4話「弟の高校の学園祭」
4話「弟の高校の学園祭」
弟が高校に入って初めての学園祭が開催される。弟は執事喫茶で、執事をやるらしい。
私はめちゃめちゃ楽しみにして、執事喫茶の列に並んだ。
一人で来ているのは私くらいなのか、かなり浮いていた。
背が高い上に制服ではなく私服で着ていて、タイトな衣装でヘソまで出しているものだから、耳目を集めるというもの。
一人だけ渋谷に来ているのかとツッコミが入りそうだ。
「公佳姉」
「ばかばか、どうして名前で呼ぶの」
「姉は姉だろ?」
童心に帰ったのか、執事服を着ていても恥ずかしくない相手に初めて会ったのかわからないけど、とりあえず私は弟の肘に手を当てた。
席へと案内される。
「お嬢様。本日の紅茶はアッサム。ミルクは、っと失礼、お嬢様はストレートがお好きでしたね。スコーンにジャムをご用意しています。イチゴはお嫌いではありませんか?」
「ありがとう存じます。ねえ執事さん。スコーンにジャムをご用意くださったのはとてもいいおもてなしだと思います。どなたが考えたの?」
私の推理も捨てたものではない。その顔は極めて高い確度で「俺なんだよなあ」と言っている顔だ。
「どなたでしょう」
「あら、もしその提言をされた方がいたら、悲しんでいるのではなくて? このお部屋をコーディネートされた方も、給仕の企画をされた方も、賞賛されるべきと思いません?」
執事さんは「だからそれ全部俺なんだよなあ」という顔をしている。
「失礼執事さん。では私は美味しく紅茶をいただきまして、失礼いたします。お仕事の邪魔してごめんね」
もぐもぐとスコーンをいただき、紅茶をさっさと飲んで、外に出た。外に出ると、後ろから声をかけられた。
「え、宮鬼先輩ですか?」
「違います」
「あ、すみません」
弟からのメッセージで「公佳姉ごときが、気取んなし」とあった。「その黒髪で淑女気取んな」「大体来んなって言っただろ!」
お姉ちゃんはとても傷心だった。なぜなら、これが糸葉ちゃんだったらこんな塩対応受けないからだ。悔しい。……悔しすぎる。
弟から糸葉ちゃんの催しを聞こうと思っていたのに、これでは答えてもらえない。
二年生のブースを片端から入っていくのだけど、私服だからか、謎に人目を惹く。
催しの呼び込みをやっている男の子に、高二と当たりをつけて聞いてみる。
「宮鬼糸葉さんってどこで何やっているか知っている?」
それは、その男の子にとっては何重にも意味がわからない質問だったらしい。
まず、私が糸葉ちゃんと似ていること。私服を着ているのは学園祭だから説明がつく。
さらに自分のことなら知っているはずなのに、関係ない自分に質問してくる。
そして、糸葉ちゃんを知っていることが前提という意味不明さ。
「たぶん、三組っすよ」
考えるのが面倒くさくなった客引きは、適当に指差すと、そそくさと逃げていった。
そして近くで、「宮鬼さんってあんな声だったっけ?」と同級生を捕まえて聞いていた。
それはいい勘をしている。
蛇行しながら三組のメイド喫茶にたどりつく。
かなり並んでいた。
待ち時間はスマホを爪弾いてカタカタ言わせながら、周りも見ず、じりじりと横にずれる動きを続ける。
いらっしゃいませー。
可愛い声が聞こえる。
手を振って出迎える女の子の中に、一際目立つ女の子。一瞬目を疑う。確かに糸葉ちゃんなのに、全然いつもと衣装が違う。
中華風の衣装に、髪を結って上げている。
「あ、お姉さん」
「びっくりした。すっごい綺麗」
「ありがとうございます」
「このメイド喫茶は、多国籍なんだね」
「これ、私の私物なんです。親戚に中国の人がいて、この前もらったんです」
「花嫁みたい」
「……ええ」
「いや、違うな。そうではない」
私は自分の口からこぼれた心からの感想に苦悶した。
ただ流行を追うだけではない。糸葉ちゃんはこんな隠し玉を持っているなんて。
「はーい」
呼ばれて行ってしまった。
和紅茶を飲んで、カステラを食べて出る。
手を振る糸葉ちゃんに手を振り返す。
「あ」
