燕サイド
燕
いじめた側がいじめを忘れても、いじめられた側は一生忘れない。
身勝手な理由で人を傷つけるような人間はそれを一生後悔するべき。
私はそう思っている。
「燕ちゃーん! こっちです!」
密季が手を振って私を呼ぶ。
夏らしい水色のサマーニットにさらに深い青色のロングスカート。そして首元のネックレストップにおもちゃの指輪をつけている。
青い宝石をモチーフとしたプラスチックがついた安っぽいおもちゃ。
青空のような服を身に纏って、空よりも澄んだ笑顔をこちらに向けている。
それでも彼女がつければ本物の宝石のように見えるし、高級生地のようなキメの細やかな白い肌も、光を吸い込みそうな黒い髪も、艶やかに太陽の光を反射させている。
そんな彼女の姿に、私は目も脳も焼かれている。
「早く来てください!」
「はいはい……」
夏晴れの影響でより一層明るく見えるテーマパークの景色の中で、さらに明るくはしゃぐ子供のような笑顔、まるでピントが合ったように他をボヤかして見える。
可憐でハツラツとした彼女の立ち姿、笑顔、唇、瞳……。
目に映る全てが私には苦しくて視線を逸らす。
何で私を見て笑えるの。
心の奥底にその言葉を沈め込む。
「次どれ乗りますか? 絶叫系? あっ! あの空中ブランコも楽しそうですね!」
「なんでもいいよ」
「なんでもいいじゃ分からないです。乗りたいの教えてください」
「……」
「もー。すぐ黙るんですから」
そりゃ黙るでしょ。
私を覗き込む密季が眩しくて、怖くて、何かを要求するのなんておこがましくて。
「じゃあメリーゴーランド乗りましょうっ! 小っちゃい子と一緒に!」
「えっ、えぇ……それは……」
キョロキョロと見回して、まさかそんな子供っぽいものに乗ろうなんて。
流石に恥ずかしいんだけど……。
でも密季はそんな私の気持ちが分かっていると言わんばかりに、またこちらの目を下から見つめた。
「なんでもいいんですよね?」
「……うん」
「じゃあ行きましょう! すぐ!」
そんなことを言って彼女は私の手を引いてメリーゴーランドに走っていく。
密季は私を馬に乗せておいて自分は横の馬車に座り込み、スマホでパシャパシャ写真を撮っていた。
「王子様みたいですね!」
「やめてそれ。子供たちが見てるんだけど」
ここまでも何度か写真を撮られてはいるけれど、うまく笑えてるだろうか。
私はこの気持ちに気付かなければ、きっと楽しく写真でも撮られてみせただろう。
けど、そんな気分になれるはずもない。
忘れたくても忘れることを許さない傷が、密季との間に大きく刻まれて見える。
「次はどこに行きましょうかね」
「凄い元気だけどさ、休まないの?」
「疲れました? 休みます?」
「いや……どこへでも行くよ」
「んー……燕ちゃん、楽しくないですか?」
彼女の瞳は私を心配そうに捉え続ける。
「いや……」
楽しい。楽しいよ。
でもそれをあなたの前では出すわけにはいかないんだよ。
楽しんでいいわけがないんだ。
暗く重い気持ちが彼女への想いを塗り潰す。
「あっ! トナッピーだ! ねぇ燕ちゃん、写真撮りましょうよ!」
すると彼女はテーマパークを徘徊しているマスコットキャラを指差した。
カバなのかサイなのか犬なのか分からない大きな動物を模した、二足歩行する少しブサイクなキャラクターの元へ私を連れて駆け寄る。
「また写真?」
「また文句ですか……?」
頬を膨らましてこちらを見つめる。
「分かった。行こう」
「ほらほら、間に挟んで2人でトナッピーのことぎゅーってしましょう」
「それはちょっと……」
中身がおっさんだったら嫌だ。
抱きつきたくないし抱きつかせたくない。
なんて思いながらも、のそのそとやってきたトナッピーと一緒にいたキャストに声をかけ、写真を何枚か撮ってもらった。
密季の言う通りのポーズで色々とマスコットを巻き込んで撮影する。
そしてまた徘徊に戻るトナッピーを見送り、彼女はスマホの写真を眺める。
「燕ちゃん笑ってないですよ? ……でもまぁこれからですね」
密季はスマホを見て満足そうに笑う。
私は……上手く笑えない。この気持ちに気付いてしまったら笑えるわけがない。
元々笑うのが得意ではないけど、密季の前では輪をかけて苦労する。
「こういう不器用なところを含めて、燕ちゃんは私といる時が1番可愛いと思います」
————やめて。
そんな顔で見ないでほしい。
学校ではいつもオドオドと暗くてパッとしないのに、私にだけ笑顔を見せている。
私以外にもその笑顔を振りまいてほしい。
私を特別にしないでほしい。
柔風が吹くような彼女の動きにスカートが連動してはためく。
一枚の絵のような美しい光景と、花が咲くような笑顔。
密季、そんな顔を私に見せないで。
彼女の楽しそうな顔を見ると、その下の首元へ視線が向き、自分の首を裂いてしまいたくなる。
心の中で何度も何度も、彼女から発せられる『特別』に心をズタズタにされる。
そんな可憐な笑顔で見つめられたら「好き」と言葉にしてしまいそうになる。
でもそんなのは許されない。
なにより私が許さない。
瀬波燕は傘折密季に暴力を振るっていたのだから。
その体を足蹴にし、細い首を両手で絞めた。
彼女の居場所をめちゃくちゃに破壊して、あなたの心を狂わせた。
こうして傷つけた私がこんな素敵に笑う彼女を好きになってはいけない。
それを改めて自覚して、決意めいたものを抱えながら私は口を開いた。
「あのさ……」




