5話「テスト」
5話「テスト」
お小遣いが減らされる危機に直面した。「テストの点数がとっても低いお?」と、母親から謎の圧がかかった。
私は高校に入ってからテスト勉強というものを一切してこなかったため、テストの点数が悪いのは当たりまえで、それはもはやアイデンティティ。
私はクラスの中では「頭が悪い」というより「頭が緩い」キャラとして立ち位置を築いていたから、勉強とは、……今更すぎる。
ただ、戸山は私以外はみんな頭がいいので、勉強している人たちの雰囲気はわかっている。
頼るべきは友達。
テスト勉強期間に入って、部活がなくなると、頭のいい奴ほどちょける。
部室で将棋ができないから、一人で詰将棋を解いている小夜威さんを見つけ、声をかける。
「ねえ、小夜威さんの今日の、というかこのテスト二週間前の過ごし方を伺ってもいい?」
「ん? なんでそこ謙譲語なんか使ってんだ?」
「いや、聞いているだけだよ?」
「あー、テスト期間だからテスト勉強するけど、帰るのが遅くなるとまながちょっと機嫌悪いから、早めの帰宅かな」
「いい家族だね。ところで、どんなふうに勉強するの?」
「うーん。基本はプリントの問題の復習かな」
「あのさ、そういうのいいから」
「???」
「そういう普通なのいいから。小夜威さんは、上位を保つために特別なことをやっているんでしょ?」
「特別なこと?」
「そうそう」
私はかなり必死だった。
お小遣いがかかっている。
「なんかあったの?」
「お小遣い半額にされちゃうの」
「今までは?」
「40000円」
「20000円でも貰いすぎだよ」
「そんなこと言わないで」
私はかなり切実に懇願した。
「勉強の秘訣を教えて。高校に入ってから、全然わかんなくなっちゃったの」
小夜威さんはしばらく考えた後、口を開いた。
「私のやり方は結構簡単だから、一緒にやればすぐできるようになるよ」
「一緒に!? やってくれるの!?」
「一旦まなをピックアップしていい?」
「もちろんだよお!」
***
ときわ台のマックは高校生で混雑していた。
たぶん私立だろう、ブレザー姿の高校生がたくさんいた。
私と小夜威さん、愛花ちゃんの三人もポテトとスプライトを買い、勉強を開始した。
一番勉強しているように見えるのは愛花ちゃんだったが、それはいいとしよう。
爆速でタイピングし、何かを書いているかと思えば、凄まじいスピードで文献を読んでいる。
それが、私の勉強となんの関係もないことは、言われずともわかった。
「まなの勉強は参考にならないけど、私の勉強は参考になると思う」
「うんうん」
「まず、教科書の例題を一つ一つ覚える」
「うんうん」
「で、基礎問題を一周する」
「うん」
「で、発展問題をやる」
「う?」
「間違った問題でノート作りまではやらなくていいけど、やってもいいかも。あ、これ数学ね」
「え?」
「簡単だろ?」
私は、三年前の記憶を思い出した。
塾でひたすらやった美しい解法。
「ああ、そういうのいらないんだ。美しい解法、それはずっと先の話。定期テストは、基礎基本だから」
「英語は?」
「今からだったら、教科書の問題文を丸暗記するのがいいな。できれば音読して」
「お、お、音読?」
「帰国子女でもないのに発音いいやついるだろ?」
「いる」
「あれ、音読の成果です」
「知ってた」
知ってたけど、都市伝説だと思ってた。
「大体、英数はそんなに点数悪くないだろ?」
「一応塾行ってるからね」
(それが認知を歪ませてんだよな)
「え? なんて?」
「いいや。塾ってなんかよくわからなくならない?」
「なるなる」
「あと、なんとかしたい科目はある?」
「全部」
私は、自分の能天気さに全く気づいていなかった。
「世界史・日本史は、教科書を読んで、それから四択で問題演習した後に、一問一答で重要単語を書いていって」
「記述は?」
「頭いいんだからなんとかしろ」
「ぐう。よくないもん」
「理科選択は?」
「化学・地学」
「化学は共テの過去問で単元ごとにやるのがいいんじゃない? 教科書を読みながら答えを見ながらで、問題を解いていく。地学も一緒かな」
「保健体育は?」
「得意だろ?」
「そんなことないやい」
苦手と思しき理科からやるけれど、正直すごく応える。
辛い。苦しい。泣きたい。
でも、目の前の小夜威さんも、教科書と共テの過去問を黙々と解いているから、そういうものなのかと思う。
おずおずと小夜威さんに考え方を聞いたり、暗記のコツを聞いたりする。
「コツ? 何度も問題集をさらうことかなあ」
それはコツではないと私は強く主張したかったが、よく考えると、それがコツだった。
