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大嫌いな後輩女に脅されて付き合うフリをするハメになった話  作者: 鳩見紫音
戦争よりも差別よりも嫌いな存在

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18/21

14

「あのさぁ燕、君は女の子なんだから家は鍵閉めたほうがいいよ」

「不法侵入した人間が言うな」


「なんで鍵かけないの?」

「盗まれて困るものないし」


「制服は?」

「目の前に交番あるし、盗む人なんていないでしょ」


「あたしが盗む」

「……教えないよ。宿題」


 宿題を教えて欲しいという由希が私の家に来ると言うから、何か買っておくべきかと思ってスーパーに出かけていたのだが、帰れば2人はすでに家のリビングでくつろいでいた。


 Tシャツ姿の由希とヒラヒラとした装飾がついたシャツの香織の2人が勝手にエアコンをつけて涼んでいる。


 ちゃぶ台に宿題を広げて待ち兼ねたと言わんばかり。


 まぁ暑いしエアコンについては1日くらいならと諦めて、とりあえずスーパーで安売りされていた2リットル炭酸ジュースを冷蔵庫にしまう。


「ほら、宿題教えてよ」

「教えてって……何が分からないの?」


 そうやって2人に尋ねると、由希と香織は目を合わせ、口を開いた。


「「全部」」

「マジか」


 ウチって進学校でしょ……。

 なんて呆れながらも、私は部屋の隅で雑に積まれた教科書類を取り出し


「数学からやろうか」


 そう伝えると、2人は背筋を伸ばして待ってましたと言わんばかりの視線をこちらに向けた。


「やっぱ特待生は伊達じゃないね」

「さすがヤンキー特待生ね」


「ヤンキーは余計」


 私は学費免除の特待枠を維持するためにバイト以外の時間の多くを勉強に捧げてると言っていい。


 傘折が絡んでいなかった頃から、ヤンキーとは程遠い成績優良生徒なのだ。


「でもテストもずっと上位だし、金髪とそのスレた場末感なければ普通に優等生に見えるわよね」

「場末感って……まぁ教科書しかやらないから、そりゃ学校のテストはね」


 学校のテストは真面目にやれば点数は取れる。

 高校入試も図書室で読める過去問を解いて傾向分析をすればさほど怖くなかった。


「どうやって勉強してんの?」

「いやまぁ、普通に教科書読みまくるだけだよ」


 ゲームを持ってなくても攻略サイトを暗記していれば、なんとなくそのゲームをやった気分になるのと同じで、傾向が分かれば問題ない。


 攻略サイトでRPGのボスの行動表を見ればプレイせずにボス戦を楽しめるのと同じように、傾向から問題を想像すれば頭の中やイメージでいくらでも試験を繰り返せる。


 これでどのテストも9割の点は取れる。


「教科書読むだけでそんなできるかね」

「教科書しか読むものないし、ほらやるよ」


 あそこの公式がこうで、ここの公式はこっちに使えて、由希と香織に教えていく。


 この2人と過ごしている時間がいつも通りだったはずなのに、なぜかとても新鮮に感じる。


 バカなことを言って笑ったり、言っても意味のない文句を言ってみたり。


 無駄な力が入らない関係に、胸やお腹の奥が軽くなる。


 2年生になり傘折という名前を見るまでは、こうやってとりあえずの日常を謳歌していたことを思い出す。


 いい大学に行って就職を少しでも有利に運んであいつと同じ職場で復讐をする。


 それを人生の使命のように生きてきたけれど、今の自分が何歳で、どういう時期を過ごしているのかを思い出させてくれるこの2人はかけがえのない親友だ。


 由希と香織は私を復讐する機械から、人間に変えてくれている。


「はぁ……むずいねっ。まぁでも、燕が元気そうでよかった」


 突然ノートを閉じて由希は呟く。


「……いきなりどうしたの?」

「だから燕、最近元気そうじゃん?」


 いつも元気なほうだと思うけど。


 そう言おうと思ったけど、私自身は自分のことをハツラツとした人間だと思わないから飲み込んだ。


 とはいえ別にバイトが忙しくても、勉強が忙しくても、切り替えは出来てると思っていたからそう見られていたなら意外かも。


「そんな疲れて見えた?」

「見えたよ。香織もそうだよね?」


「そうね、2年生に入ってからピリピリしてたわ」

