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体の内側が、燕ちゃんへの気持ちで埋め尽くされている。
これは本来、父親が抱くべき罪悪感だと思うけれど、私がそれを背負っている。
私にはどうにも出来ないくらい父の罪は重かった。
ただ、だからといって距離を取ろうとはやっぱり思わない。
お互いに自分の中で許せないことがあって、それが相手との関係性に絡むことならしっかりと向き合う必要がある。
もうわかる。
燕ちゃんは私のことが好きだ。
好きだから辛い選択をして自分に罰を与えようとしているんだ。
私の大好きな人が自分のことを好きだと思うと心が弾むし、体は軽くなる。
ベッドの中で掛け布団をキックしてしまいそうになるくらいには嬉しさでときめいている。
けれどその後で、父の言葉がチラついて罪悪感に押しつぶされる。
やっぱりこのまま一緒にいるには2人ともすれ違いすぎていて、歩み寄れる段階ではなくなっている。
「……?」
スマホの写真を眺めていたら携帯に通知が来る。
電話だ。相手の名前は『小針』とある。
これって名前……?
とりあえず電話に出てみると聞き覚えのあるテンションの声が耳に入る。
「やぁやぁ。今大丈夫? せっかくだから電話しようと思って」
「……どちら様ですか?」
「えっ?」
ラグが起きたのか黙ったのか、少しだけ沈黙が流れた。。
「……鮫島小針だけど、覚えてない?」
あー。そういえば……そんな名前だったかも。
クラスのグループチャットから電話をかけてきたようだ。
「思い出しました」
「びっくりしたー! いやさ、聞きたいんだけど女の子と付き合うってどんな感じなの?」
いきなりすぎる。すごい失礼。
「なんで……答えなきゃいけないんですか?」
「気になるじゃん。あの先輩怖いけど綺麗だし付き合ったらどうなるのかなって」
もしかして燕ちゃんを狙ってる……?
私は少し心の奥底がザワザワと泡立って鮫島さんへの警戒を強めた。
「……ダメですよ、まだ私が好きですから」
しかし心の内で思ったことが口から出てしまう。
「あっはっは! 狙ってないよ! そうかそうか、まだ好きなんだ」
「……さっきから何がしたいんですか? 切っていいですか?」
「ちょちょちょ! いやね? 聞いた理由はさ、なんで別れたのかなって」
最初こそ茶化すような声色で言っていたものの、落ち着いた真剣なトーンに変わる。
「なんかあの先輩さ。私に『傘折さんと仲良くしてね』なんて言ってたけど、まだ好きなんじゃないかなって」
鮫島さんは言う。
「それは……」
「なんかまだ両思いっぽくない? なんで別れたの?」
この人、鋭いかも。
電話越しでついつい身構えてしまいそうになった。
「色々とあって……」
「付き合えなくなるほどの重い事情があるの?」
あるんだよ。燕ちゃんは苦しくて、それでも鮫島さんに仲良くするよう言ったんだ。
まだ私を見てくれている。
けれど私の中の罪悪感も膨らんでお互いにもう近づけない。
耳に当てたスマホをグッと握りしめる。
「ありますよ」
「へーそうなんだ……。まぁいいや、知れて良かった。友達のことは知っておきたいからね」
それ以上深くは追及しない。そんな線引きを鮫島さんから感じた。
「友達……」
「違う? あたしはそう思ってるけど」
「いや、友達いなかったので……なんでなってくれるんですか?」
「ん? まぁなんとなく? なりたいと思ったからかな」
純粋に興味があるから。彼女はそう言った。
そんなもので成立するんだなってつい口元が緩んだ。
声だけしか分からないけれど、きっと鮫島さんは笑ってる。
「ねぇ密季って呼んでいい?」
