26
始業式が終わってホームルームを終えてすぐ、燕ちゃんの教室へ向かった。
「燕ちゃん……!」
教室の扉から中を見ると廊下側真ん中の席に燕ちゃんはいた。
「あれ、傘折ちゃんじゃん」
舞浜先輩と目が合った。
手で招かれて教室に入ると、それに合わせて入来先輩と燕ちゃんがこちらを見た。
「あら? 別れたんじゃなかったの?」
「別れたよ」
顔色を変えず、こちらを見たまま小さく口を動かしていた。
冷ややかでも温かくもない、何もない視線がただ私を撫でている。
「別に喧嘩したわけじゃないのね」
入来先輩の言葉に私は首を縦に振った。
「じゃあなんで別れたの?」
「傘折さんに私は釣り合わないから」
燕ちゃんの「傘折さん」というよそよそしい呼び方に背骨が冷える。
「しおらしいと思ったらそんな理由で別れてたのね」
「付き合うのに釣り合いとかいるぅ?」
私は「もっと言って」と先輩2人に言いたかったけれど、口にできなかった。
自分でも勢いのままにこの教室に来てしまったし「復縁したい」と表明して拒絶されたら、それこそ私が未だに受け入れていない2人の距離が確定する気がした。
あの2人は別れたんだ。気持ちが完全にすれ違っているんだ。
周囲になんとなくそう思われてることが真実になってしまう。
違う。絶対違う。
燕ちゃんは私のことを「密季」って呼んでくれた。
呼びたかったって言ってくれた。
まだ気持ちはある。私への気持ちがあると信じてる。
私への暴力で自分を許せていないだけで、その責任感で距離を置こうとしてるだけなんだ。
「燕ちゃん……」
でもそうやって口を開いて名前を呼んでも穴のような目でこちらを見るだけだった。
その視線に神経が凍りつく。
何かを言葉をかけようにも詰まってしまう。
私がいることで燕ちゃんはこうなってしまったのなら、近づかない方がいいんじゃないか。と自分の望みとは違う判断が脳みそで勝手にされている。
燕ちゃんの幸せに私が寄り添いたいのに、私がいることで彼女が苦しむなら……。
そんな吹き飛ばしてしまいたくなるような理性的判断が私の頭にモヤをかける。
「由希、香織、帰ろう」
「燕ちゃん……!」
手を握ってなんとか引き止めようとしたけれど、燕ちゃんはその手を避けて立ち上がる。
「先行ってる」
「あ、えっ……!」
「えっ、ちょっ燕?」
「どうしたのよ急に」
嫌なのか、辛いのか、感情自体が読み取れない。
足が床に張り付いたように重い。
そんな私たちを見て、先輩2人もびっくりした様子で声を上げた。
しかし燕ちゃんはそんなのを気にせずカバンを肩に背負い、こちらを見つめて口を開く。
「友達、出来たでしょ。あなたは私なんかといるべきじゃないよ」
少しだけ体を屈めて私の目を覗き込んで燕ちゃんは言う。
静かに、子どもに言い聞かせるようなトーンで私に届く。
燕ちゃんから投げかけられる言葉は、角が取れたような丸いものなのに影がある。
悲しくて、遺言のようなその言葉に胸を締め付けられる。
なんて言えば元に戻れるのか……縫い付けられたように口も頭も上手く動かない。
「燕、どういうことなの。夏休みに何があったのよ」
「そうだよ。なんか変だし、別れたくないならそう言えば……」
舞浜先輩も入来先輩もそんな違和感に声をあげたが、燕ちゃんは言葉を遮る。
「私、この子に暴力振るってたんだよ。私は傘折密季が嫌いで、殴ったり蹴ったり、首を締めて殺そうともした……失敗したけど」
彼女はつっかえることなく言葉にした。
まるで駅から学校までの道筋をなぞるように淡々と言うものだから、その事実を知らない先輩2人は口が空いたまま戸惑ってる。
「え? どういうことなの……?」
「傘折ちゃん、マジ?」
2人の視線がこちらに集中する。
「……」
その追求に目を逸らしたものの、否定はしなかった。
そんなことがあっても私は気にしていないという表明のつもりだった。
しかし裏目になってしまったようで、シリアスな空気が先輩2人にも伝播する。
2人の視線が燕ちゃんに向き直すと、彼女は諦めたように目を細めてこちらを見る。
「じゃあね、やっぱ1人で帰る」
そして彼女はハァと軽くため息をつきながら、私を通り過ぎて速足で教室を出た。
「ちょっと燕! 香織、追いかけよう」
「そうね……! 傘折さん、ごめんなさいね」
舞浜先輩と入来先輩が追いかけるのを見届けて、私は居づらくなった教室をそそくさと出た。
結局、距離は近づきも離れもしなかった。
自罰的な彼女を見て、私は胸が痛くなる。
一緒にいたいのもそうだけれど、彼女がずっと苦しい世界にいてほしくない。




