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大嫌いな後輩女に脅されて付き合うフリをするハメになった話  作者: 鳩見紫音
私は傘折密季が嫌い

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2/14

1

 こんな予定じゃなかった。


 でも関係無い、結末は一緒なんだ。


 傘折密季は死ぬ。自殺から他殺に変わるだけだ。


 黎明高校の別棟3階女子トイレ、放課後はほとんど人が来ないのは調査済み。

 夏の始まりを知らせているような明るい西陽が、窓から差し込んでいる。


 そこで今、傘折密季の首を絞めている。

 手のひら越しに首の気管が開こうとしているのを感じる。


 口から唾が混じる息の漏れる音が小さく響く。


「お前の父親が悪いんだ……! 恨むなら父親を恨め……!」


 歯と手のひらに力を込めて言葉を投げつける。

 怒りのままに首を絞めていた。

 どんなに彼女が私の手首を引っ掻いて抵抗しようとも私は首から手を離すつもりはなかった。


 しかしそんな中でふと耳に入った言葉が、私の首を握る力を緩めた。


「あ……り……がと……」


 傘折密季は殺されそうになった虚な目でこちらを見つめ、漏れ出る息と共にそう言った。


 そして言い終わると目を閉じて笑った。


 その様子を見て私の手から力が抜けた。


 その時、私の頭の中で張り詰めていた殺意がほんの少し緩んでしまったのだ。

 今殺そうとしてるのに。


 本気だ。何度も伝えたはずだ。

 

 お前の父親に私のお父さんは殺されたんだって。

 殺す以前に私は彼女を精神的に追い込んだ。

 

 彼女のたった1人の親友を演じ、心のよりどころとなった後に裏切って暴力を振るった。


 謝罪や恨み言ならまだしも、予想だにしない感謝を言葉にされて私は……。


「かはっこほっ……」


 細く白い首には私の手の跡が赤く残っている。

 彼女の首で止まっていた血流が流れるのと同時に、私の頭に上った血が引く。


 視界が広がるのと同時に冷静になっていく。


 やってしまったということ、そしてこれから受ける可能性のある罰に意識が回る

 このまま傘折に職員室にでも駆け込まれたら私はきっと終わりだ。


 目的も達成出来ず、何も出来ず、この社会からさよならだ。


 あー、なんなんだろ。人生って。


 こいつをどうにかしてやろうという熱が冷めていく。


 なんで……なんで……。


「けほっ! こほっ……!」

「あのさ、最後に聞きたいんだけど」

「こほっ、最後、ですか……?」


 私はなんか全てが馬鹿みたいに感じて、むせ込みながら呼吸を落ち着けている傘折に聞くことにした。


「ありがとうって言ったよね? なんで?」

「……」


 返事がない。

 息を整えるのに必死そうでこちらを見ている。


「……もしかして言ってなかった?」

「いや、言いましたよ……」


 目をパチパチとさせて意識を確かめるように傘折はこちらを見る。

 息を整えて、へたり込んだ姿勢から壁に寄りかかるように立ち上がる。


「なんで? いじめて、最後には殺そうとしたのに」

「最初に……仲良くしてくれたのは、瀬波先輩ですから……」


 ふぅと息を落ち着けると、傘折はふらつきながらもしっかりと姿勢に立ち直した。

 丁寧語のイントネーションが、父親そっくりでむかつく。


「それは演技だって言ったじゃん」


「演技でも、嬉しかったですから。友達になってくれて」


「なんで? そんな貴重なもんじゃないでしょ。友達なんていつだって作れるじゃん」


 吐き捨てるように私は言った。


 そんなしょうもない理由だったのか。

 死にたいとかだったらまだよかったのに。


 お前まで私の人生を壊すのか。


 行き場のない八つ当たりとして私は傘折に言葉を投げつけると、まっすぐに返ってくる。


「作れないですよ。作れなかった。でも、瀬波先輩は初めての友達になってくれた」


 彼女は顔を紅潮させてこちらを見ていた。


「嬉しかったです。本当に、本当に嬉しかった。私を見てくれてるんだって思えました」


 息を少し切らしてハァハァと言いながらあやふやな視線がこちらに向いている。

 

 なんで私にそんな強い感情を向けているんだ。

 少し理解から遠い存在を見るように、警戒の意味を込めて半歩ほど後ずさった。


「いい加減にしてよ、そんな泣き落とし要らないから。その見た目にその性格で出来ないなんてありえない」


 真面目で、金髪の私なんかと比べたらよっぽどウケがいい外見。

 友達が出来ないというのが嘘にしか聞こえない。


「そんなこと言われても事実出来なかったです。一歩目を踏み出すのが苦手で、近づいてきた人を警戒して、気がつけば転校でどこかに行っちゃう。そんな私に深い関係の友達ができるわけないんですよ」


