は、全然気づきませんでした」


 クラスメイトの女の子のせりふに、男子は便乗して「俺も」と声を上げた。


「違うよね。嘘はダメだよ。言わなくちゃいけないことはきちんと言わないと」


 みんな苦笑する。


「私もメガネかけたら、ちゃんと反応してくれる?」


 先生が冗談めかして言った。

 男子が拍手する。


「公佳ちゃん、英語の発音よくなったね。なんかやった?」

「いえ特には」


***


 放課後、夜湖くんを探して、一緒に帰る。

 夜湖くんは池袋で降りるし、私も池袋の塾に通っているから、ちょうどいい。


 私は夜湖くんの教室まで行って、夜湖くんをピックアップする。

 夜湖くんは、気まずそうにクラスメイトに言い訳して、私のところに来る。


「言い訳させてごめんね」


 私は、少し申し訳なかった。


「結構いじられます」

「私が美人だから?」

「そうです」

「またまたあ。お姉ちゃんみたいなもんじゃん」

「……、それとは少し違います」


 私は、夜湖くんに聞いた。


「正直、お姉ちゃんと私、どっちが可愛いと思う?」


 すごい質問だった。女の子のよくないところの全てが出ている。

 嫉妬、プライド、競争意識、ライバル関係。


「姉を可愛いと思ったことはないです」

「それ、迅くんも言っているけど、本当?」

「迅さんがどうかはわかりませんけど、姉と公佳さんは、別に似ていないですよ?」


 私は雷に打たれた思いだった。衝撃だった。「全然違いますよ」


「たとえばどんなところが?」

「姉は、結構引っ込み思案ですけど、公佳さんはかなりお茶目で、冗談が好きです」


 私は、ドキッとした。女の子の評を、的確にかつはっきりと述べるのは、並の男の子にできることじゃない。


「それに、姉は自分というものがないですけど、公佳さんは自分というものがあります。それは、姉が迅さんに依存しているのと違って、公佳さんは自立しているってことの言い換えでもあります」


 よく見ているなあと思う。


「でももったいないと思うのは、姉はいいにしろ、公佳さんが、自分の可愛さを韓国系に寄せるところです。姉はいいんです。公佳さんは、もっと自分らしいファッションができるはずなのに、です」


 馬場まで歩く。

 後ろから声をかけられた。


「よう」

「あ、小夜威さん」

「彼氏?」

「ううん。弟の彼女の弟」

「それもうほとんど彼氏だね」


 そう言うと小夜威さんは、軽く自己紹介をした後で手を振って離脱した。


「あの人は?」

「同級生。頭がいいの」

「綺麗な人でしたね」

「小夜威さんの良さがわかる?」

「一目瞭然という感じですけど」

「いつも一緒にいるから、慣れちゃってるのかな」


 私はしばらく考えて、小夜威さんの顔を網膜に浮かび上がらせた。

 頬の辺りの柔らかい肉も、大学生になったらシュッとして、きっと誰もが憧れるような女の子になるに違いない。


 高田馬場に着くと、山手線に乗った。

 池袋のメトロポリタン口で、糸葉ちゃんと合流する。


「じゃあね」


 私は、夜湖くんに手を振って、糸葉ちゃんと塾に向かった。


***


 なんか、視線を感じるというか、あからさまに顔を見られている感じがして、なんでだ? と思っていた。

 塾の同級生が、メガネの話をし出して、ダイレクトすぎるだろとツッコミたかったが、私のメガネが理由らしい。


「度が入っているんですか?」


 塾上がりに糸葉ちゃんに聞かれた。

 周りはなんとなく私を意識しているのか、耳のそばだつ音が聞こえた。


「伊達」

「何かのコスプレですか?」

「いや、弟が、最近Jane Zhangを聴いているっていうから、悔しくて」

「だから、お化粧の仕方も変えたんですね」

「気づいてくれるのすごい」

「気づきますよ。たぶんみんなイメチェンの理由を気にしているはずです。『安心してください。弟さんですよ』」


 誰に向けているのかわからない説明で、周りのそばだつ感じが消えた。

 ガヤガヤといつもの塾上がりだ。


「ジュンク堂でも行きます?」

「ご飯先にしない?」

「いいですよ」


 糸葉ちゃんは私の袖を取った。

 こちらを見て話す時は、きゅっと手元を引っ張って、笑う時は、私の袖を緩めた。

 弟はずるいな。こんなに可愛い子を彼女にしているんだから。

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