27
燕
魚の骨が喉に引っかかるような苦しさがある。
密季にしたことを由希たちに話してもそれは和らぐことはない。
由希たちにも嫌われて、本当に1人になれば自分への罰になると思ったら違うみたいだ。
ただ、苦しい。
苦しいと思うことすら烏滸がましいのだけれど。
もう金輪際幸せを感じてはいけないんじゃないかとまで思えてくる。
好きであってはいけないと思うたびに、彼女への想いが胸に募る。
少なくとも密季の人生が幸せだったんだと思える時までは、幸せは私の人生に不適格だ。
「燕!」
1人で昇降口まで逃げるように歩いていたら、由希と香織が廊下を駆けてくる。
返事は出来ず、無視するように向き直ると後ろから肩を掴まれる。
「なんで無視すんの」
「そうよ、あんなこと言って。もっと詳しく話しなさい」
「あれが全てだよ。私は最低だから」
自嘲気味にそう言ったものの、肩を掴む強さは変わらない。
「いいから詳しく言う、細かくね」
「背景、人物、心情描写を怠らずに話しなさい。出来のいい小説みたいに」
「何その注文……」
背中越しに2人からそう言われ、私は密季に関する経緯を歩きながら話した。
あの子の親へ恨みがあったこと、優しくするフリをして暴力を振るったこと、そして最終的に殺そうとしたけれど失敗したこと。
その後は脅されるような形で付き合ったけれど、その好意はストックホルム症候群による心の異常だと言うこと。
自分なりに詳らかにした。
痛い部分も、八つ当たりみたいな部分も。
すると、いつの間にか両隣に並ばれており取り調べみたいになっていた。
「だからあんな風に言ったの?」
自分でも重い話をしたはずなのに、由希は私の右隣でケロッとした態度で顎に手を当てて口を開く。
こんなやつだったんだって嫌われることも覚悟して話したのに、2人はそれを聞いて悪感情を見せることはなかった。
そんな様子に私はどう言う態度をとっていいか、心の居どころが分からない。
「なんとなく事情は分かったわ」
左隣の香織はふんと鼻を鳴らしてこちらを見上げた。
「わかったならもう……」
「友達はやめないわよ」
「いや、でもこんな最低な人間は……」
「過去の話だし、今は反省してるんでしょ?」
香織は顎にトントンと人差し指を当てながら、穏やかに笑ってこちらを見た。
「全てを諦めている友達がいて、放っておけないもの」
「というか、いつまでも反省されてるのは鬱陶しいよ。一周回って被害者意識すら感じるからねぇ〜」
その言葉に追従して、由希もこちらをいじるように笑った。
「そうね、それに傘折さんとのいざこざは私たちには関係ないわ。自分を追い詰める手段に私たちを巻き込まないで」
「いいの……?」
「まぁ正直言うと微妙よ? でもね、そういう人と友達になりたいとは思わないけれど、友達がそういう人だったらなぜか自然と受け入れてあげたくなるわ。不思議よね」
真剣な眼差しの香織に私は唾を飲んだ。
「好きなんでしょ? 今は傘折ちゃんのこと」
目を逸らすとその先でも由希が普段見せない真剣な顔で私を見る。
「……」
あの子の心を歪めておいて私は勝手にそんな想いを口に出来ない。
勝手に追い詰められていく私の心。その逃げ道を塞ぐように2人は抜群の連携で心を見透かしてくる。
「答えないということはイエスで取るわね」
「私のせいで、狂っちゃったんだ。私がいなければあの子はもっと幸せだった」
「何でそう言い切れるのさ」
由希と香織がこちらを覗き込むも、私は目を合わせられない。
どうしたらいいか、自分でも分からない。
傘折に対して「あの時は色々あったけど」なんて加害者本人が言うのはすごい腹立たしいことだと思う。
警察に捕まれば前科として経歴に傷がつくけれど、捕まってない以上なにかしらで私は心に傷をつけるべきなんじゃないだろうか。
「んー……じゃあこうしましょうよ。刑期の終了を私が決めてあげるわ」
私を見て、少し悩む様子を見せたかと思えば香織はポンと手を叩いた。
「あなたは自分で色々決めすぎなの。他の人からこうすべきって決められた方が楽よ」
「楽な方法を探すのって違う気がするけど」
「進んで自分を苦しめるのも少し違うと思うわよ」
そんな私の反論に香織は一切怯むことなく言葉を返した。
「それに自己完結してる反省なんて何の意味もないわ。勝手に坊主にして反省しましたって言っても相手が納得しないと意味ないし、こういう1人で抱え込む問題は誰かが許す段階を用意してあげなきゃいけないのよ」
「自分を許すタイミングを香織が決めるってこと?」
由希がそう言うと香織が私と目を合わせたまま首を縦に振った。
ただ私はいまひとつ要領を得ない。
「どういうこと? タイミング……?」
「そう。夏休みのときにしたでしょ? あれと同じ単純な約束ごとよ。燕、もし傘折さんがこう言ってきたらあなたは自分を許しなさい。自分を許す『合言葉』ね」
そう言って香織は人差し指を立てて静かに私を許す『合言葉』を口にした。




