回想1「傘折、生涯憎むべき名前」
『1年2組 傘折密季』
入学式の日、昇降口前の掲示板に貼られていたクラス分け表に、その文字が載っているのを見た。
偶然目に入った。
そして目に入った瞬間、私の内臓は燃えるような熱を持った。
珍しい苗字だから忘れるはずもない。
傘折……傘折……。
私の生涯憎むべき名前。
私の父親は銀行員に殺された。
甘い言葉で信用させてお金を貸し、それを急に取り下げて父の工場は立ち行かなくなった。
「傘折さん! あと少しなんです! ここで打ち切られたら全てが……!」
「無理だって言ってるでしょ。事情が変わったんです」
そうやってスーツを着た男の人に泣きついてるお父さんの姿を覚えてる。
父は全てをかけて金属加工の新しい技術に挑戦していた。それがあと少しで成就するというところで融資を打ち切られて頓挫、土地を担保にしたせいで土地すらも奪われた。
そして人生の全てを失って、工場で首を吊り生きるのを辞めた。
年を重ねていろんなことを知っていくと経営とかをよく知らない私でも、町工場なんて今の時代なら淘汰されて当たり前かも、銀行が融資しなかったのも仕方ない。
そんな風に考えたこともあった。
————ただ、結局怒りに変わったのだ
「無価値なものは雑草のように引き抜かなければならない」
偶然出会った銀行員の傘折本人に言われたことによって。
△
「傘折さん、だよね?」
入学式を終え、新入生の家族との写真撮影なんかを兼ねた休憩時間。
一年の担任が教室へ来るまでの間、式の手伝いを終えて新入生の教室をチラリと覗くと、新入生にも関わらず、すでにある程度のコミュニティが出来上がっていた。
事前にSNSでグループを作っていたのだろう。
SNSの集団、同じ中学で固まる集団、それ以外の孤立。クラスが勢力に分かれていく。
そんな中で『それ以外の孤立』に該当するであろう1人の女の子がキョロキョロと何かを探すように隣や前後ろを見て口をパクパクさせているのが目に入った。
クラス分け表の出席番号と、席の位置から間違いない。
あれが傘折の娘、傘折密季だ。
そんなことを思ってクラスに入り近づいた。
新入生の視線が上級生の私に集まる。
「ねぇ、ちょっといい?」
「え……っ! あ、あなたは……?」
話しかけると傘折は怯えた目つきでこちらを見た。
よりにもよってお前かよって言われた気がした。
まぁ金髪の上級生から話しかけられたら、それはまぁビビるだろう。
「私は瀬波燕。あなたの名前は?」
「か、傘折密季……です」
ピッタリ、怯えながらこちらを見ていたので私は距離を縮める。
「ねぇ、キョロキョロしてさ。もしかして同じ中学の友達とかいないの?」
「は、はい……引っ越したばかりですから」
「へぇ……じゃあさ! 友達になろうよ」
「えっ……?」
口をポカンとあけて座ったままこちらを見上げた彼女の正面に回って屈み、同じ視線の高さで話しかける。
「だから、友達になろ? 新入生を見て私さ、あなたと友達になりたいと思ったんだよね」
そう手を差し出す。
「えっ、な……なんで私なんですか……」
「あなたが1番気になったんだって」
「それは、私が1人だったから……?」
「んー? いやまぁそれもあるかもしれないけど、あなたを見たら友達になりたい、あなたじゃないと嫌だって思ったんだよ」
戸惑ってる様子も気にせず直球で好意を示した。
恋愛的な意味じゃなくて、友達になりたい的な感じで。
少し警戒されたみたいだけど、でもゴリ押すように笑って見せると彼女は視線を泳がせる。
「え? えっと……うー……」
「ほら! ちょっと廊下歩いて探検してみようよ。まだ休憩時間あるでしょ!」
「えぇっ!? い、いいんですか……?」
「いいっていいって! 先輩からのお誘いだよ」
煮えきれない彼女の手を握り、私は連れ出した。
「ほら! どこから行く?」
「え……? あっと……こ、購買行ってみたいです。通った中学にはどこも無くて」
「おっけ、行ってみよ」
話しかけていくと、彼女の表情が少しずつ緩んでいくのが分かった。
よかった。無理やり連れ出して嫌われたら困ったけど、誘われ待ちだったみたい。
校舎を2人で歩き回る。
新入生は教室で休憩と言われていたけど、こんなところまで連れて来てしまった。
「うわぁ凄いなぁ……!」
購買部はもちろんやっていない。
空っぽのガラスケースにフィルムで『焼きそばパン二百円』とかポップだけが置かれてる。
彼女はキラキラした目で「凄いなぁ」と口にしながらそれを見つめている。
「凄い? ケース空っぽじゃん」
「でもここにパンとか並ぶんですよね?」
「まぁそうだろうけど」
「きっと争奪戦になるんでしょうね」
なぜか嬉しそうだけど、別にウチに関してはそんなことはない。