密季。名前を呼ぶ声が観覧車の中で呼んでくれた燕ちゃんの声と重なる。
「ダメです」
「えーダメなの? せっかく仲良くなったんだしお互いに名前で呼ぼうよ。初めましてみたいじゃん」
「まだ初めましてみたいなものじゃ……あっ」
私の承認を超えてすでに友達にカテゴライズしてる彼女に呆れてそんな風に言うと、ふと思いついた。
……そうだ。
私は鮫島さんとのやりとりで一つ。修復のやり方を思いついた。
リセット……そうだ、リセット。
これならやり直せるかも知れない。
「ありがとう鮫島さ……小針ちゃん!」
「えっ? あ、うん。なんか吹っ切れた? それなら良かったよ。みつ……」
「それはだめです、あなたは苗字で呼んでください」
その名前を呼ぶのはまだ駄目。
あの人にまっすぐと目を見てもう一度呼ばれてからがいい。
「えー? なんか変だなぁ……まぁ元気になったならいいや。あたしも楽しい話聞けたし復縁したら教えてね」
そう言うと小針ちゃんは電話を切った。
もしかしたら話を聞きにきてくれたのかも知れない。
少し距離の詰め方がダイナミックな気がするけど、悪い人じゃないかも。
そんなことを思いながら、私はスマホの画面を消して眠りにつく。
明日、あのネックレスを返そう。
☆
翌日、私は校門で燕ちゃんを待った。
あの金髪が朝日に照らされてキラキラと光る様子を想像して。
するとまだ余裕のある時間にその金色の先輩は現れた。
集団の中に混じっているけれど、進学校らしくカッチリとした生徒の中で金色の髪は明らかに浮いている。
……見つけた。
グッと全身に力を込めて見つめると、燕ちゃんも校門の前で立つ私の姿を見つけたみたいで目が合った。
やっぱり私を見つけてくれる。嬉しくなって今すぐ駆け出したい。
けれどそれを抑えて、こちらに来るのをじっと待つ。
私は今日、関係を終わらせに来たのだから。
「瀬波先輩」
あえてよそ行きの呼び方で燕ちゃんを呼ぶ。
声が届く距離まで来て、そう声をかけると目を細めて苦しそうな顔でこちらを見る。
一瞬顔を背けたけれど無視までは出来ないみたいで、またこちらを見て流れを抜けて私の前に来てくれた。
「……なに?」
「放課後、いつもの場所に来てください。先輩が私を呼んでいた場所です」
別棟3階女子トイレ。
1学期の間、何度も呼び出されて殴られたり蹴られたりしていたのを思い出す。
痛かったけど、逃げようとは思わなかった。
誰かとの繋がりに飢えていて、ストレス発散、復讐、どんなものであろうと私のことを見てくれてることが嬉しくて、呼び出されたら躊躇いなく向かった場所。
あの場所に燕ちゃんを呼ぶ。
「話があるので」
細めた目でこちらの思惑を読み取ろうとした燕ちゃんの顔を見て私は付け加える。
「いつもの場所って分からないな」
「ずっと待ってますから。来なかったら私は餓死します」
私はそう言ってとぼける燕ちゃんを牽制する。
すると何か思うところがあったのか、彼女はハァと大きめなため息をついて吐き捨てるように言った。
「……嫌な言い方」
そう言うとむず痒そうに口元に力が入って顔を歪めた。
夏休み入る前、無理やり付き合うフリをさせた時と同じような顔だった。
燕ちゃんはそう言い残してその場を離れていった。
「待ってますからね」
そう言うとさらに足を速めてスタスタと逃げるようなその様子に、まだ私のことを意識してくれてると感じる。
私を見てくれてるんだと安心して、ふぅと息を吐いて胸ポケットのネックレスの感触を確かめる。
キラキラと朝日を反射する金色の髪と、スラっとした背中を見送る。
いまだに夏休みの関係性を引きずってる私を除き、学校では夏休みムードから一瞬にして切り替わり二学期のカリキュラムが始まる。




