3話「友達」
3話「友達」
部活が盛んな私の高校は、こういうふうにあからさまに韓国アイドルを気取った私みたいなファッションをする人は少なく、ちょっと浮き気味。
爪を遊ぶとか、そういう子はいるけど、運動部でそれはできないから、必然文化部となる。
爪を遊んで楽しくやっている女の子で、小夜威さんという友達がいる。
将棋部。私も将棋部。
小夜威さんは、結構遊んでいるから、駒はことりと置く。
ファッションはそんなに盛っていないけれど、元が綺麗な女の子で、あっさりした顔立ちだから、化粧がなくとも美しく見える。
私は例によってポロシャツとかワイシャツの第二ボタンをはずしていたりするけど、小夜威ちゃんと第一ボタンまで締める。
制服ライクはネクタイを選択。スカートじゃない日もある。それは結構かっこいい。
私が戸山の底辺なら、小夜威さんはまるで寡黙な親分のような存在で、先生及び同級生からの信頼が厚い。
馬場まで歩く土曜日は、池袋のジュンク堂に一緒に行く日。
「最近、弟に彼女ができた」
「へえ。それはいかんね。ちゃんとお姉ちゃんが一番であることを確かめたかい?」
「本当はまたがって確認しなきゃいけないのに」
「怠っているの? 怠慢だね」
「どうすればいいんだろ。彼女さんいい人だし、なんなら同いだし」
「??? 年上の彼女を作っているってこと?」
「そう。弟のくせに」
「写真。写真見せて」
「どっちの?」
「まず弟の」
私は、昔から時に応じて撮っている写真の中から、最も無難なものを見せた。
どれどれ、とスマホの角度を傾けるふりをして、小夜威さんは手慣れた画面捌きで、際どい上半身裸の風呂上がりの写真(隠し撮り)を拡大する。
「おーい、おいおい」
「ふむふむ」
「ふむふむじゃないよ、小夜威さん」
「撮ってる人が何を言っている?」
「それはそうですけど……」
「イケメンだ」
「でしょ?」
でしょじゃねえよ。と、ぽこっと撫で叩かれた。
「彼女の写真は?」
「最近自撮りで一緒に画角に写ったの。これこれ」
「……、美人だけど」
「けど?」
「お姉ちゃんそっくりじゃん」
「だーかーらー、迅は私が好きなの!」
「黙れブラコン」
「いいえ、黙りません。これは事実なので」
「で? もう負けちゃったお姉ちゃんは、これから先どうするの?」
「どうしよう……」
池袋に着くと、ジュンク堂で楽しく本を買う。
文庫ばかり買っていると、ハードカバーもいいよ、と小夜威さんは勧めてくれる。
それから小夜威さんの家があるときわ台まで移動する。
小夜威さんの家は姉妹らしい。
愛花ちゃん12歳の話を、小夜威さんはよくする。
少し発達が極端で、コミュ力は皆無だが、記憶力は抜群。
本日小夜威さんが妹のために買ってあげた本は、ルシアン・テニエールの『構造統語論要説』。
正直意味がわからない。
小夜威さんはとても頭のいい人で、でもその人がこの本について言ったことは「日本語ならまだいいんだ」の一言。
「ただいま」
かっこいい声で帰宅を告げる小夜威さん。
しばらくして、とてとてと歩いてきて、廊下の隅からこちらを覗く小動物がいた。
何回か会っている小動物愛花ちゃんだが、いつ見ても可愛い。
ただ、こちらが女子高生らしく「かーあーいーぃ」と言うとびっくりして逃げちゃうので、私は黙っている。チラチラと視線を向けるが、かなり可愛い。
「まな」
小夜威さんから呼ばれて、二歩ほどこちらに歩みを進める愛花ちゃん。
「今日も本を買ってきたんだ」
愛花ちゃんはうなずく。
もう二歩進める。
「これ、前欲しがっていただろ?」
愛花ちゃんはうなずく。
「もし、感想があったら、いつものようにレポートを書いてくれ。で、お姉ちゃんがわかるように書いてくれよ。できれば外国語は日本語に訳して、適宜改行をして、引用をふんだんにしてほしい」
愛花ちゃんはうなずく。
「メモじゃダメだ。私がわかるように、だよ?」
愛花ちゃんはうなずいた。
「読むのに体力がいるだろうから、甘いものを食べようか。今日は公佳さんが来ている。何かプレゼントがあるんじゃなかったっけ?」
とてとてと自室に戻ると、ことことと音がして、それから扉が開く音がして、また愛花ちゃんが出てきた。
印刷された自作小説を渡された。
「ありがとう」