「そうかな……」


 事実、ピリピリしてた。


 普通に女子高生として日常を楽しんでいたのに、それを邪魔するように傘折という名前を目にしたから。


 ただ傘折とも友達のふりをしていたし、そんなピリピリした雰囲気を出してなかったはずだけど。


「1学期は今よりも痩せてたものね」

「そうそう、もしかしたらイケナイ薬でもやってるんじゃないかって心配してたんだよ」


「そんな?」


 首を傾げると、2人はうんうんと顔を縦に動かした。


「今でこそ普通だけどね? 付き合う前の傘折ちゃんと話してる時とか、遠目に見てもなんかテンションが普段と違って少し高いし」


「あれは異常だった。あんな綺麗な笑顔見たことなかったもん」

「どういう意味なのそれ」


「作り笑顔の究極系みたいな顔してたから、おかしかったってことよ」


 こちらを見る香織の視線は真剣で、茶化しているわけではないのが伝わる。


「でもねぇ~付き合ってると分かったらねぇ?」


 そういうことだったんだ。好きだからだったんだね。

 香織の真剣味を誤魔化すように由希は口角を上げそう言った。


 それに合わせるように彼女もニヤついて由希と顔を見合わせる。


「別に……そんなつもりなかったけど」

「なくてもあたし達からはそう見えてんの。燕って自分のことは分かってますって顔するけど、周りからどう見られてるかってのを分かってない」


 原井さんと話して感じたことを由希からも突きつけられる。

 そう言う由希に続くように香織は「そうね」なんて言いながら腕を伸ばし、私の頬を摘んで続ける。


「まだ皮っぽい。脂肪が少ないわね」

「そうかな……?」


「目も若干クマっぽいわ。目つき悪く見える」

「それは元から」


「知ってる」


 頬をつまむ手を振り払うと、香織は淑やかにふふふっと笑う。

 お嬢様らしい雰囲気で上品に笑う彼女の姿が、私の簡素な部屋と全然マッチしてなくて私までつられて笑ってしまう。


「だけどさ、夏休みに入ってから少し健康的な感じして安心したよ。2学期に骸骨になってたらどうしようかと……」


「おい」


「それくらい心配だったの。ただでさえ細いんだから気をつけなよ。痩せ過ぎると生理止まってガンになるらしいし」


「えっ、そうなの?」


 由希は腕を組んで茶化すように言ったけれど、私はそんな言葉を聞いて考えなしに声をあげてしまった


「そうなの? ってまさか……」


 香織と由希は目を見合わせて、2人でこちらを見た。

 何かを糾弾するような視線に私は何も言わず目を逸らすと、2人は答えを察してちゃぶ台に身を乗り出した。


「大丈夫じゃないじゃん! ダメだって本当に!」

「今はどうなのよ!」


「今は大丈夫だよ……体調も割といいし」


 そう言って笑って見せたものの、2人の顔は強張ったままこちらを向いている。

 視線がとても痛い。裁判にかけられているようだった。


「びっくりするわね……バイトに勉強にって、本当に特待生って大変なのね」

「他にも色々と忙しかったからね。……それにまぁ? ないと楽だったし」


 そもそも1学期は自分の健康に気を遣うどころじゃなかった。

 傘折への色々で頭がいっぱいだったし。


「燕って自分のことになると本当に無頓着だよね。ストイック慣れしちゃってるというか」


「しちゃってるって……ストイックなのは別に悪いことじゃ……」

「いえ、その性格は本当に良くないわよ。自分を痛めつけてることに気づいてないの、これからは気をつけなさい」


 人差し指を眼前につけつける香織。

 すると2人は私がトンチキなことを言ったかのようにため息を吐いた。

 そしてため息を吐ききった香織は、突きつけた指を上に向けながら言葉を続ける。


「……そうね、思いついたわ。燕は放っておいたらとことん追い込んじゃうから、私との約束ごとをしましょう。合言葉は『生理止まるまで頑張らない』でどう?」

「なにそれ……」


 なんか女性として致命的な合言葉を決められている気がする。

 人を殺してはいけません。と言われてる気分になる。


「他の人がデッドラインを決めないとあなたはどこまで行きそうだから、私が決めてあげる」


 合言葉……なんて子供っぽいな。とか思っていたけど、まぁ指摘は至極真っ当だから「はい、わかりました」と首は縦に振っておいた。


「まぁでも今は体調がいいならよかったね」

