6話「共テ模試」
6話「共テ模試」
お姉ちゃんの威厳というものは、全くない。
弟からすると姉は、その辺のバカな女子高生である。
「あんさー」「んー?」
「きのーのテストさー、あれ、なんのいみがあんの?」
「うちにきくー? 最近、1/3って言わなきゃいけないのに、30パーセントって答えて、クラスの1/3から笑われたうちに」
「え? 何が違うの?」
「……やばいよ。1/3は1割る3なんだから、33パーセントでしょ?」
「え、天才」
というようなやりとりしているギャルと、同一視されている。
最近母親がアプリを使って私たちが家で勉強している時間を計測して記録しているという事実を知らされた。
監視社会の到来に、私は弟と一緒に立ちあがろうとした。
「え? 別になんか問題あんの?」
「迅は全然わかっていない! ことは監視であり、自由の束縛じゃない?」
「え、勉強時間測ってるだけじゃん」
「私の憩いの午後を奪うの?」
「別にカメラつけているわけじゃないし、大体で把握しようとしているだけなんでね?」
「でもでもでも」
「勉強はいいことだよ。俺も頑張ろう」
後ろ髪が白髪になった夢を見た時みたいに青ざめた。
やばい。私だけバカだって思われちゃう。
「てか公佳姉、受験は?」
***
時間が飛んで今は冬。共テ模試を受けるべく池袋の塾に来ている。
心細くしていたら声をかけられた。
「迅くんのお姉さん」
「糸葉ちゃん。公佳でいいよー」
「そのダウン可愛いですね」
「あ、嬉しい」
「彼氏に買ってもらったりしたんですか?」
「彼氏? いないよ?」
「年上の彼氏がいるって、誰か言っていたような」
「弟かなあ。あいつ適当なことを」
「ああいや、迅くんではなかったのですけど」
「?」
「いえ。なんでもありません」
私たちは昼休みにも、塾のリフレッシュルームで一緒にお弁当を食べた。
「最近弟が、何やら一生懸命勉強をしていて、すごい、頑張っているなあって」
「受験生だもんねえ」
「公佳さんは都立受験何かコツとかありました?」
「とにかく理社を落とさない」
「ああ、確かにそれは大切ですね」
「大学受験の要諦は、全くわからないけど」
水筒のあったかいお茶を飲みながら、英単語を慰みに見ている。
「てか、共テってむずくない?」
「私には全ての問題が難しいです」
二人してため息を吐く。
湿気がこもる室内で、湿度が増したような気がするから嫌だ。
だからといって外に出るのはもっと嫌だ。
私たちのスタイルは結構違って見えるけれど、基本は変わらない。
私は紺色のダウンにブーツと丈長のスカート。
「背が高くないとできませんね」
という糸葉ちゃんのレビューはすごく嬉しい。
糸葉ちゃんは白のダウンに短いスカート、黒いストッキングを履いて、白いスニーカー。
私とは好対称だけど、雰囲気は姉妹と言っても差し支えない。
私は今日は髪を上げているから、少し大人っぽく見えるかもしれない。
一日で複数科目やる共テ模試は、結構大変で、私はヘトヘトになって帰り糸葉ちゃんと合流した。
「今日もしよかったら遊びに来ませんか?」
「私? 迅くん呼ぶ?」
「たまには女同士でどうですか?」
「いいけど」
土曜日だったから、糸葉ちゃんのお母さんもいて、おいしいご飯の香りがした。
ほんとそれだけでお腹いっぱいになるかと思うくらい、香りで食欲をかき立てられる。
「お母さん、イタリア料理が好き」
「こんばんは、迅くんのお姉さん」
私は糸葉ちゃんのお母さんに会釈をする。
バスタは三種出てきた。??? そんなことあっていいのか?
