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密季
燕ちゃんに向き合いたい。
私を攻撃したことに罪の意識を感じているなら、その出元を知る必要がある。
「お父さん?」
「……密季か。起きてたんだね」
夜9時を過ぎて1人リビングで缶ビールを飲んでいたお父さんに私は話しかけた。
なんとなく日常会話をしたりするけど、私から話しかけることはあまりない。
自然とテーブルの向かいに座ったつもりだけど、なんか改まってしまったそんな一連の流れにお父さんは少し眉根を寄せた。
「どうした?」
「いや、あのさ」
私の好きな人の実家をお父さんが潰したらしいんだけど、心当たりある?
そんな直球を投げられるわけはなく、視線も合わせられず「あー」とか「えー」とか言っていると、何かを察したのかお父さんは少し息を吐いた。
「お小遣い? 何か欲しいものがあるのか?」
低い声だけれど優しく私が話しやすいような声色でゆっくりと私に投げかけた。
けれどお父さんの読みは外れ。
「あ、いやっ。違うの。お父さんの……仕事のこと……聞きたくて」
もう銀行員としてのキャリアを見込めない父には、なかなかヘビーな問いを勢いで投げかけると、お父さんの目から光が消えた。
「なんで聞きたいんだ?」
「銀行員……だったんだよね。どういう仕事をするのかなって」
「金融業界に就職するのはやめなさい。シンプルに公務員とか、もっと手堅い職業がいい」
缶を口に運んでそう言ったお父さんに私は力が抜ける。
就職の話なんてしてないのに決めつけて、話を勝手に進める。
でも今はそんなことに萎えてる場合じゃない。
「違うよ。えっと、政経の授業で金融をやるから……予習? みたいな」
「そうか。まぁなんだろうな。授業に役立つか分からないが……銀行の役割というのはまず……」
「あ、あぁいや! そういうのはいいから。お父さんが銀行でどんな仕事をしてたのか知りたい」
「そうなのか? まぁいいが、俺は融資部にいたんだが……」
そこでお父さんの仕事内容を教えてもらった。簡単に言うと取引先の企業を審査してお金を貸すかどうかを決める部署らしい。
お金を貸したらその分増やしてきっちり返す優良企業とたくさん契約するのが指標だって簡単に話してくれた。
そしてそんな話を聞き、頃合いだと思って私は
「あのさ、お父さんはどんな企業と取引したりしてたの?」
「なんでそんなこと聞きたいんだ?」
「ドラマとかだと銀行って工場とかそういうところと取引してるイメージないから、あるのかなって」
「あぁ、あるよ。俺もまぁ色々と町工場を巡ったりした」
ふふっと懐かしむようにお父さんは笑う。
ただその笑みは一瞬で消える。
「とはいえ、思えばあれが失敗だったな……」
そして歯を食いしばった。
お酒で少しだけ口が緩くなっているのかお父さんは普段と違って感情的だった。
だから私は少し突っついてみる。
「なにか失敗したの? 町工場が関係してるの?」
「いや、町工場を潰したのは失敗じゃなかった……いや、失敗ではなかったことが失敗なのかもしれないが……」
ボソボソと恨み節のような言葉をつぶやいている。
ただその中で「潰した」と言う言葉が聞こえたのが気になった。
「お前の父親がお父さんの工場を潰したんだ!」
燕ちゃんの怒声が頭の中に響く。
金属加工の工場を経営していて、お父さんに潰されたと言っていた。
騙されたんだって……
「潰したの?」
「あぁいや、潰したというのは聞こえが悪いな。間引いたんだ。経営が少し傾いた工場の土地を担保に融資契約をして、収益が望めなければ切り上げる。そして担保の土地を回収して捌く。そういうスキームで……」
回復する工場はそれでいいし、それでも厳しそうなのは容赦無く打ち切って担保の土地を捌いてそれで利益を上げる。
お父さんは笑ってそう言ったけれど私は笑えなかった。
何も悪いことはない。そういう仕事だ。と言わんばかりの口ぶりだった。
「でも、それがきっかけでお父さんは銀行を……とか?」
「よく分かったな。そうだ、バレてこのザマだ」
くそ。とお父さんは舌打ちをする。
珍しく感情的な一面をみせた父親の一面に少し背筋が震える。
「やっぱりいけないこと……なんだよね」
