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夏休みが始まった。
家での一件から傘折は私に気を遣ったのか、終業式までは穏やかな付き合いだった。
親のことを抜きにして彼女が友人を作るまで、私は恋人のフリをする。
なんで付き合うフリが必要なのかは分からないけど、私が傘折を傷つけたのだから彼女の思うままにしようと思った。
「夏休みも会ってくれますか?」
そんな傘折は終業式にはそう言っていた。
だから私は誘ってくれれば合わせる。と言ったことを伝えた。
夏休みが始まってからの鬼コールが来るんじゃないかと少しビビっていたけれど、割と常識的な範囲でメッセージが届く。
夏休みは稼ぎ時とはいえ、ある程度はセーブしてシフトを組んだ。
由希や香織とも遊びたいから交際費はしっかり貯金してある。
多少はシフトを減らしても問題ない。
減らしたシフト分の時間は傘折に回すし、何もなければ宿題と予習復習をする。
スケジュールを管理するというスケジュールに管理される日々。
そんな風に毎日を使っていた。
「瀬波ちゃんは夏休み何か予定あるの?」
「えっ? あ、はい?」
夏休み、スーパーのバイトの休憩時間。
ソシャゲイベントの周回をしている時に突然話しかけられたことにビックリしてガタリと椅子を揺らす。
「高校生でしょ? 夏休みはいっぱい遊ぶのかなって」
「あー……まぁ普通ですけど遊びますよ」
よくシフトが被る原井さんの笑顔にこちらも帳尻を合わせた。
「あの子と遊ぶの? よく来るわよね、あの可愛い子」
傘折のことだろう。
彼女は夏休みに入ってから定期的に「健康のため」なんて料理を作りに来ている。
傘折には連絡しやすいようシフト表を送っているから、バイトの終わり際に買い物に来るし原井さんにも私の知人とバレてるんだろう。
「あの子も……まぁそうですね、あの子とも遊ぶと思います」
「あらそうなのね。良かった~」
原井さんはなぜか私のその言葉を聞いて、ふぅと息を吐いている。
……良かった? どういうことだろう。
何を心配してるんだと首を傾げて訝しんでいると「あのね」と言葉を続ける。
「高校一年生の頃からね? バイトばっかりしててみんな心配してたのよぉ」
「みんな……?」
「みんなよ? 夏休み前は休日もほぼフルタイムでシフト入ってたでしょ?」
私の正面に座ってこちらを見つめる原井さん。
「あなたって希望をある程度通さないと掛け持ちしそうだから、店長も融通してるのよ」
「そうなん……ですね」
普段パートのおばちゃん同士で話をしている時みたいなテンションで話しかけてくるものの、まるで面談をしているような気分になる。
その空気に私はなんとなく居住まいを正してしまう。
「高校生らしいこと出来てるかしらって。痩せてて金髪でグレてるのかと思えば、話してみると普通にちゃんとしてる女の子だし……」
しきりに「うちの息子に比べたら……」なんて引き合いに出す。
正直なところ原井さんや他のパートの人と話すことはあまりない。
こちらに関心がないか、髪色や愛想の少ない態度や性格のせいで嫌われているのだろうと思っていた。
だから目をかけられてたことが凄い意外で、どういう顔をしたらいいか分からなかった。
「というかここだけの話ね? 余計なお世話かもしれないけれど、店長はあなたをみんなで面倒見るつもりで雇ったって言ってたわ」
捨て猫みたいよね。なんて言って原井さんは笑った。
私は知らなかった。
周りの人がこんなふうに自分を見ていることを。
私はいつも自分で精一杯で、生活やこれからのためにお金を稼がなきゃいけないし周囲に構ってる暇がない。
だけど周りの人、大人は特に自分のことを見ていたらしい。
私は結構自分のこと客観視出来る方だと思っていたけど、もしかしたら出来ていなかったのかもしれない。
まだ自分の中に眠っている気持ちや、気づけていない周囲の心配や感情がどこかに転がっているかもしてない。
そんな気持ちで傘折や由希たちのことを頭に浮かべた。
「……ごめんなさい。気づかなくて」
原井さんと原井さん越しにお世話になってる他のパートの人、店長に向けて頭を下げた。
指先が落ち着かない。
「謝らなくていいのよ。元気そうでよかったわ。普段より勤務日も少ないものね。事情はみんな知ってるから、ゆっくり羽を伸ばしなさい」
協力するから。と付け加えて原井さんは立ち上がった。
「それじゃあ売り場戻るから、ご飯作ってくれる彼氏に感謝しなさいね」
目を垂らすように笑ってそう言う原井さん。
彼氏じゃないです。彼女……でもないです。
訂正しようと言葉を選んでいるとその相手はもう売り場へ出て行っていた。
「……心配、かけてるんだな」
1人でスマホの反射で顔を見ながらそう言葉を漏らす。
私は、私以外の感情に鈍感だった。
だから整理させてほしいかもしれない、
傘折からの感情を。
付き合うフリとは言え、献身的に料理を作ってくれる人間の想いを。
もし、もし……これは都合の良すぎる話だけど。
本当に私のことを好意的に見てくれてるなら、また一緒に……普通に仲良くしたい。
そんな願いめいたものを抱えて、私はスマホを机に置いて天井を見上げる。
分かってる。これは罪の意識から目を背ける行為だって言うのは。
……今日は買い物に来るだろうか。
これからまた遊んだり、話すことがあるのなら、出来る限り付き合おう。
お互いに楽しくいれるように。