私は、少し放心しながら、それを受け取った。厚さは一センチくらいで、分厚いとまでは言えないけれど、はっきり言って12歳がこんな量の文字を書くことが、信じられなかった。
笑うことなく、本を抱え、愛花ちゃんはリビングに向かった。
私たちは、洗面所で手を洗い、お菓子を食べた。
小夜威さんは、愛花ちゃんに気を配り、お菓子を食べさせたり、ジュースを飲ませたりさせた後、満を持して読むという強い意志をみなぎらせた愛花ちゃんを解き放った。
私たちは将棋をした。
「まなは、いろんなことをよく覚えている。世の中のことを何にも知らないように見えるのに、実はそんなことなくて、自分がかけられた声やされた行為の意図を、よくわかっている」
「そのルールがわかるの?」
「私にはまなが持つ抽象的な原則も、まなへの正しい応対の仕方もわからない。でも、まなは愛をよくわかっている。社会のルールではなく、人間の本質が、まなを見るとあるような気がしてくる」
私は、小夜威さんが考えている間に、愛花ちゃんが書いた小説を読んだ。
小説というか詩のようなものだったが、ゆるく各連は繋がっていて、ちょっとした言語パズルだった。
「私が、公佳を好きなのは、まなの文章を読めるからだ」
「そう? 読めているとは到底思えないけど」
「私は、わからなくて一行でギブアップだよ」
***
部活で将棋を指さないのは、こういうしっとりとした話を、小夜威さんが部活では絶対にしないからだ。
小夜威さんは、その気持ちのエネルギーの半分以上を、愛花ちゃんに費やしている。
「小さい頃は、悲しいことも結構あったんだよ。まなは、新品の本じゃなきゃダメなんだ」
「そういうこともあるよね」
「私たちが経済的だと考えることを、まなに押しつけることはできない」
たぶん「社会的に頭がいい」人というのは、果たしてこういうふうに守るものがあって自分の夢を簡単に諦める。夢でなくても生活を犠牲にする。
「嫌じゃないの? 小夜威さんは自分の夢があるんじゃないの? 書いたいものとか、行きたいところとか」
「その質問は、ずるいな。私の答えを見透かしている」
「嫌じゃないよね。だって、愛している人の幸せが、小夜威さんの最高の幸せだものね」
「正確に言えば、愛している人ではないんだ。……愛すべきだと思う人の幸せなんだ」
「それはもう、なんでもないと思わない?」
「なんでもないんだよ。神のいない宗教のようなものだ。でも私は、それを信じている。家族だからとか、そんなことは、私の頭にはない。ただ、事実として愛しているわけではなくても、愛すべきだとしたら、できることは、まなの、好きな本をジュンク堂で買うことくらい、許してほしいというだけなんだ」
この言葉の運用能力と、世界の現実把握が、特別性の証だった。
自分のことだけ考えている私と違って、守るべき人がまだ若いうちからある人を、私は知らなかった。
私は、その頭の良さが好きだし、思いやりのある生き方にも憧れる。
「私がこの前、聞かれたんだ。そうだ、思い出した」
小夜威さんは、唐突に立つと、廊下に出て、愛花ちゃんの部屋をノックした。「入るよ!」と声を出すと、愛花ちゃんと何か話しているみたいだった。
愛花ちゃんが小夜威さんに連れられてリビングに来た。
「手紙があるらしい」
そう言うと、愛花ちゃんは私に、ノートの切れ端に書いた手紙をくれた。
「踊りますか?」
「私? 踊れるよ? 何がいい?」
私はいくつかのK-POPミュージックをかけて、愛花ちゃんの前で踊った。
「私は下手なんだと」
「雰囲気の問題じゃない?」
「ん? どういう意味?」
「ちょっとお化粧施してもいい? 愛花ちゃん、ちょっと待っててね」
私が小夜威さんの顔に化粧を施して、私の同類にする。
幸い、小夜威さんの部屋には昔ながらの大きな化粧鏡があって、スタイリスト並みにとは言わないけれど、私の技術を駆使して、雰囲気K-POPアイドルを生み出した。
というか、素材がいいので、私は出来栄えにとても満足していた。
その格好で、また愛花ちゃんの前で踊った。
目が輝いているとは、こういうことなのかもしれない。
笑うことはないにせよ、瞬きせず、私たちを見ていた。
じっと、まるで網膜の裏に映像を焼きつけるみたいに。