「無価値な工場を潰したんだが何人か経営者が自殺したらしい、その時は問題なかったが何年かして倫理的に問題があったと指摘を受けた。合法の範囲でやっていたのに利益を出さないそいつらに足を引っ張られた」
だから転勤がなくなった。系列会社に左遷されて出世コースから外れた。
そういう業界だ。入っちゃいけない。
無価値な存在に足を引っ張られることの苦しみを娘には知ってほしくない。
お父さんはボソリと何度も何度も付け加えた。
「袴田……松原……宇津木……あいつらが死んだからだ……」
ぶつくさと呟く。
しかしその声色にも顔色にも懺悔の様子は見えず「もっと上手くやれたかもしれない」という後悔の色が滲み出ていた。
普段の理性的な父を見てると、こんな発言を平気で出来てしまうことにお酒の恐ろしさを感じる。
ただ正直それよりも……父親をここまで軽蔑できるとは思わなかった。
銀行の世界がどういう業界なのかは知らない。
お父さんのやったことがどこまでが当たり前で、どこまでがおかしいことかも私には分からない。
けれど経営者を自殺に追い込んで「足を引っ張られた」なんて言葉を吐ける人間がこの世にどれだけいるだろうか。
酔ってるにしてもありえない。
この人と同じ血が自分に流れていることへ
の不快感が全身を這い回った。
「そういう……業界なんだね」
「競争だらけだからな、出世レースの世界だ。就職はおすすめしない」
私はもうそれ以上聞く気がしなかった。
まだ私が金融業界への就職に興味を持ってるんだと思ってる。
違うと言ったのだけれど、それを聞く気はないみたいで呆れてしまう。
いや、呆れてしまうというより悲しくなった。
私はこの父親の稼いだお金で生活をしている。
お金に貴賎はない。そこに問題は感じない。
けれど好きな人の幸せが出世レースをする人間に潰されて、幸せを潰して稼いだお金で生活をしていたことへの嫌悪感と罪悪感で全身が埋め尽くされる。
燕ちゃんのお父さんの工場も「無価値な工場」のひとつで、燕ちゃんのお父さんも「足を引っ張った」存在なのだろうか。
工場の名前も燕ちゃんのお父さんの名前も知らないから詳しくは聞けない。
でも瀬波はいなかったから……違うのかな。
いやでも苗字が変わってる可能性もあるし……。
とはいえ……燕ちゃんの言い方的に事実なのは間違いない。
燕ちゃんに渡されたネックレスについている金属のチャームは、三角形と四角形が入り組んで別の図形を構成しているとても素敵な意匠で、加工が簡単かも難しいかも分からないけれど技術や愛を感じる。
社会は情だけで動く世界ではないのは理解しているけれど、父の貶すような言い方にひどく寒気を覚えた。
私の中で燕ちゃんへの罪悪感が膨らんだ。
謝らなければいけないのは父の方だ……。
アルコールが回ったのか悔しそうにボソボソとまだ恨み言を口に出した父親に呆れてしまい、私はリビングを出た。
「あんな親に燕ちゃんの家族は……」
今まで自分を見てくれなくても、両親のことは好きだった。
2人とも優しいし、欲しいものは自分の思ったものとズレるけど大体買ってくれる。
私個人ではなく娘として。かもしれないけれど愛を持って接してくれている。
だけど、あの話を聞いたら父のことが明確に嫌いになった。
否定はしない。仕事でそこまでしなきゃいけない状況だったのかもしれないと否定はしないけれど……。
ただ、それを「あれがなければ」なんて後悔していまだに引きずっていたのが理解できない。
カンニングがバレて「カンペを別のところに隠していれば……」と後悔するような浅ましさを感じた。
そもそもが間違っているのに。
私は燕ちゃんへの後ろめたさで内臓がひっくり返りそうになっている。。
お父さんは謝らないだろうから私が謝りたい。
こんな手口で工場が取り潰されお父さんが自殺して、燕ちゃんが辛かった中で私が生きていたことにひどく自己嫌悪に陥る。
罪を感じるべきは自分なんじゃないだろうか。
前も燕ちゃんの家で同じように思ったけど、その比じゃないくらい罪の意識に胸が詰まりそうになる。
そんなことを思いながら、私は逃避するようにスマホの中の燕ちゃんとの写真を眺めてベッドで横になった。
「これが……」
写真の彼女の首元には、綺麗なネックレスが光っている。
「……これは私が持ってちゃダメだ」