 傘折は丁寧に、少し寂しそうに笑っていた。

 そうして言葉を交わすと私は、自分の感情が迷子になりそうだった。


「……あっそ。まぁなんとなくわかった。悪かったね、友達になってあげられなくて」


 だからもう突き放すことにした。


 どうせ彼女の感情や背景を聞いても、私には理解できないし共感もない。

 私に比べたらこいつの方が何倍もマシなはずだ。


「えっ……?」

 

 そしてその言葉を聞いた彼女は、大きい目をさらに丸くしてこちらを見ていた。


「私は正直捕まりたくもないし退学も嫌だ。だから職員室に自首はしない。ただ傘折は好きにすればいいよ。チクリたかったらチクればいいから。もうなんか、どうでもよくなった」


 はぁと嘆息しながらそう言う。


 チクるだろうな。


 流石にここまでして無罪放免なんて期待してない。

 いじめの主犯、殺人未遂、いくらでも人生が終わる要素を積み重ねてしまっている。


「待ってください!」


 もう帰ろう。そう思っていたら背中越しに声が聞こえた。


「……なに?」

「もう、終わりなんですか……?」


 声が少し震えていることに驚いて、肩越しに彼女を見ると胸の前で不安そうに手を擦り合わせてこちらを見ていた。


「なにが?」

「友達……」


 小さく、何かをねだるように言葉にされた。


「は?」


 そもそも友達じゃないんだけど。

 最初はそのフリをしてたけど、ただ逆らえないように脅迫までしていた。


「お前の父親の悪行を晒してやる」


 なんて言葉で逃げ場を塞ぎ、暴力を振るった時点で友達でもなんでもない。

 知り合い以下の最低な関係だ。


「友達だと思ってんの?」

「違うんですか……?」


「違う。もう終わり。安心して、チクらなかったとしてもあなたには関わらないから。さよなら」


「えっ、ちょっと!」


 もう無視しよう。そう歩き出したら後ろからペタペタとかけるようにこちらを追いかける音が聞こえる。


 耳障りだ……!