私は利用しないけど、いつも昼に見かけてまぁ普通に混んでるなと思うレベル。
「漫画の見過ぎじゃない?」
「そうですか?」
話しながらクスクスと2人で笑う。
その時の彼女はとても楽しそうで、見てると胃の中に不快なものを感じていた。
その後もこんなとこに部室棟があるんだとか、更衣室は遠くて嫌だねとか他愛もない会話をして2人で廊下を歩く。
そしてそろそろ戻ろうか。なんて話をした時
《ピーンポーンパーンポーン》
『1年2組、傘折密季さん、ホームルームを行うのですぐ教室に戻るように』
そう呼ばれた瞬間、私たちは2人で目を合わせて吹き出すように笑った。
そして一年生のホームルームが終わり。
改めて傘折が呼び出されていたのを見つけたので、私が連れ回したのだと説明したら教師に死ぬほど怒られた。
傘折の前で「先輩として規範となりなさい、あとその髪色はいい加減やめなさい」と進学校らしい説教台詞で怒られ、彼女は少し申し訳なさそうにしている。
信用を勝ち取るためだし怒られるくらいなら全く問題ない。
それに私は特待生だから、成績さえ基準を超えればある程度の自由は保証されている。
とにかく厳重注意で収めてもらって、私たちは2人で帰路に着く。
傘折は度々「私の代わりにごめんなさい」とぺこぺこ頭を下げて謝っていた。
「本当に退学とかじゃなくてよかったです……というか特待生だったんですね。金髪なのに」
「私もバイトしてる苦学生ですからね、ははっ。まぁ特待じゃないと黎明みたいな良い高校は通えないよ……てか別に金髪は関係なくない?」
「校則違反する特待生のイメージはないもので……ふふっ」
一瞬だけ私の髪の毛に視線を向け、一緒に帰る彼女は小さくクスリと笑って言う。
まるでミニマムなくしゃみのような抜ける笑いが、小さな彼女そのものを表してるようだ。
改めて観察すると見た目もそれなり……いや、かなり整ってる。
私よりは少しだけ長く肩のあたりで切り揃えられた黒髪と、ほっそりとした撫で肩はあまり運動が得意じゃなさそうなものの、目にかかりそうな前髪から覗く目つきや仕草には知性を感じさせる。
体型は痩せぎすな私に比べてしっかり曲線のある健康的な体つきをしている。
総合すると可愛くもあるけど、整ってるって表現が正しいと思う。
スクールカーストでもクイーンとかそのへんでも不思議じゃないくらいで、少なくとも私と話す時みたいなナード寄りのオドオドは違和感でしかない。
視線もあまり合わないし。
「あのさ」
「……は、はい」
「なんでそんなオドオドしてんの?」
「えっあっ……」
まただ。
普通に話してる時は伸び伸びとした雰囲気を感じるけれど、改めて目を合わせるとビクッとこちらを視線を右に左に泳がせて、何を喋るか考えてる。
「あっ、金髪だから? たしかにウチって全国的に有名な進学校だし、こんな先輩がいたら流石にビビるよね」
威圧的だったか。
そんなことを考えて聞いてみると彼女は首を横に振った。
「いや、あの、うーん」
「いいよ別に、私に何かあるなら正直に言ってよ」
「いえ先輩にはそんな……私、お父さんが転勤族で転校ばっかりだったから友達との付き合い方がわからなくて……」
お父さん。その言葉が耳の中で反響して残り続ける。
あいつの顔が思い出される。
たしかにあの男も容姿は整っていたな。
よく見れば目鼻立ちがそっくりで父親似なのが分かる。
でも、確認のために聞いてみる。
「転勤族って……銀行とか?」
「……よくわかりましたね。そうなの。転勤が多いんだって両親に言われてずっとついて回ってたんです。まぁでも色々あって転勤はもうないみたいです。やっと地に足ついたというか」
あいつだ。確定した。
ついつい笑ってしまいそうになる。
数ある人間の中で当たりを引いたんだ。
神様はきっと大量にいる地球上の人間の中で私を見つけてくれたのだろう。
砂漠の中でダイヤモンドを見つけるように数ある人間から私を見つけて復讐のチャンスをくれた。
地に足がついた。
出世でもしたのかは知らないが、また転勤で逃げられることもないみたいだ。
人間の頭っていうのは嬉しい時ほどよく回る。
私は自分の人生を修正する。こっちの方がダメージが絶対大きい。
深くあの男を傷つけられる方法を思いつく。
味わえ。大切なものがいなくなる悲しさを。
そしてそれを「価値がない」と吐き捨てられる悔しさを。
私はこの傘折の娘を自殺まで追い込んでやると決めた。
お前の娘は弱かったから死んだんだって伝えてやるんだ。
なんなら「傘折……? 誰だっけ?」なんてとぼけてみせてやる。
そんなマグマですら生ぬるいドロドロとした憎しみをお腹の中で留めたまま、傘折密季に笑ってみせた。
ここから6月まで私は彼女の友達で居続ける。
私に依存し始めたその時、傘折を裏切ってやるんだ。
「絶対に許さないから……」