「心配事が増えるところだったわ。ストレスまみれな燕のことだし」


 私をなんだと思ってるんだ。

 少し過保護な2人に呆れて少しムッとしていると、今度は由希が心配そうな表情から少し明るく暖かい表情に変化させてこちらを見つめた。


「いやいや、でも1学期より精神的にも元気そうだし本当に安心したんだよ?」


 視線を上に下に向けて、確かめるように言う。


 多少なり元気になったのは、傘折と遊ぶうちに多少自分の中にあった心のささくれが取れていったからだ。


 少し日常に戻れた気がして、前までは常にあったはずの胸の強張りが消えている。

 時間なんかも緩やかに感じれるほど余裕が生まれた。


「傘折さんとなんかあったの?」


 するといきなり、そんな私の核心を穏やかな表情で傘折は射抜いた。


「あぁたしかに! あの子と付き合ったからだねきっと!」


 2人の目線がこちらに向いて私の視線は右に左に逃げ回る。

 そうして追及を避けるためにどうするか話題の逸らし先を探していると、ガチャリと玄関の開く音が聞こえた。


「「「っ!?」」」


 みんな一斉に玄関の方を向く。


「誰か呼んだの?」


 一番に反応した由希に私は首を横に振って答える。

 ドタリドタリと靴を脱ぐ音が聞こえた。


 体を少し縮めて3人で顔を近づけて警戒する。


「……今も鍵閉めてないの?」


 由希がヒソヒソと語り始める。


「目の前交番だし閉めなくても襲わないでしょ」


 そもそも金髪の理由も目立つからだ。

 金髪の女子高生となれば交番の警察も注視するだろう。


 だから変質者が迫ってれば警察が突入するはず……なんだけど。


「本当に不用心ね……」

「いつか変質者に襲われるよ」

「そんなこと言ったって……」


 もう遅い。今かもしれないという最悪まで想定して何か武器になりそうなものを探して、とりあえず先が尖っているシャーペンを握りしめた。


 そう警戒していると、キッチンと部屋を仕切る扉が開く。


「あれ?」


 そこから入ってきたのは、この状況で変質者よりタチの悪い存在だった。


「傘折……」

「傘折ちゃん……?」

「噂をすればって感じね……」


 熱が出そうになった。


 この状況にさっきまでの話題を考えたら傘折の登場は明らかに勘ぐりを加熱させかねない。


 付き合っているということになってる後輩女子が、連絡なく私の家に上がりこんだのは最悪のケースと言っていいかもしれない。


「燕ちゃん、この2人は……あれ? 涼しい……?」


 傘折は目を見開いたと思えば香織と由希、2人に視線を向けた後にエアコンの位置を探して視線を逸らした。


 珍しいな……じゃない。

 常日頃から来てるみたいな振る舞いをするな。


「いやちょっと傘折ちゃん! なんで来たの?」


「えっ? あ、つ、燕ちゃんにご飯を作ってあげようと思って……」


「っ! 余計なことを……!」


 ヤバいヤバいヤバい……!

 そんなことを言ったら……!


「えっ!? 傘折ちゃんご飯作ってんの? 燕の?」

「は、はい」


「だからスクスク健康になっていたのね」


 ほらヤバい。納得し始めた。

 由希も香織も似たようなニヤケ顔をこちらに向けている。


 傘折との関係を詰められて外堀を埋められていくなんて奥歯がむず痒くなる。


 というか傘折自体もまだ2人に慣れてなくて声が震えてるの取り繕うという思考回路がないのか。


 私は代わりに急いで取り繕う。


「いつもじゃないし、今日が超レアなだけ。というかなんで来たの?」

「い、いやだから燕ちゃんのご飯を……」

「そうじゃなくて、なんで今日なの。来るなら連絡してって言ったよね」


 由希と香織は「連絡取り合ってご飯作ってもらってんだぁ」なんてヒソヒソ話を無視しながら傘折を見つめる。


 彼女は私が何を気にしているのかよく分かっていないようで首を傾げながら


「サ、サプライズですし」


 と手に持った買い物袋を持ち上げた。


 ひゃーっと香織と由希が黄色い声を小さくあげる。


 頭の中も、部屋の変な空気感も私には重い。


 それを吹き飛ばすように胸いっぱいに溜めた息を吐き出す。


 最悪のインタビューが始まる予感がする。


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