18
そろそろ花火の打ち上げが始まる。
群衆は場所取りのためにさっさと消えていって縁日エリアもだいぶ人が減った。
人に疲れた私たちは「打ち上げ花火は帰り道で眺める」ということに決め、縁日の入り口に戻る。
逸れる心配もないのに帰りもお行儀よく手を繋ぐ。
そんな中で私はイライラをいまだに抱えながら、恍惚の表情を浮かべる傘折に話しかけた。
「本当にそれでいいの?」
「いいんです。燕ちゃんが射的で当てたから貰えたんですよ? この指輪」
私たちはクマを射抜いたけれど、あのハゲ親父曰く「当てて倒したら景品ゲット」らしい。
すみっこの方に張り紙はあったんだけど小さくて気づかなかった。
私は「あのサイズのぬいぐるみがコルクの弾で倒れるわけない」と抗議はしてみたものの、結局はあのハゲ親父の裁量で景品は渡されるため、あのクマをもらうことは叶わなかった。
その代わり『ヒット賞』としておもちゃの指輪を渡された。
青いプラスチックが宝石のように装飾された指輪。
子供向けの参加賞みたいなものらしく私は別にいらなかったけれど、お金を出した傘折が欲しいと言っていたからゴネることもなくそれを貰って退散した。
「嬉しいなぁ……燕ちゃんからのプレゼント」
「おもちゃじゃん」
「燕ちゃんから貰えばなんでも嬉しいんですー」
傘折は繋いだ方の手をグッと握り、もらったおもちゃの指輪をもう片方の左手の薬指につけて恍惚としている。
少し彼女が心配になる。
傘折が執着している対象が罪を抱えた私じゃなかったらどうなっていたんだろう。
きっと泥沼だ。
「あっ、すいません。ちょっといいですか?」
「ん?」
傘折は突然手を離した。
「ちょっと失礼しますね」
「どこに?」
「レディにそういうのは聞いちゃダメですよ」
「……あぁ。じゃあ入り口にいるよ」
「わかりました」
トイレか。
そう1人で納得すると彼女はちょこちょこと看板に導かれるまま消えていった。
その背中を見届けて私は縁日の入り口まで歩いていく。
「初めに比べたら閑古鳥みたいな感じだ」
土用縁日の幟のそばで傘折を待つ。
来た時は人が激流のように往来していたけれど、今見れば穏やかなものだ。
お客のいない出店のおじさんも椅子に座ってスマホをいじっている。
もうお客は流れきったのだろう。
来た時に比べれば穏やかなものになっている。
少し、自分に近いものを感じる。
傘折と一緒でこんな穏やかな気持ちになるなんて、最初は思わなかった。
彼女といると否応なくお父さんのことを思い出すことになるけれど、しかしながら傘折密季と傘折父を同列視することはない。
彼女は無関係だ。
冷静になると、純粋な彼女に対して償いきれないほどの傷を残してしまったと感じる。
彼女からしたら勝手にキレて勝手に全て解消して、本当に自分本位なのはわかっている。
だから贖罪として、彼女の望みである恋人を演じている。
叶えられる範囲で彼女の希望を叶える。
そんな風に思いながら私は傘折……密季。
密季、密季。うん。
密季が来るのを待っている。
「はぁ……」
「あれ? 燕?」
そんなことを思ってため息をついた瞬間、声をかけられた。
由希と香織だった。
浴衣姿の2人は仲良くりんご飴片手に私の前で足を止めていた。
「珍しいわね。1人でこういう場所来るなんて」
「そうだよね? てかなにぃ? あたし達の誘いは断っておいて誰と来てんの?」
……答えをもう見透かしているのに、ニタニタこちらを覗き込む由希。
ピンク色の綺麗な浴衣を着て髪をまとめ、どこぞの令嬢のような雰囲気を醸し出す香織は、その様子を澄ました表情で眺めている。
相方のダル絡みをお嬢様は止める気はないらしい。
きっとあの澄まし顔は「聞く気満々です。由希はもっと追及しなさい」の顔かもしれない。
「……傘折ちゃん。いるんでしょ?」
由希はニヤニヤとこちらに無理やり視線を合わせてくる。