 友達のフリをしてるときもペタペタと後ろをついてきたことが何度かあった。


 思い出す。奥歯が砕けそうなくらいに顎に力が入る。


「何度も何度もなに……っ!」


 イラつきすぎて振り返ってみれば、傘折の顔は目の前にあった。


 よくお笑い芸人が手のひらを顔ギリギリに近づけて「この距離で怒られた」なんて表現をするけれど、そのくらいの距離。


 そしてその表現は正しくないものだった。


 その距離で顔が近づいたら、怒ることなんて出来ない。


 まず鼻と鼻が触れ合った。


 それに驚いて顔を引こうとすると、傘折は腕を伸ばして私の頭の裏に手を回し顔を引き寄せ唇を塞がれた。


「んっ……!」


 まるで何かを吸うように唇を動かし、彼女は私の下唇を食べるように口を動かして音を立てた。


 腕を回した首から頭を抑えられて離れることが出来ない。


 柔らかさとの彼女の匂いを感じ、私だけが目を見開いて彼女の顔を至近距離で見ている。


 人生で初めてのキスをされて、1番の感想は「バカになる」だった。


 唇を経由して、頭の中を訳の分かんない情報で上書きされて、記憶が抜かれそうになる。


 そして全ての感覚が唇周りに集中していて情報がパンクしている。


 頭に血が登って沸騰しそうになりながらも、私は無理やり頭を抑えた手をどかして口を彼女からひっぺがした。


「あっ……」


 手の甲で口を拭うと彼女は驚いて、残念そうにこちらを見た。


「なに……!」


 いきなりすぎて思考が追いつかない。


 お前はそっちの気があるのかとか、なんで付き合わなきゃいけないのかとか、そもそもお前を虐げた人間に何をしてるんだとか……。


 いや、とにかく色々言いたいことがあるけれど総じて「意味わかんない」って言葉を投げつける。


 本当に意味もわからないし。


「瀬波先輩が友達をやめて私から離れるのが耐えられないんです」

「いや……だからってキスはおかしいでしょ」


「私は瀬波先輩と一緒にいたいんです」

「それ答えにも理由にもなってない!」


 元々、傘折は不思議な人間だった。


 ふわふわして、オドオドして、何を考えてるかは分かっても何をが分かりにくい。


 それが今になって最悪の形で私を乱してる。


 首を絞められて頭がおかしくなったのか。

 彼女にさっきまでの戸惑いの様子はない。


「瀬波先輩と離れたくない、この繋がりを失いたくないんです」

「まだそんなこと言ってんの……? 無理でしょ、あんだけ色々いじめてきたんだから」


「はい、多分無理です。私じゃなくて瀬波先輩の精神がそれを受け入れないですよね。でも離れてほしくない」


 彼女はポツポツと何かを読み上げるように語りを続ける。


「だから先へ進めようと思った」

「はぁ……?」


「私と付き合って。私の恋人として一緒にいてください」


 頭に上ってくる血が熱い。

 それがまず意味わかんないんだって。


「……まともじゃないよ、あんた」


 首を絞めて頭の血を止めたせいで気でも狂ったのか、そんなことを真剣に言っている傘折を心底軽蔑しそうになる。


 首を絞められて顔を赤くしてから様子がおかしく見えてはいたけど、想像を超えてる。


 ありえない。頭がおかしい。


「そもそも、なんで付き合うなんて……」

「友達ではいられないならもっと強い関係で……引き止めなきゃ……」


 私の言葉に傘折の視線はより一層強固なものに変わる。

 瞼を見開きながら、どこまで光を吸収しようとするブラックホールみたいな瞳を私に押し付けてる。


「……お前、狂ってるよ」


 さらに付け加える。

 自分をいじめた相手にそんなことを言うなんてまともじゃない。


 傘折はなんでこんな風になった……?


 ロールプレイングゲームをしてたら突然バグってダメージがカンストしたみたいな、明らかに今までの挙動からは想像できない結果が目の前に広がっていて困惑する。


 なにをした? なにがあった?


 彼女の心を壊してしまったのか?


 結論は出ない。


「瀬波先輩の答えはひとつしかないんですよ。はい。だけ」

「……いや無理。女と付き合うとかそもそもおかしいし」


 すると傘折はスカートのポケットからスマホを取り出した。


「スマートフォンにやり取りを録音してます。受け入れなければ、これを先生に提出します。それに……ほら」


 首の跡をトントンと指を差しながら。


「……状況証拠、完璧ですね」


「いや、だからチクればいいって言ってんじゃん」

「いいんですか? 本当に」


 いいよ。自業自得だし。

 しかし……そんなことを言っても、無かったことにできるなら縋りたい自分がいた。


 答えを出せずにいる私に傘折は言葉を続ける。


「許してあげます。付き合ってくれればやり直せますよ」


 父に対する復讐をやり直せます。

 そんな言葉が続いて私に聞こえた。


 口角を上げてこちらの答え待つ傘折を見て、こめかみに力が入った。


 私の中にある罪悪感みたいなものに訴えかけてきてるんだ。

 それに多分もう彼女を使った復讐はできない。


「……分かった、いいよ。でも好きって言葉にしたりキスしたり、そういうのはしないから。別に傘折のことは好きじゃないしキスもしたくない」


 ならとりあえずやり過ごすか。と私の中で結論が出た。

 積極的に罰されたいと思う人間なんていないし。


 ただ一線だけは引かせてもらうつもりでそう口にすると、傘折は素直に首を縦に振った。


「はい、それでいいです」


 いいのかよ……。

 そんなことを思っていたら傘折は突然こちらには飛びついてきた。


「うわっ! なっなに!?」

「好き! 好き! 瀬波せんぱ……燕ちゃん!」


「はぁ!?」


 燕ちゃんなんて呼ばれて、鳥肌が立ちそうになった。

 そんな私を気にすることなく、力一杯腕を抱きしめて傘折はこちらを見上げてる。


「ずっと好きって言いたかった! 初めて友達になってくれて、一緒に遊んで、あなたが好きです! あっ、名前で呼んでいいですよね?」


 ……豹変っぷりに言葉が出なかった。

 それにあんなにいじめられて好き? 訳がわからない。


 宗教の勧誘でもする気かよこいつ……!


「燕ちゃんからは好きって言わなくていいです。私があなたを好きで、それがなんの躊躇なく言えるなんて幸せすぎます……!」


 グッと抱きしめる力が強くなる。

 抱きしめられた腕からHPが吸われていくみたいに、気力が消えていく。


「ほら、行きましょっ!」


 腕をグイグイと引っ張られて、流れるままに連れていかれそうになる。


「ちょっ、傘折、首のアザは……!」

「適当に言い訳するから大丈夫ですよ」


 もしかしたらこのまま放課後の下校する生徒に混じった時に叫ばれるかも。


 そうやって安心させてから。殺されそうになったことへの復讐をされるかと思った。


 しかしそんなことはなく、傘折はずっと私の右腕を両腕で掴んで離さなかった。


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