10話「渋谷な感じ」
10話「渋谷な感じ」
制服ライクで出かける時、私は池袋を使うことが多いけど、もちろん戸山には城南地区から通っている子も多い。
飯本ほのせ。いいちゃんは、寡黙な方だけど、ファッションの主張は結構強い。
渋谷区の代々木上原の公立中から戸山に来たいいちゃんは、地元が下北沢。
渋谷が好きで、週二で渋谷をふらふらしている。
御同類はいるみたいなのだけれど、いつも同じメンツだと飽きるということが一つ。
中学のメンツで集まっても、いいちゃんがちょっとインテリなので、場が冷めちゃうらしい。
ということで、たまに遊びに誘われる。
いいちゃんは茶髪で、外ではキャップをかぶっている。
今風の渋谷ギャルという感じではない。長い茶髪をまとめてポニテにしていることもあれば、そのままの長髪にキャップをかぶせて気にしないこともある。
服装は至って真面目な制服姿だけど、ちょっと胸があって、スタイルがいい。
私の方が少し背が高いけど、モテるのは断然いいちゃんで、寡黙な雰囲気なのがポイント高いらしく、よく声をかけられる。
そんな雰囲気なのに、模試の成績はすごくて、数学は満点を取ることもある。
いいちゃんの数学は同学年ではすごく有名で、いつもふわふわしているのに不思議ではあるけれど、時たま見せる学校での勉強の仕方を見ると、不思議でもなんでもないと、小夜威さんは言っていた。
「お母さんが言ってた。渋谷はすごい高い街になっちゃったねって」
いいちゃんは言った。そのせりふがもうギャルではない。
今日は化粧を私に寄せてくれている。
いいちゃんは背は160くらいだけど、厚底で私に合わせてくれて、私がいいちゃんの腕を取って、前に進んでもらってついていく。
「池袋とか、馬場とかで、夜遅い時間に高校生のカップル見ることがあるけど、ああいうの羨ましいよね」
「いいちゃんなら、すぐ彼氏できると思うけど」
「どうだろ」
いいちゃんの遊び場はタワレコとかヒューマントラストシネマとか青山ブックセンターとか。
「お母さんがカラオケで欅坂46の平手ちゃんが歌ってた『渋谷からPARCOが消えた日』を歌ってて、ちょっとどういうことかわからなかった」
「? どういうこと?」
「なんか建て替えたらしい。よく知らんけど」
「ふーん。でもパルコって、そもそも高すぎて何見ればいいのかわからんくない?」
「だから、渋谷はもう子どもの遊び場じゃないんだよ」
小顔でロングの明るい茶髪。
ボソボソと話す喋り方は、寡黙系だけど、かなり独特で可愛い。
いつもはいわゆる日本っぽいファッション。
今日は青いワイシャツに黒の丈短のニット、ベージュのスカートを細いベルトで留めている。
首にヘッドフォンかけているのが、かなり「ギークな感じ」がする。
私は白いパーカーに丈短の黒スカート、膝までの黒ソックスに白いスニーカー。
サングラスをかけている。
「サングラス、似合っているけど、もったいない。素顔が綺麗なのに」
「ありがと」
私は、いいちゃんの手を取った。
うちの高校で、こういうちょっとなよっとしたことをする女子は少ない。
典型は小夜威さん見たいなサバサバした女の子で、小夜威さんは結構ハートフルだけど、たまに新自由主義者みたいな怖い女の子もいる。
そういう子は早慶に行って楽しくやるんだろうけど、私とは住む世界が違うなといつも思う。
スクランブルスクエアでお菓子を買って、上階のユナイテッド・アローズとかで服を見る。
「服どこで買ってるの?」
「SHIPSが多いかも。キミは?」
「私はBEAMS」
「似たもの同士かも」
「そうかも」
私はいいちゃんの手をにぎにぎした。
スクランブルスクエアからサクラステージに移動して、スタバでコーヒーを買い、そのまま代官山の方に足を運んだ。
代官山のT-SITEで本を選んだ。
「キミ、何買ったの?」
「たまたま見つけた雑誌。建築雑誌みたい。『THE PLAN』だって」
「おしゃれ」
「いいちゃんは?」
「フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』」
「日本語でおk?」
「私も日本語じゃないとは思っているよ」
くすくすと笑ういいちゃん。
「目黒川でも歩く?」
いいちゃんのご提案。
「いいね。桜がまだ咲いてるかな」
私たちは意外にも優雅に放課後の時間を過ごした。
「中目黒の景色っていうのは、すごい綺麗だけど、それはどうして?」
「どういうこと? いいちゃんの下北沢だって、めちゃ綺麗では?」
「まあ、そうなんだけどね」
私はいいちゃんの言いたいことがよくわからなかった。
いいちゃんは、しばらく周りを見た後に言った。
「お母さんが、私をよくこういう街のレストランに連れていってくれるけど、美味しいか美味しくないかもわからない私には、もったいないと思う。私は、全然牛丼屋でいいのに」
「いいちゃん牛丼屋とか行くの?」
「うん」
私は牛丼屋に行くいいちゃんの姿を思い浮かべた。
「キミは?」
「弟と行くよ。休みの日とか、お母さんがいない日とか」
「それはいいね。松屋とすき家はどっちが好き?」
「私は松屋」
「同意。定食が美味しいよね。新作メニューご飯大盛り無料だし」
「わかる!」
いいちゃんは、また無言になった。
「大学とかどうするか決めた?」
「全然決めてない」
「いいちゃんが?」
「うん」
「どこでも行けそうなのに……」
「キミは、お兄ちゃんが京大なんだっけ?」
「そだよ」
「大学に行くのってなんでなんだろうね」
「歳を取るからじゃない?」
私の答えに、いいちゃんは目をしばたかせた。
「詳しく」
「高校にいるのは単に15歳になったからで、大学にいるのは18歳になったから。これ変かな?」
「全然変じゃない。もっと詳しく」
「つまり、目標とか選択とかいう綺麗事じゃないってこと」
「なるほど。当たり前かつ素朴だけど、悪くない説明だね」
気づいたらいいちゃんは腕を前で組んでいた。お胸が乗っていますよ、お姉さん。
私たちは副都心線直通の東横線に乗った。いいちゃんは明治神宮前で降りて、私は池袋まで副都心線で移動した。
私は、池袋で降りて、塾の自習室に入った。
雑誌「THE PLAN」を読み進めながら、夜が更けるのを待った。
外がいい感じに夜気に満たされているのに、言い知れぬ高揚感を覚えたけど、それはきっといいちゃんもそうなのだろう。 いいちゃんから「また行こうぜ」と可愛いLINEスタンプが押されていた。