「……いない」
「はい嘘ー。倹約家な燕が私たちの誘い断ってこんなお金のかかるところ来るわけないもん」
ルビーのようなりんご飴をこちらに突きつけて、水色の浴衣の袖をヒラヒラとさせながら言う。
「遊ぶお金くらいはあるし……」
「それは知ってるわ。でも私たちと遊ぶ時くらいしかお金使おうとしないじゃない」
「そうだよ。燕が自分のためにお金使うなんて髪の毛染める時くらいじゃん。縁日なんて割高だし近所とはいえ1人では来ないでしょ」
「花火を見に来たんだよ」
「無理あるわよ。燕の部屋でもいいもの。近くで見たいって風情を持ち合わせてるわけじゃないでしょう?」
うっ。と息を漏らす。手厳しいけど図星。
2人から徐々に逃げ道を塞がれて私は言葉責めの八方塞がり。
「はぁ……そうだよ。いるよ」
そして素直に折れた。重いため息と共に。
「素敵ね、縁日デート」
「うん、燕がこういう場所に出てきてくれて由希姉さんは嬉しいよ」
「……私を引きこもりか何かだと思ってる?」
いやいやそんな。と由希は顔の前で手を振っておどけて見せた。
「傘折さんともラブラブだものね」
そう言われた瞬間、なぜか顔に血液が集まったように熱くなった。
何も言えないところを捕まえて由希は言葉を繋いだ。
「うわ! やっぱそうなんだー。いいなぁ恋人」
「えぇ。とっても素敵。夏休み入ってから特に感じるわね」
「うんうん、なんか夏休み前は付き合ってるっていうより燕が付き合わされてる感じだったよね」
「……えっ?」
その言葉に一瞬肝が冷える。
「あー、そんなことは……ないよ。うん」
そんなことは”あった”から言葉が詰まる。
「むしろ燕は嫌ってたみたいに見えたし、脅されでもしてたのかなとか思ってたんだよ」
追撃のような言葉に私は顔に力が入った。
由希は勘が鋭い。
冗談めかしているけど核心をつくことが度々あって、今回もそれなのかと私は「あーどうかな」とか言いながら彼女から目を逸らした。
由希に隠し事はやっぱり出来ないなと改めて思い直すと、今度は香織が下からこちらの顔を覗き込んできた。
「そうよね、だけど今は顔を赤くして見たことない顔をして……キスでもしたのかしら?」
「っ!? は、はぁ!?」
そう言われた瞬間が顔に全ての血液が集まったのかと思うくらい一瞬で顔が熱くなる。
密季が私を捕まえて強引にしたキスの柔らかい感覚が、明瞭にフラッシュバックした。
「な、なんで……」
「そうとしか思えないもの」
「えー! キスしたの!? 見たい!」
人の出入りが少なくなってはいるものの、往来がまだまだある中で大きな声でそう言葉にする由希にまた心臓の鼓動が早まる。
「み、見せない……っ!」
「見せない?」
「してないじゃないのね……よく分かったわ」
「あっ、ちょっ! 香織!」
また行間を読み取って納得する香織を見るも、聞きたい答えを聞けたと言わんばかりな満足げな表情をしている。
「いやー香織殿、いい顔見れましたな」
「うむ。そうだね由希代官、私たちも邪魔したらいけませんからな」
「いや、だからぁ!」
そう言って2人は私に言い返す間も与えず、そそくさと打ち上げ花火を鑑賞するため河川敷のさらに奥へ向かっていった。
「なんなの……」
「どうしました?」
「うわっ!」
後ろから突然話しかける密季に私はつい声をあげてしまう。
さっきまでの突撃取材を知る由もなく、彼女はこちらを見ながら首を傾げていた。
「キスでもしたのかしら」
頭の中で香織の声が反響する。
「……っ!」
視線が彼女の目から唇へ無意識に移り、それを隠すように顔を逸らす。
私はどんな表情をしていただろう。
なんで現実には俯瞰視点がないんだ……!
ハッとして、傘折密季に対する感情が明確に変化しているのをその時に改めて感じた。
とはいえそれがどんなものかは、いまだに掴めないままだ。