勉強ができる人は、教科書を読んで問題集をやっている。
それは、認めたくない。認めたくないのだ。
小夜威さんがトイレに言っている間に、愛花ちゃんがこっちを見て、何かを訴えかけていた。
「どうしたの?」
私は聞いた。
持っていたパソコンのメモ帳を見せてくれたので、それを読んだ。
「ありがとう。お姉ちゃんはとても楽しそう」
びっくりした。普通のことだったから変に身構えた自分を恥じるまである。
またパソコンをゆっくり手元に戻すと、ありえないスピードで、カダダと打鍵し、またこちらに画面を見せてくれた。
「チェスならできる」
「気晴らし?」
私の質問に表情を変えず愛花ちゃんはうなずいた。
パソコンを平らにすると、画面上にチェスボードを出し、タッチパネルだと愛花ちゃんは身振りで示した。
帰ってきた小夜威さんは、天を仰いだ。
それから席に座って、盤面を見ずに、勉強に戻った。
どういう意味なのか、私にはわからなかったが、局面はどんどん進んでいく。
「まな?」
「ん? どうしたの?」
私は小夜威さんに聞いた。
「いや、まなが考えるなんて珍しいから……」
「まなちゃん、強いね」
「公佳ちゃんの方が強い」
愛花ちゃんがぼそっと呟いたのを聞いて、小夜威さんはガバッとかぶりを上げた。
盤面を見る。
「嘘だ」
愛花ちゃんがリザインするところで、悪いことしたかなと思ったけれど、愛花ちゃんはちょっと笑って嬉しそうにしている。ように見えた。
ぺこりと頭を下げて、パソコンを畳んだ。
「まな……」
「ありがとう」
メモをこちらに見せる愛花ちゃんは、それから感想戦に入った。
私が棋譜を諳んじるのに、愛花ちゃんは声で答えようとせず、爆速の打鍵で情報を共有した。
たぶん、頭の中にある情報がイメージで、それを言語化するのに発話言語だとうまくいかないのだろう。
結構高度な情報の交換ができたことを考えると、愛花ちゃんはよく勉強している方だった。
私はチェスは4歳からやっているし、なんならムカつくことに迅の方が強いから、……とかそういうことではないみたいで、小夜威さんは、え、なんで? みたいな顔をしている。
「私、将棋よりはチェスの方が得意だから」
「あの、まなが負けたところ見たことないんだけど」
「私、愛花ちゃんより5歳も年上だよ?」
「いやそういうのいいから」
ほんの15分の出来事で、それから私も愛花ちゃんも楽しくお勉強を再開した。
結構いいリフレッシュになったのか、勉強はとても捗った。
***
「一回、まなを送ってくる」
そう言って、マックから愛花ちゃんを連れて家に帰った小夜威さんは、それから20分くらいでまたマックに戻ってきた。
私と自分の分のハンバーガーを買ってくれて、私がお金を渡そうとすると、それを軽く首を振って受け取らなかった。
私たちはもぐもぐとサムライマックを食べて、それから夜が更けるまで勉強した。
その繰り返しを二週間、一緒にさせてもらった。
なぜかその度に愛花ちゃんのチェスの相手をさせてもらって、勝つたびにサムライマックを奢ってもらった。
テスト前の最後の一日に、愛花ちゃんとやったチェスは、愛花ちゃんの勝ちだった。
詳細な感想戦の後で、愛花ちゃんは書いた。
「対面でゲームをやるのは、とてもドキドキした。ドキドキという表現は、愛花の気持ちの数パーセントも表せていないけど、でも、たぶんこれが、ドキドキしたという表現の本質なんだと思う。知っていてもままならない。理解していても知らない。誰も教えてくれない。やったことがない。そういう機会を与えてくれた、公佳ちゃんには感謝している」
そういう話をものすごくわかりにくくした小説を書いてきた。
詩なのかもしれない。よくわからないけど。
それはA4の上質紙に印字されて、大体30枚くらいの、極めていい感じのボリュームで、私も先ほど上げたような形で翻訳できた。
それにしても、読む人が読めば仰天するような事実が書かれているような気もするけれど、それはたぶん文学というより哲学の領域なので、私はとりあえずタッチしなかった。
ちなみにテストはなんとか乗り切れました。
「愛花がまたダンスを見たいっていうんだ」
「おおー。お化粧手伝いますか?」
「なんで丁寧語なんだ?」
学校のトイレで放課後にお化粧をしている。
「小夜威ちゃんデート?」
「いや、妹を喜ばせたくて」
「マジレスすんなよ。可愛いかよ」
教室でダンスを練習している小夜威さんは、かなり変人だけど、可愛いからいいか。
これを好機と捉え、小夜威さんを動画に収めている人がいる。
早晩TikTokにアップされるだろうが、素人感が受けるだろうなあ。