カルボナーラ、サルシッチャ、ペペロンチーノ。
サラダはオリーブの実がたくさん入っていて、ドレッシングも上品なバルサミコ酢。
鯛のアクアパッツァは、見たことはあっても食べたことはなかったかも。
「迅にも食べさせたかった」
「それ、すっごく嬉しいわよ」
「ただいまー」
夜湖くんが帰ってきた。
というか夜湖くんがいるのを忘れていた。
「もう始まってる、って、お姉ちゃん、如月さんくるなら先言ってよ」
「こんばんは〜」
素で手を振ってしまった。
「っ、こんばんは」
ぷいとされてしまって、私は少し動揺した。
「なんかしたかな」
「恥ずかしいんですよ」
「あの子受験近いしね」
そう言って、宮鬼ママは、またパスタを茹でて、ソースを温めて、夜湖くんの分を用意した。
「夜湖ねえ、戸山にするんだって」
「お母さんっ!!! それ絶対に言わないでって言ったよね!???」
私は口を大きく開けて驚いたし、糸葉ちゃんも「ええ??」みたいな顔だった。
「どうして?」
糸葉ちゃんが聞いた。糸葉ちゃんも知らなかったみたいだ。
「ちょっと模試が良かったから、挑戦してみようと思っただけで、別に」
「別に、私を意識したわけじゃないんでしょ?」
「お母さんが、如月さんは戸山らしいって言うから、ちょっと気になっただけで」
私は結構恥ずかしい。
「ほらほら、先輩に色々聞いて聞いて」
お母さんがイタリアワインを開けて、グラスに注ぐ。一人で飲む気だろうか。
「お母さんが公佳さん連れてくるようにって、そういうことだったのね」
少し芝居がかったせりふだけど、あの感触だと糸葉ちゃんがお母さんの意図まで汲み取っていたわけではなさそう。
「すみません、如月さん」
「全然。全然いいよ」
(聞けるわけないじゃん)
しゅんとしている夜湖くんに私が聞いた。
「今、どんな勉強しているの?」
「英語です。長文を読む時間を速くしたくて」
「何が必要ですか? 公佳さん」
「単語ですかね」
「他には?」
「数学の証明は?」
「部分点を取りに行きましょう。小問集合は一問も落とさないで、大物は部分点」
「やっぱりすごいですね」
「受かれば夜湖くんも一緒です」
「如月さんの家は、素敵ね。いい姉弟」
「ちなみに、弟の一回り上に兄がいまして」
とてもびっくりされた。
兄の話は、糸葉ちゃんにもしたことがなかったから、面白いネタだったのかもしれない。
「今どうしているの?」
「京都にいます」
「お仕事で?」
「いえ、大学院生をしているそうです。なんか、研究者になるとか。でも私、ほとんど話したことないんです」
「京都大学ですか?」
2歳くらい年齢が下がった感じで、夜湖くんが聞いた。
「母が言うことを信じるなら」
「すご」
「ほらほら、せっかくのパスタが冷めちゃうよ。パスタは熱いうちに食べないと怒られちゃうお店とかもあるらしいから」
「ちなみにイタリアン宮鬼も怒ります」
「すみません、いただきます」
くすくすと笑う。女に囲まれて、夜湖くんはやりにくいかもしれない。
「あ、しまった」
宮鬼ママが言った。「お酒飲んじゃったから、車で送れない」
「全然いいっす」
「僕、駅まで送ってくよ」
夜湖くんの発言に、糸葉ちゃんはニヤニヤしていた。
「お姉ちゃんのお客さんなのにぃ〜?」
「別にいいだろ?」
「俺が守る的な?」
「いいだろ! なんか悪いかよ」
夜湖くんは勇気がある。私で擦られて、恥ずかしいはずなのに、ちゃんと主張するんだから偉い。私は、お暇しようとすると、本当に夜湖くんがついてきてくれた。
池袋駅まで送ってくれる。
夜遅い池袋は、とても騒がしくて、日本ではないような気がする。
立ってよく見たら、また背が少し伸びていて、頼もしい限りだった。
チョンチョンと服の裾を引っ張った。
不思議そうに私を見る。
(手繋ぐ?)
私は、そう言おうとして、思い直した。
「今度の春は、みんなで花見しようか」