糸葉ちゃんは、こちらに寄ると、耳元に手を添えて囁いた。
「弟が来ているんですが、私は手が離せません。もしよければ、一緒に回ってもらえないですか?」
私が暇なことを見透かした、結構強引なお願いだけれど、それ自体は全く問題がないので、快諾した。
「いいよ」
「今、一階の食堂にいるそうなので」
私は、すぐに下階に降りて、夜湖くんを見つけた。
「ああ、如月さん」
すぐに私を認識する。
この前会った時より、少しかっこよくなっている。
顔の造りは迅とは違うけど、美形であることには間違いない。
ほおが少し前よりシャープになって、目元が少し暗くなっているところなんかは、アンニュイな感じがしていい。
背は私と同じくらい。まだ中学生だから当たり前だけど、私は高い方だから、追い抜かれると思うと怖さがある。
弟以外の年下の男の子と話すことはあまりないから、ちょっと緊張する。
「お姉さんを見に来たの?」
「受験の息抜きにどうかって、お姉ちゃんが」
「可愛かったよ」
「中国服ですよね。たまに着ています」
「私は、弟を見に来たんだけど、あっという間だった」
「執事喫茶ですよね」
「糸葉さんが言ってた?」
「ええ、とても嬉しそうに」
私たちは姉弟の高校を回りながら、意外にも話題を切らさずに歩いた。
夜湖くんはとても好奇心のある子だったし、なんなら少し頭が切れる。
「塾とか行ってるの?」
「個人塾です。あんまり、勉強が得意じゃなくて」
「将来どんな人になりたい?」
「さあ。でもやりたいことはあるんです」
「どんなこと?」
「この前、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』っていう映画を観て、教師っていいなって思いました」
「ああ、あれいい映画だよね」
一通り見て回ると、とうとうやることがなくなる。学園祭あるある。
ため息をついて、座っていると、迅が私を覗き込んだ。
ばっと夜湖くんが立ち上がって、自己紹介をした。
後ろに糸葉ちゃんがいたからわかったのか。
そういえば初対面か。
「こんにちは、初めまして、あの、姉がお世話になっています。その、僕は宮鬼夜湖と言います」
「如月迅です。魯迅の迅です」
「先輩ですよね」
「俺は高一です」
「僕は中三です」
一年の違いでも男子にとっては大きな感覚の違いなのかもしれない。
漢服と燕尾服を着た二人は、そのコスプレがうまい具合にカップル感を薄めていて、私の心は平穏だった。
「何を偉そうに」
「公佳姉はわかってないね」
「なーにが。年上を笠に着ているだけじゃない」
「その言葉、公佳姉ブーメランだからな」
「あんたねえ」
私たちの掛け合いを、楽しそうに聞く糸葉ちゃん。あわあわとする夜湖くん。
「どちらにしろ、俺らこれから後夜祭だから」
「え、糸葉ちゃんも?」
「そうですね。私もクラスの打ち上げがあります」
心細そうに顔を動かさず周りを見る夜湖くんに、少し姉心がくすぐられたのか、私は言った。
「お姉さんの代わりにはなれないけど、一緒にご飯でも食べる?」
「公佳さん、それ、悪いですよ」
「この前家に呼んでくれたじゃん。そのお返しに」
「あの、悪いですよ」
「いんじゃね。公佳姉基本優しいからな」
反抗期の弟がたまに漏らす「優しい」とか「可愛い」に、私は救われている。ちょっとキュンとくるところもある。
「写真撮っていいですか?」
糸葉ちゃんが手元側のカメラを向けた。みんなが収まると、かしゃっと音がした。
なんか本当に加工しているみたいな、綺麗な顔の写真だった。
「公佳姉、下唇出してんのもう賞味期限切れ、っぐ」
私は、ボコっと弟を殴った。
「可愛いですよ?」
夜湖くんが言ったそのせりふは、どちらかというと既成の動画を評価するみたいな口調で、なんの侵犯も、なんの意識もしていなかっただろうけれど、私は少しドキッとした。
そりゃ可愛いさ。可愛くしようと思ってんの!
私は今度は逆に下唇を噛んで、頬をひきつけた。
頬を朱に染めたのは、決して頬紅のためだけではなかった。




